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63 消えた雇い主

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 ブロック国からは、再三、フェルミの父や血縁を名乗る人物が絶えなかった。そこで、カインは、フェルミの父親らしき人物たちの正体を突きとめる命を受け、ブロック国に潜入する。
 
 チジン・ビスカという侯爵が、若いころの外交でグリーン国で女遊びを繰り返していたことがわかったのは、それほど時間はかからなかった。しかし、当人はすでに事故で亡くなっている。その後、年子の弟があとを継いだ。
 兄の事故死には不審な点が多く、母違いの兄を疎んでいたという証言もある。恐らく、兄は弟に事故に見せかけて消されたのだろう。

 若い頃のチジンと弟はそっくりだった。そして、彼らとフェルミはよく似ている。髪の色も瞳の色も、彼らのどちらかの血を継いだと言われたほうが納得できた

「ってことは、フェルミは、ロキソ伯爵の子ではなかったのか……だから、生家で酷い目に……」

 ロキソ伯爵の子ではないとすると、彼女が生家で虐待されていたのも頷けた。ただ、産みの母であるカデュエ伯爵夫人にも、相当煙たがられていたと報告書に記載されていた。

(一時の火遊びの証でもあるからな……。俺のフェルミを、自分勝手な理由で蔑ろにしやがって……必ず思い知らせてやる)

 カインは、姿絵で見た伯爵夫妻の顔を思い出して、怒りに心が震えた。今、彼らの目の前にいれば、確実に拳が飛んでいただろう。

(すでに罪を償っているそうだが、気が済まない。だが、俺のフェルミは、こいつらと違って、何時だって他人を思いやる優しい人だから、報復なんて考えないだろうけど……)

 カインは、フェルミに知られないように、伯爵夫妻にどうやって煮え湯を飲ませてやろうか考えた。

「とりあえず、任務完了っと。帰国して、フェルミに逢って。あの日の続きをして。話はそれからだな」

 彼女のスキルは、植物を枯らすことができる。それは、グリーン国に由来するものに違いない。鉱物のスキルが混ざったことで、育てるというスキルと真逆の効果になったのかもしれないと考えた。

「しかし、こいつが彼女の叔父ではなく、父親を名乗ったのはなぜだ? 兄の死を知った彼女が、自分の悪行を知れば不利になるが、それはどうとでも誤魔化しが効く。なんせ、なんだ。簡単に騙されて素直に言うことを聞くだろうからなぁ。ただ、調べればすぐにわかる嘘で謁見を申し出て、先日フレイム国に向かったのはなぜなんだ?」

 カインは、どうにも腑に落ちなかった。数か月、フェルミに会いたいと申し出ていた侯爵が、今はカインと入れ違いのようにフレイム国にいる。まだ、正式に彼らが会う計画はないと聞いている。

「単なる物見遊山というわけではないだろう。何か、目的があるはずだ。何か……。ん? 息子の名はステファノスというのか……」

 そして、カインは侯爵の素性が書かれている書類に書かれてあった家系図に視線を落とした。見逃しがないか、重箱の隅をつつくがごとく、ひとりひとりの過去と現在を手繰っていく。なぜか、侯爵の息子のことが気にかかって仕方がない。

「ステファノスは、数年前外国に行き騎士になったと。ふむふむ。どこの国だ?」

 フレイム国の騎士に、ステファノスという名の騎士はいない。素性を隠したり、偽名で騎士団の試験は受けることは不可能だ。

「いや、待てよ……。一部例外があったな。母国の名前の発音がしづらい場合にも適応されたはずだ」

 ステファノスをフレイム国の言語に切り替えようと試みた。

「ああ、こういうのは苦手なんだ。俺のフェルミなら、簡単に各国の名前に言い換えるのに」

 彼女に逢えなくなって、すでに数日経過した。最後の別れの抱擁や、それ以上のことをする間もなく、コーパに追い出されたのだ。任務とはいえ、あまりの無慈悲さに、コーパが恨めしく思える。

