上 下
2 / 33

婚約者はわたくしにだけ冷たい

しおりを挟む
 わたくしが、王子の婚約者に取り立てられたのは、10歳の頃だ。すでに、家庭内で全ての教育を終わらせており、地位、家柄、魔力、年齢などを加味して他の令嬢たちに抜きんでいたので、両陛下が目をつけていたらしい。

 父は、母に似たわたくしを毛嫌いというよりもどうでもいいとばかりに無視しており、必要以上の教育で一日中息を吐く間もなく何かしらの勉強をさせ、部屋へ閉じ込めていた。しかし、お茶会など、必要最低限の社交はしなければならない。

「あら、イザベル様。今日もまた懐疑的なドレスでいらっしゃること」
「ほほほ、以前にもお見かけしたドレスにとてもよく似ているような?」
「まあ……、ドレープやレースに綻びが? ああ、そういうファッションなのでございますね。漸進的な装いですわぁ」

 侯爵令嬢として恥ずかしくはない程度ではあるが、地味で流行にやや遅れているドレスに身を包み参加するそこで、わたくしは嘲笑の的になっていた。だが、貴族令嬢たちの嫌味など、家にいる地獄に比べればドレスに舞い落ちて来る枯れ葉のようにもろい。ほんの少し言い返しただけで相手は口をとざす。

「お褒めいただき、ありがとうございます。このドレスは宰相をしている父が厳選したものでございますの。まあ、皆様のドレスは先だってのお茶会で王女さまがお召しになられていたドレスとよく似ていて、とても安定している(かわり映えのないマネだけの似合っていない)デザインで素敵ですわね。父に、わたくしのほうから、お三方の家名をしっかりとお伝えしてお礼を……、あら? 皆様いかがなさいましたか?」

「あ、あの。ほほほ、いえそこまでイザベル様がお気になさらずとも」
「わたくしたちは、そんなつもりでは。ねぇ」
「わたくしは、この方たちに付き添っただけで、その……」

 中央後ろのほうで、口角を軽くあげて興に入っていたわたくしと同じく王子妃候補であった侯爵令嬢が持っていた扇をぎりぎりと握りしめてこちらを睨みつけて来た。

「ごきげんよう、ジャンヌ様。良いお天気です事」
「……。ごきげんよう。皆様、庭に薔薇が新しく咲きましたの。ご案内いたしますわ」

 にこりと微笑むと、ぎりっと睨まれ取り巻きを連れて何処かに行ってしまう。

 こんな風に最後はやり込められるのだから突っかかって来なければいいのに……。




──雉も鳴かずば撃たれまいに……。あんなひょろひょろナルシスト王子の嫁になりたけりゃ、王子個人じゃなく陛下たちに媚を売れっての。ばぁーか。それにしても、あのくそ親父。毎回毎回ぼろをまとわせやがって。家名に泥をぬっただのなんだの、今日も言うくらいなら、ドレスやアクセくらいきちんと揃えやがれ。自業自得だ、メタボおやじめ。とっとと枯れればいいのに。




 わたくしが、高位貴族令嬢らしからぬ言葉遣いをするのには訳がある。わたくしは転生者なのだ。この世界では、わりと転生者という偉大な知恵をもたらすギフト持ちの子が産まれる事がある。前世の記憶は朧気で、この世界が本やら乙女ゲームやらに似ているなどメタな設定があるのかないのかわからない。

 周囲に知られれば神殿に連れていかれ、生涯清らかな聖女として崇められ、名誉ある幸福な人生が待っているのだ。

──恋も遊びも知らないまま一生を処女のまま終えるとか拷問かっ! 神殿に行くくらいなら逃げるっつーの。クソおやじやクソ王子、ビッチたちの相手をしながら人生を謳歌したほうがましよ。もうすぐ成人になる。そうしたら、こんなところ逃げ出してやる!

「イザベル!」

 心の中で悪態をこれでもかとつきながら、妄想で彼女や父たちをぎたぎたにしていた。クソ暑い太陽光をこっそりと氷属性の魔法で遮り、心穏やかに涼んでいたというのに、その世界を癇に障る声が切り裂いた。

 ふぅと、気づかれない程度にため息を吐き、げんなりしつつそちらのほうへ視線を投げかける。現実逃避したくなるが、まごうことなきわたくしの婚約者どのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」

まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。 ……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。 挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。 私はきっと明日処刑される……。 死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。 ※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。 勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。 本作だけでもお楽しみいただけます。 ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

処理中です...