上 下
55 / 66

48 クリスマスパーティーは恋人たちの日に

しおりを挟む
 ヨウルプッキとの短い逢瀬を終えたシンディは、忙しさに追われる日々に戻った。アールトネン伯爵家当主として今日も王家主催のクリスマスの夜会に参加している。

 彼女を誘う貴公子たちの相手をしつつ上手くあしらい、夜半過ぎにようやく息をつく時間がとれた。
  準備されているソファに座り、サーヴされたシャンパンを少し口にしてピーラッカを一口頬張った。芳醇な上質のクリームチージュが添えられた小さなパイをサクっと噛む。鼻に抜けるチージュの香りがさらに食欲を誘った。

 3つ目のピーラッカは甘く煮詰めた果肉たっぷりのシュトロベリーヌがたっぷりと乗っている。見た目にも可愛く美味しそうなそれを食べようと口を開いた時、ターニャが声をかけて来た。

「シンディ、元気にしているかい?」
「ターニャ様。お久しぶりでございます。先日は素晴らしい再婚式に招待してくださってありがとうございました」

 シンディーは、ピーラッカを皿に置くとターニャに礼をする。そのまま二人でソファに座りながら、会話を楽しんだ。

「ターニャちゃーん、ここにいたー! 俺から離れるなんて酷いよ!」

 そこに、騒々しくオットがやってくる。ターニャは結局婚姻届けにサインをして、今は名実ともに夫婦として夜会に参加している。

「うるさいのが来たね……」

 ターニャは一つため息を吐くと、シンディにこう言った。

「シンディ、うちの家を救い、領地や被害者たちのために寝る間も惜しんで頑張ったあんたに、プレゼントがある。そこのテラスに出てみな」

「え……?」

「出て待っていればわかるさ」

「そーだよ、シンディ。ははは、俺、ターニャちゃんに頼まれた依頼が成功したらすぐに結婚してくれるって言うから物凄くがんばったからな! そのおかげで、ちゃんとターニャちゃんと再婚できたし。俺、滅茶苦茶疲れたけど。なに、気にしなくていいから。徹夜を何日もしたけどな! 遠慮せず受け取ってくれ!」

 どうやら、オットがターニャに何かを依頼された事を熟したために再婚出来たようだ。シンディへのプレゼントと言うが、なんだろうと首を傾げる。
 ターニャに手をとられ、テラスに連れられた。オットが扉を開くと、雪がちらちらと降る夜空の星がきれいに瞬いている。

「シンディ、アールトネン前伯爵であるあんたの母が言っていたのは、政略に心を求めてはいけません、だったかい? 案外、そうでもないさ。じゃあまたね」
「シンディ、たまには俺を見習ってなりふり構わずに行けよ! じゃあな!」
「あんたは、もうちょいとなりふり構って欲しいんだけどねぇ」

 シンディに別れを告げて去って行くターニャを追いかけるようにオットがついて行った。


ぴゅう


 今は真夜中すぎ。肌に刺さるほど冷たい風がシンディの全身をなぶる。

──あの時、ここで出会ったらしいのよね……。

 冷え冷えとした空気を照らす、明るく冴えわたる月を見上げて涙ぐんでしまう。出会いの瞬間は記憶がないままだ。けれども、瞬時に愛しい人の姿と、甘いひと時を思い浮かべて思考が囚われる。
 最後に会えば、気持ちに区切りがつくなんて嘘だと思う。ますます彼の温もりを求めてしまう心を持て余した。胸がぎゅうっと締め付けられるように痛み、気持ちの悪い居心地の悪さが襲う。

 あれほどターニャにすげなくされ続けたオットですら、愛する人を手に入れたというのに、自分はどうだろう。
 来年中には然るべき相手と結婚をしなければならないと王家から命じられている。成人したばかりの王子の婿入り先にアールトネン伯爵家が候補としてあげられていた。恐らく、来年早々にその内示が降りるであろう。王子の人柄も能力も申し分ない。彼とならきっと幸せな未来が待っているに違いない。

 ため息を吐いて未来を受け入れようと、結ばれる事のない愛しい人の面影を消し去るように、ぽつりと呟いた。

「グス……。リア充なんて、爆発しちゃえばいいのよ……」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】塩対応な副団長、本当は私のことが好きらしい

ほづみ
恋愛
騎士団の副団長グレアムは、事務官のフェイに塩対応する上司。魔法事故でそのグレアムと体が入れ替わってしまった! キスすれば一時的に元に戻るけれど、魔法石の影響が抜けるまではこのままみたい。その上、体が覚えているグレアムの気持ちが丸見えなんですけど! 上司だからとフェイへの気持ちを秘密にしていたのに、入れ替わりで何もかもバレたあげく開き直ったグレアムが、事務官のフェイをペロリしちゃうお話。ヒーローが片想い拗らせています。いつものようにふわふわ設定ですので、深く考えないでお付き合いください。 ※大規模火災の描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。 他サイトにも掲載しております。 2023/08/31 タイトル変更しました。

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...