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 友人を頼りに、役所でパスポートを取得した。オンリーワンな言語は日本語である。
 友人が全て手配してくれたので、取り敢えず旅行がてら飛行機に乗った。飛行機すら初心者なので、征服を着た人に片っ端から尋ねて無事に乗り込む。

 半日以上のフライトで、ふと目が覚めた時に見た、見渡す限りの雲の海が、太陽を浴びてきらめいていた。それは、まるでこれからの自分を祝福しているようだった。

 空港に行き、どこにどう行って、なんと応えたらいいのかさっぱりわからないので、日本人観光客っぽい集団を見つけてついていった。
 前の人がやっていたように、パスポートをさっと見せる。そんな彼女を見たスタッフが苦笑しながら、子供に声をかけるようにゆっくり話かけた。

 緊張で頭が真っ白だ。ここでコケれば逮捕されるかもしれない。スタッフの単語をなんとか聞き取り、かっこいい返答を散々練習してきた彼女は、大きな声でこう応えた。

「ひょっ、ひょりでー。ちがっ、ほりでーで、さ、さいとすいーいんぐぅ、なんです! あ、ちが、ちがくて! えーと」

 ついに、笑いをこらえていたスタッフが大笑いした。だが、馬鹿にしたような雰囲気がまったくなく、逆に緊張が解けた。

「やさしいスタッフさんでよかったー」

 ぶっきらぼうな人だったら、不審者としてマジで逮捕されてたかもしれない。会社をやめてから、いや、ビャットコインで大当たりしてから、運気は上々。友人ともすぐに合流でき、観光を楽しんだ。

 莫大な資産については、その友人のアドバイスをうけることにした。業者も、どこの業者というよりも、そもそもなんの職種の人を頼ればいいのかわからない。

 観光を何度かして、慣れてきたらオーストラリアで過ごせるようにもしてくれるらしい。日本にいるより、新しい人生を外国で過ごせば、本当に生まれ変わったように生きられると思い、その提案に大きく頷いた。

「ねぇ、あいは写真が趣味だったでしょ? まだ一眼レフとかたくさん持ってるわよね」
「うん。ごはんを我慢して、カメラに注ぎ込んでるよ」
「ならさ、そっち方面の仕事を展開したらどうかしら? 夫がね、会社のコマーシャルに使用する写真を依頼したいらしいの。勿論、あいの腕前次第なんだけど、報酬はそれなりに出すわ」
「素人の作品に、報酬なんてとんでもない。今のわたしがあるのは、あやのおかげなんだし。ご主人にもお世話になってるんだから」
「あい、友達同士だからってタダで仕事をしちゃダメ。そもそも、起用するかどうかわからないし」
「なら、今回頼りっぱなしだったアドバイザー料としてってことでどうかな? 選ばれるように、すてきな写真を撮るように頑張るわ」

 中学からの腐れ縁で、数年音信不通であったにも関わらず、互いを信頼し合っているのがわかる。

「あや、あいさんもそう言ってくれているんだし、取り敢えず初回はそれでいいんじゃないかな。今回、うまくいけば次回からはきちんと契約書を用意しよう。あいさんの写真、あやに見せてもらったことがあるんだが、私も大好きなんだ。動物愛に溢れてて、幸せそうなワンショットがそこにあるというか。ちょうど、今度のテーマが動物だから、是非応募してみてくれ」
「仁さんに、そう言って貰えて嬉しいです。そうだ、それなら、ウォンバットを題材にしたいんだけど」
「ウォンバット? コアラやカンガルーじゃなくて?」
「うん。知名度はあまりないかもしれないけど、ずんぐりむっくりで、コアラやカンガルーにはない魅力がいっぱいじゃない。それに、日本だと、なかなか抱っこできないでしょ」
「うーん、ウォンバットって抱っこさせてもらえたかしら。でも、取材として申し込んだら大丈夫かな。手配してみるわね」
「何から何までありがとう」

 仁の会社関係のつてで、3日後に取材がOKされた。本来ならば、随分前に申し込みをしなければならないが、急遽キャンセルが入ったらしい。

 急いでいくつか持ってきたカメラや機材を持っていく。日本人観光客が多いため、日本語が使えるガイドが案内してくれた。

「日本人は、よく勘違いしてくるんだけど、ウォンバットも普通の動物のように警戒するから、急に近づいたり大声を出したりしないでほしい。たしかに、人間に慣れやすい一面もあるし、好きな人間にはすごく甘えたがるんだけどね」 
「そうなんですね。大勢の人と触れ合わないとうつになるって聞いてました」
「ははは、らしいね。観光客の中には、突然走り寄って抱っこしようとしたりする人もいて困ってるんだ。誰だって、見ず知らずの相手にハグされたら嫌だろう? ここにつれてきたのは、比較的人間に慣れているんだけど、驚いたり怖がって暴れたら危ないから気をつけて」

 ガイドから細かな注意事項を聞き、ウォンバットの色んな場面を写真におさめる。
 仁が気を使って、あのように言ってくれたことはわかっていた。企業に応募しなければならないほどの腕前があるとは思っていない。だが、自分にできる全てを出し切るつもりで懸命に撮影した。

 一通り写真を取り終えると、ウォンバットから近づいてきてくれた。しゃっしゃっと何かを訴えているみたいに思えて顔を見合わせる。すると、ガイドが抱っこしてみるかと勧めてくれた。

 前足を太ももに乗せるように半分抱っこする。思いのほか重くて、バランスを崩した。

「きゃあ!」
「危ない!」

 あいは、前に倒れたらウォンバットがつぶれてしまうと、とっさに後ろに体をずらした。手はウォンバットを抱えたまま、ダイレクトに後頭部が地面があたる。

「い……ったぁ……。ごめんなさい、ウォンバット君は大丈夫ですか?」

 ズキズキ痛む後頭部を押さえながら体を起こす。重いウォンバットを抱っこしていたはずなのに、すっと起き上がれた。びっくりして離れたのだろう。

 それにしても、普通、人が倒れたら大丈夫かのひとことがあるはずだ。なのに、誰も何も言ってこない。

 やけに静かだ。

 おかしいなと思い、閉じていた目を開けると、そこは天蓋付きのふわふわのベッドや、高級な調度品に溢れた部屋だった。
 
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