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 ティガル国王の一喝で、公爵や男、そしてなんだなんだと興味本位でのぞき見をしている人々は、はっと我に返った。

「ウォーレン、婚約者を放っておいて何をしている。早く戻らぬか。それと、ダインと言ったな……こちらに来て、顔を良く見せてくれ」

 王の言葉に、ウォーレンとダイン以外は微動だに出来ずその場にとどまっている。そんな中、ふたりは並んで王の前に向かった。

 公爵は、王に全て聞かれてしまったと奥歯を噛む。どのように弁明しようか、それとも、他人に罪をなすりつけようかなど、この期に及んで、頭の中で悪知恵を働かせていた。

 今の場にふさわしくない命乞いを繰り返す男は、ラトレスが、王の一拍と同時に、再び箱に閉じ込めた。男は箱の中で何かを叫び身をよじっているようだ。五月蠅くてかなわないと、箱ごと廊下に放り出した。

「さて、公爵。そなたは、ダインを知らぬと言った。そなたと、ティリスの従妹である夫人との間にできた子は、出産と同時に死別したと聞いている。なのに、どうして彼女によく似た青年がここにいるのだ」
「そ、それは……」

 ティリス王妃は、近づいたダインの顔を穴が開くほど凝視した。亡くなった従妹は、珍しい海のきらめきのような青をしていた。その青をこうして再び見ることになり、過去に抱いていた疑惑は確信に変わった。

「やはり、子は生きていたのですね。ダイン、そなたの年齢は? どうして、今まで姿を現さなかったのか説明なさい」
「22になります。実は……」

 ダインは、大勢の人々の前で堂々と胸を張り、公爵との関係を告白した。

「まぁ、では、彼女の侍女はまだ生きているのね?」
「はい。私は、彼女を人質に取られ、公爵家の命令に従って生きてきました」

 周囲の人々から、同情の囁きが聞こえる。まるで檻の中の見世物のようだと、ダインはやや視線を落として苦笑した。ふと、視界にアイーシャが心配そうにこちらを見ている姿が入った。
 一度は死を覚悟した身だ。そんな、薄汚れた自分が、自分たちを救ってくれた彼女の役に立ち、公爵へ復讐できるのなら、いくらでも人々の前で見世物になろうと顔を上げる。

「本来、ディンギール公爵の爵位は、王妃の従妹のものだった。彼女がそなたに爵位を譲渡し、さらに彼女の死とともに跡継ぎがいないため、夫であるそなたが公爵として立身したのだったな?」
「……はい。しかし、私は本当に子は死んだとばかり思っていたのです」
「嘘仰い。彼女の青は、この国では唯一の色。その色を持つダインが、どうして彼女の子ではないと言い切れるの!」

 ティリス王妃は、かつて慕っていた優しい従妹を思い出し、感情が高ぶった。王は悲しみと怒りで興奮する妻の手をそっと握り、公爵を睨みつけた。

「さらに、先ほどの男から、母はそこの男に毒を盛られたと聞いています。ずいぶん昔のことですが、どうか、今一度、母の死についての再調査を切に願います」
「なんだと?」
「なんですって?」

 ダインのその告白は、王妃の血縁でありディンギール公爵家の正当な血筋の人物が、現公爵によって暗殺されたのだということに他ならない。

 過去、お家騒動はあったが、これほど前代未聞の事件はなかった。

「なんという……。ウォーレン! 即刻公爵を、いや、元公爵及び、彼の協力者を捕えよ!」
「はっ!」

 王の一令で、ウォーレンや騎士団の人々が動く。統率された彼らは、雑多な人々の中であっても、公爵やその場から逃げようとする彼の派閥の人物を捕えて行った。

「……アイーシャ、神の愛子よ、一生に一度という大切な婚約式というめでたい場ですまない。これよりそなたの婚約者を貸してもらう。よいな?」
「はい、この国の民として、騎士の妻として当然のことでございます。取るに足らない私などのために、温かいお心遣いを賜り感謝いたします。より一層、ウォーレン様を支え、国のために尽力致します」

