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 あいは、わけがわからなかった。パチパチ瞬きしても、ほっぺたをつねっても目の前の景色は変わらない。立ち上がって、豪華な金の縁取りがある鏡を覗くと、見たこともないアイドルのような美少女がそこにいた。

「これ、誰。ウォンバットは? ちょっと、ガイドさーん、どこですか?」

 どうなっているのかと、パニックになってガイドを呼ぶと、これまた大きくて重厚で高そうなドアがノックされた。

「お嬢様っ! 目を覚まされたのですね。ああ、早くご主人様と奥様にお知らせしないとっ!」
「はい? その格好、メイドコスなんかして、一体なんですか? 冗談はやめてください。あ、ひょっとして、あやが仕掛けたサプライズでしょうか?」

 どうやら夢ではなさそうだ。ドアが開き、黒のワンピースに白いフリルのついたメイドコスプレイヤーが入ってきた。
 サプライズにしても、あやはあいがこういうサプライズが嫌いなことを知っている。ならば、ご主人のいたずらかなにかかと、ちょっとどころかかなり受け入れられないでいると、メイドコスのキレイな人が、まるでこっちがおかしい人物かのように慌てだした。

「メイドコス? サプライズ?? お嬢様、一体何を仰ってるんですか? 悪い夢でもご覧になられたのでしょうか? 取り敢えず、お休みになってください」

 慌てた彼女にベッドに戻された。メイドコスプレイヤーは、バタバタと部屋を出ていった。

「悪夢? うーん、頭痛いし、これはなんかの夢なのかも。うん、寝よう」

 彼女の提案どおり、一眠りしようとまぶたを閉じる。しかし、後頭部が痛すぎて眠れない。

「痛み止めほしいな」

 常備のロキャソニンどころか、カメラも私物のはいったカバンもなにもない。ぼそっとそう言うと、バタンとドアが乱暴に開けられた。

「アイーシャ! ああ、本当に目を覚ましている。神よ、感謝いたします」
「アイーシャー! 良かった、よかったわああああ!」

 入るなり、ベッド上のあいをがばっと抱きしめるおじさんとおばさん。おじさんは、ピシッとしたスーツに身を包み、おばさんは、マリーアントワネットみたいなドレスを来ていた。おじさんには、丁寧に整えられた口ひげがあり、おばさんの首を飾る高級そうなネックレスがちくちく頬にささる。

「あ、あの? どちら様、でしょうか? アイーシャって?」

 あいがそう言うと、ふたりは顔をあげてまじまじ顔を見てきた。

「アイーシャ、お父様がわからないのかい?」
「お母様よ。なんてこと……。あなた、これは記憶喪失というものではなくて?」
「た、たいへんだ! 今すぐ国一番、いや、世界一の名医を呼ぶんだー!」

 アイーシャという自分の両親に、至れり尽くせりされていると、真っ白いひげの、某魔法学校の学園長みたいなおじいちゃんが来た。おじいちゃん先生が頭に手をかざしたところ、どうやら転生者であるという。

「おそらく、お嬢様は違う世界の魂をお持ちだったようですじゃ。先日、事故で頭を打ったことで、その魂の持ち主が表に現れたのだと思われます。今は混乱されているようですが、徐々にこれまでの記憶と混じり合っていくかと」
「なんと。まさか、娘が神の祝福を受けた愛子だったとは……」
「まあ……。」
「てんせいしゃ? 今流行りのファンタジーじゃあるまいし。そんな笑えない冗談はいいんで、私を元に戻してくれません?」
「残念ながら、元には戻せませんですじゃ。元の世界の肉体は、こちらに転生してきたと同時に天に召されているはず。今のお嬢様にも、これまでのお嬢様の記憶が必ずあるはず。しばらくすれば、ちゃんと思い出すでしょう。お嬢様が生まれてから17年と聞きましたが、これまで片鱗などは?」
「全く無かったな。いや、まてよ。そういえばアイーシャは天才的ひらめきが抜群だった」
「あなた、アイーシャが知識が豊富で、これまでにない数々のアイデアを出してきたのは、転生者だったからなのかしら?」
「おそらく、没落寸前だった伯爵家に……ごほん、失礼。今の繁栄をもたらした数々の発明は、無意識に、異世界の知識を披露されていたのでしょう」

 あいは蚊帳の外で、三人の話を聞いていた。分厚い幕が張っているかのように、近くの声が聞こえにくい。ふぅっと気が遠くなり、景色がブラックアウトしたのである。
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