上 下
3 / 21

2

しおりを挟む
(もうダメだわ。私、このまま……? そんなの、いや、誰か助けて!)

 怖くてたまらない。諦めかけたその時、悲鳴を聞きつけた侍女たちが、一斉に部屋になだれ込んできた。

「お嬢様? いかがされましたか?」
「皆、た、たす、たすけてぇ! こ、ここ、この男を捕まえて! 勝手に、ベッドに入り込んでいたの! しかも、私に、私にぃ……」

 見ず知らずの、ずんぐりむっくりな男にキスをされた事など認めたくない。記憶の彼方に放りだしたくて、唇をシーツで乱暴にゴシゴシこすった。とても痛いが構うものかと続けたため、シーツに血が滲む。

 カーテは、自称ターモだか、タッセルだか知らないが、侍女たちによって連れて行かれるだろうと、ほっとする。だが、おかしなことに彼女たちは一向に動かなかった。

「お嬢様、どうかなさいましたか? タッセル様、これは一体?」
「僕にも何がなんだか……」

 一番仲の良い侍女に、あっけらかんと声をかけられた。彼女たちは、自分の1/1000ほども恐怖などを感じていない。それどころか、男にまでにこやかに声をかけているではないか。

「あ、あなたたち、この男を知っているの?」
「知ってるも何も、お嬢様が大好きなタッセル様ですよ。もうすぐ結婚されるからって、私たちが止めるのも聞かずに、昨夜一緒に眠られましたよね?」
「結婚? 私が? しかも、一緒に?」
「そうですよ。来月のタッセル様の誕生日に、ご結婚される予定ですよ? お嬢様ったら、サプライズというものですか? 仲がよろしいことで。ふふふふ、びっくりしたじゃないですか」
「う……そ……」

 ずっと一緒にいる彼女が嘘を吐くはずがない。いつの間に、自分に婚約者ができたのだろうか。考えても思い出せない。というよりも、そんな事実などはないと確信している。

 現状を一切受け入れることのできないカーテの視界で、タッセルと名乗った男の子が、ショックを受けたのか涙目でこちらを見ている。だが、彼を気遣う余裕などなかった。

 カーテの様子が明らかにおかしいと、怯えたままの彼女を見ながら、侍女たちは顔を見合わせる。彼女の両親である伯爵夫妻を呼びに向かったのであった。

 カティがわめき続けること早30分。ウォン伯爵夫妻が部屋にやってきた。

 タッセルは、すでにソファの上に置いていた私服に着替えている。薄い白いシャツの袖すらパツンパツンで、胸だけでなく、お腹まで前のボタンとボタンの隙間から肌がのそいていた。

(取り敢えず危害を加えないというのはわかったわ。それにしても、どうして、ぴちぴちの服を無理やり着てるの? うう、髪もぴょんぴょん跳ねてるし、目もドロンとしてる気がする……。あんな人の肌が見えるとかだらしなさすぎて気持ち悪いわ……。あ、目が合っちゃった。やだぁ……)

 カーテも着替えをしたかったが、彼が部屋にいる以上肌を見せたくない。がばっとシーツを被って警戒心丸出しで威嚇するように睨みつけていた。

 タッセルは、そんなカーテの姿にオロオロ狼狽してしまっている。おずおず手を差し伸べようとしたものの、その手をパシンと振り払われて茫然自失していた。

 やってきた両親は、来月結婚する婚約者とはいえ、男を部屋に泊まらせるなど聞いていない。彼の姿を見るやいなや、タッセルに詰め寄った。

「タッセルくん? これは一体どういうことだね?」
「あ、いや。義父上、僕にも何がなんだか……。同じベッドで眠って朝起きたら、カティちゃんの様子がおかしくて。頭を撫でてあげても、抱きしめても、いつもみたいに嬉しがるどころか、僕を嫌がってしまっていて……」

 伯爵の、至極当然の質問に、タッセルは正直に答えた。だが、その返答は、伯爵の怒りに火を注ぐ結果となる。

「そうじゃない。それも気になるが、どうして、お前がここにいるのかと聞いているんだ。しかも、ベッドでなんだって? まさか、まさかとは思うが、お前、うちの子に無体なことを? あと、義父上とまだ言うな。20年早いっ!」
「まぁ、あなたったら。一ヶ月もすれば義父になるじゃないですか。ふふふ、野暮なことを聞いてはいけませんわ。ターモくんはうちの跡を継いでくれる子じゃない。まあまあまあ、思ったより早く孫の顔が見れそうねぇ。きっと、どこの家の子よりもかわいいわ。ああ、孫自慢ばかりの侯爵夫人や子爵夫人に、やっと反撃できるのね。事あるごとに、って言われて、くやしかったのよ。他人の家のことは放っておいてほしいわ、全く」

 タッセルの言葉を聞き、父とは裏腹に母は喜んでいる。今にも喜びの舞を踊りそうなほど。

「いえ、僕とかティちゃんは、まだそういう関係じゃ。そりゃ、何度もいい雰囲気にはなりましたけど、結婚してからロマンチックにって」
「お前……そういう関係とはなんだ! いい雰囲気とはなんだ! そういうもこういうもあるかー!」
「あらあらまあまあ、まだなの? 残念ねぇ。そうだわ、今夜リベンジをしてみては?」
「いや、あの……義母上様の言葉は嬉しいですが、僕としても、カティちゃんの意思を尊重して、一生の思い出にしたいなって。でも、一日も早く、僕たちの子を抱っこしてあげて欲しいです」
「まぁまぁまぁ。ふふふ、あなた聞きまして? あなたのせいで私は結婚前にカティを授かったというのに、ターモくんったら紳士の鑑ね」
「ぐぬぬ。それはそれ、これはこれだ! おのれ、うちの大事なカティをよくも……」

 照れくさそうに、もじもじしながらぽよぽよした男が、昨夜の説明をしている。そんなはずはないと思うが、取り返しのつかない行為はされていなかったのかと胸をなでおろした。

 父は頭の血管が切れそうなほど怒っているが、母は嬉しそうに満面の笑顔で彼をけしかけていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

悪役令嬢は国王陛下のモノ~蜜愛の中で淫らに啼く私~

一ノ瀬 彩音
恋愛
侯爵家の一人娘として何不自由なく育ったアリスティアだったが、 十歳の時に母親を亡くしてからというもの父親からの執着心が強くなっていく。 ある日、父親の命令により王宮で開かれた夜会に出席した彼女は その帰り道で馬車ごと崖下に転落してしまう。 幸いにも怪我一つ負わずに助かったものの、 目を覚ました彼女が見たものは見知らぬ天井と心配そうな表情を浮かべる男性の姿だった。 彼はこの国の国王陛下であり、アリスティアの婚約者――つまりはこの国で最も強い権力を持つ人物だ。 訳も分からぬまま国王陛下の手によって半ば強引に結婚させられたアリスティアだが、 やがて彼に対して……? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

処理中です...