 アイーシャは、式が台無しになったことよりも、ウォーレンが仕事仕事で側に入れなくなることを残念に思った。けれど、今回は戦いに向かうわけではない。それに、落ち着いたら、素晴らしい結婚式を王室お抱えのスタッフが、プロデュースすると約束してくれたのだ。

 台無しになった婚約式。騒動が少し落ち着いた頃、ウォーレンと短時間であるが会うことを許された。そして、彼から12本の薔薇の花束を貰う。

「アイーシャ、なるべく早く片付ける。そうしたら、すぐに結婚しよう。だから、待っていて欲しい」

 すでに、結婚の約束をしているとはいえ、心のこもったプロポーズを意味する花束と、やや照れ臭そうにそう言う彼の姿が愛しくてたまらなくなった。

「ウォーレン様……」
「ん?」

 アイーシャは、両手で抱えなければならないほど大きなバラの花束ごしに、にっこり微笑んだ。そして、行かないでと言いたい我がままな気持ちを抑えて、キスをせがむ。

 ウォーレンが、花束ごしに、短いキスをアイーシャの額に落とした。それだけでは足らなすぎる。軽く口をとがらせると、そこに彼の分厚い唇が重なった。

「いってらっしゃいませ」
「ああ、いってくる」

 短すぎる時間は、アイーシャの心の寂しさという穴を大きくした。けれど、必ず来る約束の日を、指折り数えながら準備する期間を楽しもうとも思えた。

 歴史上最大の、厳しい取り調べが始まった。後妻やディアンヌも拘束され、自分たちは関係ないと叫んでいるが、彼女たちが犯した罪も明るみになっていった。
 特に、彼女たちが行った、タイガー国では禁止されている未成年への不同意性的強要については、被害者は二桁にも及んだことは、国民全員から批判が殺到したのである。

 公爵は、彼が最も馬鹿にしていた平民として荒れ地を耕すという刑が科せられた。そこには、かつて彼が陥れた没落した人々も住んでいる。これから、元公爵にとっては苦行以上の苦しみが待っているだろう。

 後妻やディアンヌも、反省の色が全く見られず、それどころか被害者のせいだとわけのわからない理論で許しを乞うた。もともと平民であった彼女たちは、それにふさわしい流刑囚のいる孤島に送られることになる。そこで、一生彼らのために日夜働くことになった。

 ラトリスによって箱に入れられた男は、減刑目当てに全てを洗いざらい吐いた。すでに屋敷に潜伏している騎士や、公爵に恨みを持つ使用人たちが物的証拠を集められている。更に、男の供述によって、詳しい証拠書類が瞬く間に重ねられていった。このことから、公爵以外の関係者を捕えることに成功したのである。

 余談ではあるが、彼の供述の一部に、以下の内容が記されていた。

「あ? 俺様が、どうしてあのぼっちゃんの出自を知っていたのか、だって? ははは、そりゃお前、公爵の命令で、妊娠中の前公爵夫人を襲い流産させようと部屋に行った時、生まれた赤ん坊を洗っている侍女を見つけまったんだ。いずれ、公爵を脅すためのいいエサになるかと思って、侍女の産んだ子だという茶番劇に付き合っていただけさ。そもそも、公爵はダインの瞳を見て気づいていたはずさ。ただ、後妻を裏切った罪を直視したくなくて目を背けていただけだろ。なぁ、もういいだろ? 俺様を、他の連中と同じように無罪放免にしてくれよ」

 どう考えても、他者の証言からも、男は命令されて嫌々犯行をしたとは考えられなかった。減刑されたにしても、もともと実行犯として犯した罪の多さと重さとは相殺できるはずもなく、極刑を言い渡されたのであった。



 
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