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ラートが帰ってから、フェルミの生活が激変したかというと、そうではなかった。一日の生活のうち、食事が、部屋でひとりでするようになっただけで、あとのことは変わらない。食事が提供されないかもと思っていたのだが、カロナがきちんと美味しい料理を作ってくれていた。
ただ、レドの護衛対象がラートに移行したため、外出が難しくなった。だが、それももともと外出をしないので問題はなかった。
「お嬢様、持参金の残りを貰ってから、お嬢様への子爵たちの態度が適当になっていたから、このほうがいいかもですね」
「そうね」
ファーリは、最初こそぷりぷり怒っていたが、今のほうが平和なことに気づき、落ち着いてきたようだった。そんなファーリを見て、フェルミはいつまでも彼女を自分に束縛させていいはずはないと申し訳なくなる。
だが、ここから世界に出ていくためには、フェルミには、もう一歩勇気が出なかった。そこそこ居心地の良い環境で、このまま過ごせるのならとも思っていたのである。
「ファーリ、ごめんね……」
「またそう言う。だったら今すぐ出ていきましょうって。もう、伯爵家にもここにも気を使う必要なんてないじゃないですか。捨てる神がいても、必ず拾う神だっています。この国じゃなかったら、そこまでお嬢様のスキルは重要視されないでしょうし」
ファーリの言うことは最もだ。この手の会話は、すでに何十回もしている。ラートが帰ってきてから考えようと言っていたのに、いざ帰ってみても、ずるずる言い訳ばかりして決心がつかなかった。
「なんだか、知らない場所に行くのが、新しい人たちに会うのが怖くて……。本を読むとね、まるで自分が世界を旅しているような気分になるの。とても楽しくて、主人公たちのように、私だってそのまま行けるんじゃないかって。でも、一旦本を閉じると、それまでの無鉄砲というか、あちこちを見て回って楽しもうっていう気持ちがなくなっちゃうみたい」
フェルミは、自分でも情けなくてうじうじしていて、こんな自分が嫌になる。
どうせ、どこに行っても嫌われるから。
でも、ここを出ていったら生きていけないかも。
だって、ここにいれば、これ以上傷つくことがない。
だから、このままがいい
このように、ひとつの結論にたどりついてしまっていたのである。
ファーリも、そんなフェルミの気持ちがわからないでもない。自分が家を出てくる前も、フェルミと同じように色々悩んでいたし、伯爵家で雇ってもらえるまで不安で仕方がなかった。
「お嬢様には、最大の武器があるじゃないですか。外国語がわかるっていう特技が。グリーン国の一般人のほとんどが、一番近い火の国の言葉すらわからないのに。お嬢様は、外国の本を原本で読めるほど言葉がわかるんですから、一般の人にとっての最大の壁はほとんどないでしょ? 慣習とかの違いなんて、お嬢様は若干気が弱いですけど、行けばなんとかなりますよ」
「うん、私もそう思うんだけど……」
フェルミは、ファーリが褒めてくれるほど、外国語を理解していることが特別だとは思っていない。マナーも、知識も、実践がないだけで、人並み以上に身に着けている。だというのに、伯爵家での扱いのせいで、ファーリやカロナたちに褒められても、胸を張ることが出来なかった。
「お嬢様には、ここに来たときみたいに、どうしようもない理由がいるかもですねえ」
「情けないけど、そうかも……。あのね、一番怖いのは、ひとなの。皆が皆、ファーリやトラムたちみたいなら、こんな私でも、出ていけたかもしれない。見た目だけが違うのならまだしも、やっぱり、何もかも枯らすなんてスキル、終わりを連想して恐ろしいって思われて当然だもの」
色もスキルもフェルミが自分で望んだわけではない。
ファーリは、どうして自分よりも優しい女の子が、こんな風に悲しまなければならないのかと、胸が絞られるようにじれじれもやもやした。一番近い火の国にいけば、フェルミは、もっと顔をあげて心から笑える日が来るんじゃないかと、ますます彼女の背中を押したくなる。
「女神様は、役に立つスキルを授けてくれるんですから、お嬢様のそのスキルも、絶対に役に立つはずなんです」
「どこで? どうやって? どんなふうに、役にたつの? ずっと考えていたもの。いくら考えても、ちっとも思いつかないわ。ファーリだってそうだったじゃない」
「それは、そうですけど……。きっと、広い世界には、火の国とかにだって、お嬢様のスキルが重宝される場所があるって思ってますよ」
フェルミは、ファーリのように毒の混入がわかるといった、誰にとっても役に立つスキルが欲しかった。それさえあれば、たとえ髪や瞳の色が違っても、受け入れてくれていただろうと。
彼女の、すぐに諦めてしまうという悪い癖は、彼女が産まれたときから持っていて、手放すことができないそれらのせいで治ることはないだろう。
フェルミは、堂々巡りの話に疲れてきた。そして、外国という言葉から、とあることを思い出す。
「そういえば、ファーリ。例の男性のことはわかったの?」
「ああ、それがですね、トラムが教えてくれなかったんですよ」
「え? もしかして、トラムも知らないとか?」
「いいえ、あれは絶対知っているって感じでした。どうも、言い辛いようなんですよねぇ。つまり、知るとお嬢様かあたしが悲しむか怒るか、とにかく良い知らせがないってことですね」
「そう……気になるけれど、トラムが言わないのなら、知らないほうがいいのかしら」
「あたしもそう思ったんで、問い詰めなかったんですけど……。お嬢様、どうします? なんとか聞き出しましょうか?」
「ううん。トラムの判断を信じるわ。聞いて、ファーリまで悲しい思いをするのなら、知ってしまうその日まで、なるべく気にしないようにするわ」
