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海辺で戯れる二頭 フィーノ視点

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「ハーティあにうえ、戻っていたのか……」

 ディリィがいないから授業を抜け出して探しに来たところ、彼女は海辺にいた。年上の幼馴染ライバルである男とともに。胸がじりじり焼け付くようだ。

  いつもそうだ。彼がいると、僕の胸がむず痒いような不快感でいっぱいになる。だって、彼はディリィの事をずっと好きだから。僕のほうがもっと好きだけど。
 彼は、僕たちの事を祝福してくれている。だけど、ふとした拍子に見せるディリィへの視線は、相変わらず、いや、年と共にもっと切なそうに、でも幸せそうに熱を持って潤んでいて。きっと、僕もディリィを見つめている時にも、同じ瞳の色をしているのだろう。

 だから、ずっと隣国から帰って来なきゃいいのになんて、考えちゃいけない事まで思った事もあった。本気じゃない。本気じゃないけど、せめて僕とディリィの結婚式が終わるまでは、彼女の前に現れて欲しくなかった。

「……僕の前だと、あんな風に笑ってくれないのに。なんでいっつもハーティあにうえの前だと、年相応の女の子みたいに笑顔を見せるんだよ……僕には、いつだって……」

 面白くない。彼女は僕の婚約者なのに。こんな嫉妬丸出しの気持ちが現れるのは、決まってふたりが一緒の時だけだ。こんな醜くて矮小な感情、このドルフィーナ王国の男として恥ずべき独占欲の強い狭量な男みたいでみっともない。

 そうは思っていても、どうしてもヤキモチを焼いてしまうのは、ふたりには、僕には入れない空間を共有している時があるように思えるからだった。

 いつまで経っても、僕は年下で。いくら背が伸びても、なんだか置いてけぼりにされてしまうような焦燥感や疎外感を勝手に感じた。こんな風に拗ねて、ヤキモチを焼いているなんて知られたら、ますます弟扱いになってしまうだろう。

 ディリィ、僕のほうを見て。お願い、お願い……

「あ……」

 だけど、そんな僕の祈りのような願いは聞き届けられなかった。ハーティあにうえからキラキラ光る何かを貰ってつけたディリィが喜んで頬を染めている。

 何を貰ったんだろう。宝石のように見える。他の男から装飾品なんて貰ったら嫌だ。それに、そんな表情は僕の前でだけ見せて欲しい。

 見つめ合うふたりは、なんだかお似合いの恋人同士に見えて、今すぐ彼らの間に体を滑り込ませて彼女を連れ去りたいと思う。

 あっという間に、ふたりは手を取り合い、本性に変身して海に飛び込んだ。楽しそうに波を体に纏いながら、競争したり側で一緒に跳んだりしている。珍しい薄いピンク色の体の彼女はとてもかわいい。

 二回り以上大きなハーティあにうえの青みがかった黒い体躯の側に寄りそうように、彼に守られているように泳いでいるのをこうして見つめる事しかできない僕は、なんて無様でカッコ悪い男なんだろうか。

「ディリィ……僕は、ここだよ……ハーティあにうえと、そんな風に楽しそうにしないで……」

 本当はわかってる。彼女はハーティあにうえを、あくまで幼馴染として慕っているだけだ。彼女のたった一人の婚約者は僕で、自惚れかもしれないけど誰よりも好かれているという事を。

 でも、僕がディリィを想うほうが絶対に大きい。なんだか、ディリィにとって、僕は弟か舞台俳優のような好意に毛が生えたようなものなんじゃないか、とふと頭をよぎる。すると、考えてもどうしようもない事で底なし沼に沈み込んでいくような仄暗い感情が湧き出て来るのだ。馬鹿馬鹿しい、と自分に言い聞かせるように頭を振った。

「まあ、フィーノ様、こちらにいらしたのですね? 先生がお呼びになって……あら? あれはディリィさんじゃありませんこと? ご一緒にいる殿方は……どなたなのかしら」

 後ろから女の子の声がする。振り返らなくてもわかる。僕の側をうろちょろする女の子で、この国の公爵家のご令嬢だ。

「……」

「ディリィさんったら……フィーノ様がいらっしゃるというのに、あのような……」

 僕の婚約者であるディリィは、令嬢たちから目の敵にされている。こういう時の彼女たちは、僕にとって魅力的にうつるどころか嫌悪感しかわかない。努めて冷静に、彼女のディリィへの悪口を紡ぐ口を封じる。

「あの人は、僕たちの幼馴染のハーティあにうえなんだ。久しぶりに帰国したから、だから、一緒にいるだけなんだ」

 そう、ただの幼馴染で。懐かしくて遊んでいるだけなんだ。

 何かを貰って嬉しそうにしていた笑顔だって、ただ単にお土産を貰ったにすぎないはず。

「まあ、ハーティ様がお戻りに? 喜ばしい事でございますわね」

 ハーティあにうえは、女の子から敬遠されがちだ。現に、この子もそうは言いつつも、言葉は棒読みで、一応言っているだけというのを隠そうともしない。

「それにしても、おふたりは仲がよろしいですわねえ……。以前からでしたが、まるで恋人どう……」

「だまれっ!」

 一番、聞きたくない、嫌な言葉を彼女が口にした途端、僕は何かが爆発したかのように大声を出した。

「フィーノ様……? あの、申し訳ございません……あの、あの……わたくし……」

 僕がいきなり怒鳴ったから、女の子が震えて涙を浮かべている。

 女の子には優しくしてあげないって両親やディリィに散々言われているのに。

 僕は慌てて彼女を慰めるように謝罪して、その腕に手を触れた。抱きしめようとなんて思わなかった。
  ただ、一瞬触れたその柔らかい肌が、まるで焦がれたディリィのようで、思考が停止する。こんなのはおかしいとは思いつつも、気が付けば女の子を強く抱きしめていたのであった。

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