上 下
31 / 66

29 戦闘狂の取扱説明書

しおりを挟む
 アールトネンの主が帰って来ないとはいえ、すでに権利を失っているのにも拘らず元伯爵代理たちが本邸にいる。

  主が帰ってくるまでに、この屋敷からあの者たちを追い出そうと血気盛んになっているピュヨッ子たち。

「ターニャちゃんの頼みだしなあ……。ヤレヤレ」

 彼らとの温度差など気にせず、マイペースにふらりとあとをついて行く。魔力はあまりないが勘が鋭い彼は、適当に足を進めては窮地の彼らを助けていった。
 ついでに、道中の、ターニャとの再婚を邪魔しようとせんばかりに攻撃をしかけてくる本邸の手練れの魔法攻撃をその剣で振り切って昏倒させ続けた。

「……、一気に急所を貫いたり首を刎ねたりしたらターニャちゃんが怒るんだよな。あー、めんどくさ。ちょっとぐらいいいかな?」

 彼もまたどこか頭のネジが飛んでいるのだろう。戦場では英雄となれるほどの彼ではあるが平時ではたんなる戦闘狂で危険人物だ。
 彼の中はターニャで埋め尽くされており、彼女がいなければ世の中どうなってもいいと本気で思っている。

 彼をコントロールできるのはターニャのお願いだけなのだ。

 また一人、背後から切りつけて来た相手を、戦闘意欲をなくすように反撃する。
  実際の体へのダメージはそうでもないが、普段やられたことのない相手は腰を抜かすのだ。

「お前、邪魔」

 一言そう呟くと、目の前で震えて泡を吹きながら、浅い傷をつけたために腕から血が出ているのを手で必死に抑える馬番見習いの少年の腹を蹴り上げた。

 ターニャとの目くるめく幸せな愛の生活を邪魔するハァエが鬱陶しい。さっさと片付けてしまいたい。

 ハァエがすぐに意識を失ったため、彼の着ていた服で、ターニャにしてたいなぁと思っている緊縛をさっと施す。

「くそっ! ターニャちゃんにした事もないのに、こんな……。ああ、こんな風に縛られたターニャちゃんが俺を『愛してる』なんて照れてうっとり見上げてくれて……、くぅ~さいっこう! あ~、綺麗だろうなあ」

 悪態をつきながら、自分にベッドで縛られ恥ずかしがるターニャの姿を思いにやつく。

 ヨウルプッキが最後の配下と戦い始めた頃、そろそろいいかなと思い、最後にターニャが言い残した人物を捕らえに行こうと屋敷の外に一つ跳躍して高い塀の上に降り立った。

「そう言えば場所を知らないな……。セパスチの坊主が行ってるはずだが……。うーん? こっちかな?」

 なぜか気になるさびれた酒屋の灯りが見えた。行ってみるかとのんびり独り言ちると、ゆっくり足を動かした。

 散歩でもしているかのように進む速さは、世界最速の魔物とされるピューマーよりも速い。あっという間に酒場の入り口に移動した。

 中では、セパスチが愛人の情人と対峙しているようだ。

「へぇ……あいつやるなあ」

 ぴゅうっと口笛を鳴らして感嘆した相手はセパスチではない。セパスチは情人の一撃でやつの足元にうつ伏せになった。うめき声を上げているがもう動けないようだ。

 情人が、魔力を込めた手刀で、とどめを刺すためにセパスチの首を狙い始めた時、のほほんとした声が酒場に響いた。




愛人=元伯爵代理(シンディの父)の愛人(シーリガールのママ)

愛人の情人=シーリガールのパパ
まだ公にはシーリガールは元伯爵代理の娘となっていますのでややこしい表現をしています
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】愛を知らない傾国の魔女は、黒銀の騎士から無自覚に愛着されて幸せです

入魚ひえん
恋愛
【一言あらすじ】 不遇でも健気な前向き魔女と、塩対応なのに懐かれてしまい無自覚に絆されていく生真面目騎士の愛着ラブコメ! 【いつものあらすじ】 エレファナは誰もが恐れるほどの魔力を持つ、ドルフ帝国に仕えるためだけに生まれてきた魔女だった。 皇帝の命で皇太子と『婚約の枷』と呼ばれる拘束魔導を結ばされていたが、皇太子から突然の婚約破棄を受けてしまう。 失意の中、命を落としかけていた精霊を守ろうと逃げ込んだ塔に結界を張って立てこもり、長い長い間眠っていたが、その間に身体は痩せ細り衰弱していた。 次に目を覚ますと、そこには黒髪と銀の瞳を持つ美形騎士セルディが剣の柄を握り、こちらを睨んでいる。 そして彼の指には自分と同じ『婚約の枷』があった。 「あの、変なことを聞きますが。あなたの指に施された魔導の枷は私と同じように見えます。私が寝ている間に二百年も経っているそうですが……もしかしてあなたは、私の新たな婚約者なのでしょうか。さすがに違うと思うのですが」 「ああ違う。枷は本物で、形式上は夫となっている」 「夫!?」 皇太子との婚約破棄から、憧れていた『誰かと家族になること』を一度諦めていたエレファナは、夫と名乗るセルディの姿を一目見ただけですぐ懐く。 「君を愛することはない」とまで言ったセルディも、前向き過ぎる好意を向けられて戸惑っていたが、エレファナに接する様子は無自覚ながらも周囲が驚くほどの溺愛ぶりへと変化していく。 「私はセルディさまに言われた通り、よく飲んでたくさん食べて早めに寝ます。困ったことがあったらお話しします!」 (あ。気のせいでしょうか、少し笑ってくれたように見えます) こうしてエレファナはセルディや周囲の人の愛情あふれるお手伝いをしていきながら、健やかさと美しさ、そして魔力を取り戻しはじめる。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! コメディとシリアス混在のゆる設定。 相変わらずですが、お気軽にどうぞ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...