「そういえば、フェルミが読んでいた本に、古代の宗教のものがあったな。そこでは、たしか……」

 フェルミが、難しい本を軽々読んでいる姿が愛らしすぎて、横から覗き込んだ。そして、ステファヌスと読んだ自分に、ステファノスというのだと教えてくれた。

「あの時、彼女はなんて言った? 他にも、ステファン、エステバス……違う、もっとかけ離れた……。そうだ、護衛騎士のやつの名だ!」

 カインは、ステファノスがピスティと同一人物だということに思い当たると、急いで立ち上がった。一緒に来ていた部下に、すぐに帰国すると叫んで走り出す。

(くそっ! 完全にしてやられた。数年前から潜入して信頼を得ていたとはな。今回のブロック国行きは、俺をフェルミから引き離すために、やつによって計られたのか!)

 今回の任務に、誰を行かせるのかという段になって、ピスティとシアノが自分をやけに推していたのを思い出す。こういう仕事は慣れているし、その時には特別ひっかかりはしなかった。

「フレイム国に、一大事だと伝令を飛ばせ。フェルミさんが、ブロック国に攫われるかもしれない」
「カインさん、まさか、本当にピスティさんが?」
「あいつに協力するそぶりを見せていたシアノもだ。他にも裏切り者が潜入しているかもしれん! 数名はここに残り、連絡があるまで彼女が連れ去られていそうな船を片っ端からあたるんだ! どんな小さな船も見逃すな! ブロック国に協力を要請しても無駄だろう。それどころか邪魔が入るに違いない。外交問題になりそうな時は、聖女様の名をお借りしろ。各国の王族や有力者だけでなく、絶対的存在の聖女様の後見を受けているんだ。一国の国王ごときの権威など、足元にも及ばん!」
「カインさんは?」
「もう手遅れかもしれんが、俺はフレイム国に戻る」

(フェルミ、どうか無事でいてくれ!)

 どれほど団長から言われても、彼女の側を離れるべきではなかった。産まれてから一番の後悔がカインを襲う。フレイム国に向かう最終の船に、フレイム国の騎士団の許可証を使って無理やり乗り込んだ。

 3日でフレイム国に到着した。そこで、団長からフェルミが消息を絶ったと連絡を受ける。通信機越しに見えた、コーパは、ここ数日で一気に老け込んだようだった。

『彼女がいなくなったのは、ピスティとシアノが護衛の当番の時だろ? で、あいつらの姿も消えた』
『どうしてそれを? おそらく、フェルミさんと一緒にいて彼女を守っているはずなんだが……』
『団長、それは違う』
『どういうことだ?』

 カインは、ブロック国で知りえた情報と、彼の考えをコーパに話した。

『数日のラグはあるだろうが、密航の船も合わせての捜査となると、網にひっかかっていない船もあるだろう』
『一隻たりとも逃しちゃダメだ! 団長、俺はこのまま港で、船や侯爵の足取りを捜索する。国外の船に立ち入り調査が出来るよう、10分以内に許可を取ってくれ!』
『おい、カイン。まだ話を』

 話す時間ももったいないと、カインは通信機を切った。こういう港で、暗部を生きる人間が潜伏しそうな場所はごまんとある。だが、カインとてその手の捜査のプロだ。顔見知りの情報屋から、侯爵のいた場所はすぐに特定できた。

「くそ、もぬけの殻か……」
「カインのだんなぁ。ここにいたやつらは、もう2日前にはいなくなっちまったぜ」
「人数の増減はなかったか?」
「来た時と一緒で、皆男ばかりさ」
「別人になっていた者はいるか? 例えば、女性を男に変装させるとか」
「完全に性別を変えるスキルでもあればすぐわかるが、俺の鑑定スキルでは、皆男だったさ」
「船の型と名は?」
「沿岸漁船のサクシードさ」

 情報やの言葉通りなら、フェルミは侯爵から逃れられたということだ。さらに、船の名前がわかれば、ブロック国で彼らを一網打尽にできる。あとのことは、カインの部下たちがうまくやるだろう。

「いつもすまないな」
「こっちも商売なんでな。上得意様にはそれなりのものを提供するさ」

 情報屋は、金貨のたっぷり入った小袋を受け取ると、上機嫌で帰っていった。
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