フェルミはそう言うと、カロナが作ってくれたプリンを一口スプーンに掬った。
ただ、レドの護衛対象がラートに移行したため、外出が難しくなった。だが、それももともと外出をしないので問題はなかった。
「お嬢様、持参金の残りを貰ってから、お嬢様への子爵たちの態度が適当になっていたから、このほうがいいかもですね」
「そうね」
ファーリは、最初こそぷりぷり怒っていたが、今のほうが平和なことに気づき、落ち着いてきたようだった。そんなファーリを見て、フェルミはいつまでも彼女を自分に束縛させていいはずはないと申し訳なくなる。
だが、ここから世界に出ていくためには、フェルミには、もう一歩勇気が出なかった。そこそこ居心地の良い環境で、このまま過ごせるのならとも思っていたのである。
「ファーリ、ごめんね……」
「またそう言う。だったら今すぐ出ていきましょうって。もう、伯爵家にもここにも気を使う必要なんてないじゃないですか。捨てる神がいても、必ず拾う神だっています。この国じゃなかったら、そこまでお嬢様のスキルは重要視されないでしょうし」
ファーリの言うことは最もだ。この手の会話は、すでに何十回もしている。ラートが帰ってきてから考えようと言っていたのに、いざ帰ってみても、ずるずる言い訳ばかりして決心がつかなかった。
「なんだか、知らない場所に行くのが、新しい人たちに会うのが怖くて……。本を読むとね、まるで自分が世界を旅しているような気分になるの。とても楽しくて、主人公たちのように、私だってそのまま行けるんじゃないかって。でも、一旦本を閉じると、それまでの無鉄砲というか、あちこちを見て回って楽しもうっていう気持ちがなくなっちゃうみたい」
フェルミは、自分でも情けなくてうじうじしていて、こんな自分が嫌になる。
どうせ、どこに行っても嫌われるから。
でも、ここを出ていったら生きていけないかも。
だって、ここにいれば、これ以上傷つくことがない。
だから、このままがいい
このように、ひとつの結論にたどりついてしまっていたのである。
ファーリも、そんなフェルミの気持ちがわからないでもない。自分が家を出てくる前も、フェルミと同じように色々悩んでいたし、伯爵家で雇ってもらえるまで不安で仕方がなかった。
「お嬢様には、最大の武器があるじゃないですか。外国語がわかるっていう特技が。グリーン国の一般人のほとんどが、一番近い火の国の言葉すらわからないのに。お嬢様は、外国の本を原本で読めるほど言葉がわかるんですから、一般の人にとっての最大の壁はほとんどないでしょ? 慣習とかの違いなんて、お嬢様は若干気が弱いですけど、行けばなんとかなりますよ」
「うん、私もそう思うんだけど……」
フェルミは、ファーリが褒めてくれるほど、外国語を理解していることが特別だとは思っていない。マナーも、知識も、実践がないだけで、人並み以上に身に着けている。だというのに、伯爵家での扱いのせいで、ファーリやカロナたちに褒められても、胸を張ることが出来なかった。
「お嬢様には、ここに来たときみたいに、どうしようもない理由がいるかもですねえ」
「情けないけど、そうかも……。あのね、一番怖いのは、ひとなの。皆が皆、ファーリやトラムたちみたいなら、こんな私でも、出ていけたかもしれない。見た目だけが違うのならまだしも、やっぱり、何もかも枯らすなんてスキル、終わりを連想して恐ろしいって思われて当然だもの」
色もスキルもフェルミが自分で望んだわけではない。
ファーリは、どうして自分よりも優しい女の子が、こんな風に悲しまなければならないのかと、胸が絞られるようにじれじれもやもやした。一番近い火の国にいけば、フェルミは、もっと顔をあげて心から笑える日が来るんじゃないかと、ますます彼女の背中を押したくなる。
「女神様は、役に立つスキルを授けてくれるんですから、お嬢様のそのスキルも、絶対に役に立つはずなんです」
「どこで? どうやって? どんなふうに、役にたつの? ずっと考えていたもの。いくら考えても、ちっとも思いつかないわ。ファーリだってそうだったじゃない」
「それは、そうですけど……。きっと、広い世界には、火の国とかにだって、お嬢様のスキルが重宝される場所があるって思ってますよ」
フェルミは、ファーリのように毒の混入がわかるといった、誰にとっても役に立つスキルが欲しかった。それさえあれば、たとえ髪や瞳の色が違っても、受け入れてくれていただろうと。
彼女の、すぐに諦めてしまうという悪い癖は、彼女が産まれたときから持っていて、手放すことができないそれらのせいで治ることはないだろう。
フェルミは、堂々巡りの話に疲れてきた。そして、外国という言葉から、とあることを思い出す。
「そういえば、ファーリ。例の男性のことはわかったの?」
「ああ、それがですね、トラムが教えてくれなかったんですよ」
「え? もしかして、トラムも知らないとか?」
「いいえ、あれは絶対知っているって感じでした。どうも、言い辛いようなんですよねぇ。つまり、知るとお嬢様かあたしが悲しむか怒るか、とにかく良い知らせがないってことですね」
「そう……気になるけれど、トラムが言わないのなら、知らないほうがいいのかしら」
「あたしもそう思ったんで、問い詰めなかったんですけど……。お嬢様、どうします? なんとか聞き出しましょうか?」
「ううん。トラムの判断を信じるわ。聞いて、ファーリまで悲しい思いをするのなら、知ってしまうその日まで、なるべく気にしないようにするわ」
フェルミはそう言うと、カロナが作ってくれたプリンを一口スプーンに掬った。
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