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15 一年前の真実③

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 やはりというべきか、ランナーの調査でもレールの言うことは二転三転し続けており、魔術師の痕跡はすらつかめないまま出産の日を迎えた。夕方におしるしがあり、そのまま陣痛が始まる。
 初産だったが、するすると子どもたちが出てきて外の世界で産声をあげた。

「まあ、なんてかわいいの」

 どの子もターモに似た、マーモットの三つ子である。超安産で、母子ともに健康だと聞いた彼ら等の両親は踊りだしそうなほど喜び、タッセルは喜びのあまり中身がどこかに行ったかのように直立不動だった。

「ターモくん、こっちに来て?」

 手足を動かす方法がわからないほど胸がいっぱいだったが、カーテの声に吸い寄せられるように近づいた。小さな子たちのぴぃぴぃ鳴く声と、女神のように笑みを浮かべる神々しすぎるカーテの姿に、知らず知らず涙を流す。

「カティ、あ、ありが、あり、と……」
「ふふふ、パパ、落ち着いて。ほら、皆元気で良い子よ。やんちゃな男の子たち。きっと、あなたに似て頑張り屋さんになるわ」
「うん、うん……ずびっ」

 弱々しいが精一杯生きる子たちをそっと撫でる。タッセルの指をおっぱいだと間違えたのか、一人の子が小さな手で指先を持ち、ちゅっと吸い付いた。

 ウォンバット獣人のカティでは、マーモットにお乳を吸わせられない。子どもたちが人化するのは授乳が終わってからになる。この日のために来てもらっていた彼の従姉妹が、マーモットの姿になり子どもたちにお乳を与えた。

「私もあげたかったなぁ」
「それは、また今度だね」
「ふふふ、気が早いわね」
「だって、僕に似ててもこんなにもかわいいんだ。君に似た子なら、もっとかわいいに決まってる」

 子どもたちはすくすく育ち、カティもすぐに床上げもすませた。

 魔術師の捜索の進捗の報告も兼ねて、ランナーは何度も見舞いに来て子どもたちをかわいがってくれていた。

 そんな平和そのものの日常のある日、ランナーとフック王子が二人揃って家にやってきた。ふたりとも、嬉しそうな表情をしている。

「カーテさん、見つかったわ! 例の魔術師はいなかったのだけれど、あなたの記憶が消えた原因がわかったの」
「ええ、本当ですか? でも、魔法をかけた魔術師がいないのなら、記憶を取り戻せないんじゃ? レールはやはり王子を更に貶めたいがために嘘を言っていたということなのですよね?」
「それが、あの男も半分は本当のことを言っていたのよ」

 ランナーが言う通り、レールが言っていた魔術師はいなかった。では、カーテの記憶はどうして消えたのか。

「半分、ですか?」
「そうなのよ。あのね、レールがカティさんの記憶が消えた頃に住んでいた場所から、これが出てきたの」

 ランナーが見せたのは、古びた魔導書のようなものだった。

「なんだか、古臭くて汚い本ですね。触って大丈夫なのですか?」
「ランナーの手には、私が不浄のものを受け付けない魔法をかけているからな。だが、気味が悪いのは事実だから、そんな物を持つなと言ったんだが、どうやらこの本は、かの国の女性が持たないと現れない魔法がかけられているんだ」

 フック王子は、忌々しそうに、今にもどろっと変な液体が出そうというか、おどろおどろしいオーラのようなものを発している分厚い本を睨みつける。

「この本が、どうしたというんです?」
「この本はな、レールの持ち物だったんだ。勿論、やつのアパートも虱潰しに調べたんだが、調べたのは全員男性だった。今回、ランナーの直属の部下である女性騎士がアパートを調べたところ、これが本棚の角にあったのを発見した」
「まぁ……」

 頭がいいのか悪いのか。確かに、公の機関に勤める騎士や調査員は男性ばかり。女性にしか見えない物なら、どうやっても見つからないだろう。

「この本はね、とある詐欺まがいの悪徳商法で取り扱われていて、一冊200万もするの(200万=この世界では2000万円に相当する)。こういう眉唾ものは、そういったコレクターや思春期特有の拗れた子たちが好むものだから、見つかった時はびっくりしたわ」
「ちょっとした一軒家が建ちますね」
「レールは、王子たちが全然カーテさんと結ばせてくれないことにイライラして、この本を買ったようよ。勿論、王子を脅してお金をせしめてね。で、この本に掛かれている呪文を唱えたの。ただ、古代語で書かれていてわからないから、適当に言ったらしいわ。しかも、準備しなければならないアイテムもでたらめだったようだけど」

「ま、まさか……お遊び半分の呪文で?」

「そのまさかだったみたいで、本人も発動するとはあまり思ってなかったの。本人も忘れるくらい、でたらめなお遊戯感覚の詠唱で魔法がきちんと発動したらしいわ。遠く離れた個人を特定して記憶を操作するなんて、高度な魔法を扱う魔塔主や賢者のような人たちにしかできないことを、偶然に起こさせたのはびっくりだわ」

 確立で言えば、数百億分の一すらないほどの奇跡的な成功は、本人も覚えていないことから再現不可能だ。

「じゃ、じゃあ。適当にでたらめな魔法をかけられたから、構築そのものが不明で解呪なんて不可能ってことですか?」

 二度と記憶が戻らないと思い、カーテは青ざめる。タッセルは残念だが、今は幸せなのだからと、倒れそうな彼女を抱きしめて支えた。

「絶望するにはまだ早いわ。あのね、魔導書を売りつけている、に問い合わせたの。そうしたら、魔導書の使い方や解呪の方法をご親切に教えてくださったわ。もともと、その会は、心から人々を救済したいと考えているようね。記憶操作の魔法は、耐えきれないほど辛くて悲しい記憶を消すための、不幸な人を幸せにする魔法だそうよ」

「で、カティが戻る方法は?」

「カティさんが、この本に触って簡単な呪文を唱えたら良いらしいわ。この本を媒介にしてかけた魔法は、すべて同じ呪文で解けるそうよ」

 子供のお遊びでかけられた魔法は、子供のお遊びで解呪できるという、なんとも胡散臭いなぞの理論で説明されたようだ。ダメでもともとだと、半信半疑で呪文を唱えることにした。
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