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22 テッポの愚考③

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 シーリと体を重ねてから、どんどん彼女の事しか考えられなくなった。こうなってはシンディと婚約破棄するしかないが契約書がある。
 シンディと別れたいなど、父も兄も許してはくれないだろう。

 だけど、悪魔よりも残虐で、しかも伯爵の血を引き継いでいない彼女など、僕の妻には出来ない。やはり、幼い頃に頂いていた嫌悪感通りの女だったのかと思うと、今でも身震いしてしまう。

 優しいシーリが伯爵家を継ぐべきだ。

 そう思ったら、なんとシーリの母である美しい夫人が、社交界でシンディを貶めればいいという良いアイデアをくれた。

 そうだ、王家主催のクリスマスを祝う夜会で、シンディの所業や婚約破棄を宣言すればいい。そうすれば、シンディは王家に裁かれ、僕は晴れて愛するシーリと結婚し予定通りに女伯爵の婿になれる。

 そう信じて疑わなくなっていった。なにか、大事な事を忘れているような気がするが、シーリや伯爵夫人に会うと頭がぼんやりして彼女たちの言う事しか考えられなくなり、あの日、上手くシンディを追い落としたのだ。

 だが、突然現れたうちの護衛達に引きずられ、シーリと離されてしまった。

 今は自室で軟禁状態である。どうして何も悪くないこの僕がこんな目にあわねばならないと言うのか。

 婚約に際して、何の咎もないシンディを身体的、精神的、そして社会的に裏切る行為をした場合の罰はたしかにあった。

 だけど、シンディには重罪を犯したという咎がある以上、その契約は無効になるのに。


 いらいらと爪を噛みながら、いつの間にか眠気が来てベッドで眠っていた。就寝の身支度すら許されず、夜会の服のまま眠ったため体が気持ち悪いしあちこちの関節が痛む。


 バタン!


 大きな音をたてて部屋の扉が開いた。びっくりして跳ね起きるとそこには、鬼のような表情をした父と、憐れむような顔の兄、そして、にっこりと見惚れてしまうような笑みを浮かべるどこかで見た事のある女性が立っていた。

「よくも眠れたものだ。聞かなかったか? お前は今回の事について考えそして反省するように申し伝えていたはずだが?」

 父がそう言うと、僕の胸倉をいきなり掴んだ。

「父上! お離しください! 私は何も悪い事など致しておりません。秘密裏に動き行動した事に関しては謝罪しますが、ご安心ください。侯爵家の咎など一切なく、アールトネン伯爵家の乗っ取りを企む悪逆非道なシンディと婚約を破棄し、正当な次期女伯爵になるシーリガール嬢と私は結婚しますから!」

 僕は、今までに聞いて来たシンディの悪行を洗いざらい父に訴えた。これで父も納得するだろう。

 そう、思っていたのに……。



 バキッ!

 父が大きな拳を作り、固く握り閉めたかと思うと、僕の頬に向かい思い切り腕を振りぬいた。

「馬鹿者! シンディ女伯爵に対してなんという無礼を……! それに悪逆非道とはどういう事だ!」

 父のあまりの形相に、口の中が鉄の味をしているのも忘れて呆然となった。手足どころか唇も震えてしまい、シンディの所業をそれ以上何一つ言えなくなる。

「テッポ……。お前、シンディ様……、アールトネン女伯爵になんという事をしたのかわかっていないのか……? お前のさっき言っていた事は、本当にあの方がしたと思っているのか? 確かめたのか?」

「あ……、にうえ……。た、確かめました。わ、私は、ちゃんとシーリガール嬢と伯爵夫人に聞いて。それに、伯爵家の使用人たちもそれを肯定していたのです!」

「使用人たちは、夫人とその娘の味方だ。馬鹿! そんな者たちの証言など証拠にもならんわ! お前には、必ずやアールトネン女伯爵を守る事と、元伯爵代理にも付け込まれないようにしろと厳命していただろう!」

 もう一度ぶたれた頬に拳が振り下ろされた。歯が何本か飛んでいった。


──え? 今、父上は何と言った? シンディがアールトネン女伯爵で、シーリの父が元伯爵……? どういう事だ?

「おいおい……、まさか、本気であの男がアールトネン伯爵家の当主とでも思っていたのか? あくまでも先代女伯爵の血を唯一ひくシンディ様が成人するまでの間の代理だぞ? お前、まさか?」

「だいり……?」


──どういう事だ? 伯爵家では代理などといった立場のような扱いではなかった。


「伯爵が代理って……? 伯爵は病気で静養していたから、彼の妻である先代の女伯爵が一時的に伯爵家の当主になっていた。だから、彼が戻った以上シーリガール嬢の父親である彼が伯爵でしょう! 故に、伯爵の血をひいていないシンディははなからアールトネン伯爵家を継げるはずなどないのです!」

 僕の説明を聞き、父と兄は目を丸くしてあごが外れんばかりに大きく口を開けたのであった。

「はい、そこまで」

 パンパンと手を叩く音とともに、凛とした声が室内に響く。

 さっきから気になっていた初老の女性は美しい笑みを浮かべているが、僕に対して恐ろしいほどの殺気を放っていたのであった。
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