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巣を立つ雛は巣に戻される

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「お嬢様、もう間もなく国境を超えます」
「そうですか……」

 今、私は豪華な馬車の中にいる。魔力で乗り心地とスピード、安全で快適な馬車空間を作り上げているそこは確かに居心地がいい。
 大人が6人は座れるんじゃないかなというほどの広さの座椅子は最高級なのだろう。ふかふかで、かといって沈みこみすぎず、体に負担がない。

 べらべらと、事ある毎に声をかけて来るのは40くらいのTHE家庭教師といった感じの女性だ。その隣には、THEベテラン執事の優しい瞳のイケオジさん。二人とも、雰囲気は違うけれど怒らせたら怖そう。

 なぜ、こんな事になっているかというと、過去に遡る事3日前──



※※※※


 ライノだけに、サンタクロース協会に行く事を打ち明けたその夜に、なんだかんだで結局ライラのために一緒に暮らそうかとなった。

 15才になるその時までは孤児院にいていいというので、日常を恙なく過ごした。

『わあ! エミリアお姉ちゃん一緒に住んでくれるの?』

 そりゃもう、滅茶苦茶喜んでくれた。自慢じゃないが、そんじょそこらの姉妹よりも仲が良いと思う。

『うん』

 慣れるまでの間ね、という続きの言葉なんて、この笑顔の前には伝えるなんて出来なかった。

 先生たちもライノがそう報告した事に多少はびっくりされたけれど、仲良く過ごせるように色んな事をアドバイスしてくれた。

『あのね、あのね、エミリアお姉ちゃん』

『なあに?』

『えへへ。ずっと一緒にいてくれる?』

 頬を染めて恥ずかしそうにいうライラに抱き着いたのは言うまでもない。ライノもご機嫌で、きっとライラが喜んでいるのを見てほっとしたのだろう。

 もうすぐ孤児院を巣立つ日が近づいた頃、院長先生とティーア先生に呼び出された。

『………………』

 他の子たちが来ることのない院長先生の部屋にいたのは、先生たちの他にきつそうなおばちゃんと、優しい瞳の油断できなさそうなイケオジだった。

『エミリア……。貴女誤解があったようね』
『ずっと、ご両親は心を痛めて貴女を探していたんですって』

『お嬢様、よくぞご無事で……』
『ああ、今まで寂しかったでしょう。これでもう安心です。私たちとともに帰りましょう』

 してやられた。と思った時にはもう遅かった。おばちゃんはあからさまに瞳が剣呑だった。母が側室の身分の低い女性だし、産まれてから田舎で育ち孤児院に逃げて来た私が気に入らないのがありありと見て取れる。
 イケオジのほうは、ここで逃げたら先生や子供たちがどうなっても知りませんよ、といった感じの拒否できない空気を纏っていて、おばちゃんよりもイケオジのほうに冷や汗が流れた。

『では、お嬢様をこれまでお守りくださりありがとうございました。エライーン国とこちらの孤児院には相応のお礼の品を贈らせていただきます』

『いえ、私どもは当たり前のことをしただけで。エミリア……、優しくて明るいお嬢様には随分子供たちもなついて……』
『エミリア……お嬢様、幸せになるのよ? ご両親は貴女に厳しく教育を施していたものの、それはもう愛情深くて。家に帰ったらきっと誤解が解けるはずよ……。よく話し合いをしなさいね? 本当に見つけてもらって良かったわね……』

 どうやら、伝言でいいように伝えられたのだろう。先生たちにはあの国の親の事など知る術はない。涙ながらに、こうして親子の対面が叶い誤解が解けて私が幸せになる事を本当に望まれていた。

 結局、時間を少しでも置けば私が逃げ出す事が分かっていた彼らは、最後に先生たちと別れの挨拶をしたあと、孤児院の前に止めていた豪奢な馬車に着の身着のままの私を押し込めたのだった。

 皆を人質に取られているようなものだ。私はここで抵抗したり逃亡したり出来ないと諦めた。


『先生、皆……。今までありがとう……元気でね』

『お姉ちゃん? どうして? イヤ、行かないで!』

 ライラが大泣きで叫び、追いかけようとしてくる。その体を背中からぎゅっと抱きしめて、自身も涙で溢れる瞳で私を見つめてくるライノの姿を見て胸が何かではりさけそうになった。

──約束を破ってごめん。ライラ、ライノ、幸せになって……!

 すぐさま側に駆け寄りたいのに、彼らに見えないように、イケオジに掴まれた腕をほどこうとしても無駄だった。

──なんていう怪力なのだろう。これは、魔法でなしたものじゃない。

 これは、純粋なパワーだ。人間ではこの力は出せない。イケオジは人間よりもはるかに強いという獣人なのだろう。これを振りほどくには、かなりの魔力、それこそチートレベルのものが必要だ。今、皆のいる前でそんな事は出来やしなかった。

 横を見ても、おばちゃんもきつく睨みつけて来るので下手な事は言えなかった。ここまで迎えにくるくらいだ。二人とも魔法なりなんなり使う事に長けているに違いない。

 そうして、私を乗せた馬車が動き出し、あっという間に今まで育った孤児院の影すら見えなくなったのであった。
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