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迷子の迷子のウォンバットちゃん 

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 すっかり陽が落ちた。テーマパーク内は、まだまだ人がごった返している。これから、パレードが始まるのだ。魔法を用いた幻想的な空間と、様々な獣人スタッフによる素晴らしい歌と踊りのフェスティバル。

 わたくしは、前からそのパレードを見たいと思っていた。そして、何よりも、観覧の場所に移動するわたくしの隣には、大好きな人がいて手を握ってくれている。

 こんなにも、幸せな時が来るだなんて朝には思わなかった。

「リフレーシュ、人混みではぐれると大変だからもっと近くによるんだ」

「はい、フレイム様」

 あれから、フレイム様は人が変わったかのように饒舌になっている。ふと見上げると、視線に気づいた彼が、わたくしを優しく見て微笑んで、握った手をきゅっと固く握り返してくれる。

 嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしくて、くすぐったいようでいて幸せで。

 わたくしは、周囲の恋人たちのように、フレイム様にぴっとり体をくっつけるように近づいた。

「凄い人だな……これ以上は進めそうにない。地下から行くか。リフレーシュ、スタッフに声をかけて案内してもらうから、ここで待っていて」

「はい」

 プラチナ待遇だから、VIP専用の、テーマパークを一望できるメインキャッスルの一角からパレードを見る事ができるらしい。

 至近距離でパレードを楽しみたい気もするけれど、今はフレイム様とふたりきりになりたかった。

 花壇の前で、フレイム様が戻って来るのを待っていた時、はしゃいで、強引に人波をかき分けて走る集団に押されてしまう。

「きゃっ!」

 あっという間に、わたくしは待っていた場所から遠ざかり、戻るに戻れなくなった。

「どうしましょう……」

 パレードのために、周囲の街灯が暗くなった。わたくしは、ちょうど真っ暗な場所まで追いやられたため、足元すら暗闇で見えない。皆、パレードのために集まっているから、ひとっこひとりいない寂しくて恐ろしい場所で震えた。

「フレイム様……こわい……」

 安全なテーマパークだから、狂暴な魔獣なんて出るはずはない。幽鬼や魔に属する生き物も出るはずもないというのに、ぽつんと取り残されたわたくしは、この間見たホラー映画のワンシーンのように、草陰からそれらが現れそうな恐怖に襲われる。

 やや冷たさを感じる涼しくなった風が、ひゅうっと通り過ぎる。周囲の木の葉が揺れてガサガサと音が鳴る度に体が縮こまった。

「フレイム様、助けて……!」

 恐怖のあまり、少しパニックになった。冷静に、元の場所に移動するか、スタッフに救援を求めればいいのに、ウォンバットの姿の方が人の足元を通り抜けれるかもしれないと思い、いてもたってもいられず獣化した。

「ぴぇ……ぴえぇ……」

 ひたすら、半鳴き声でフレイム様を呼ぶ。きっと、あっちのほうだ。

 様々な人の喧騒と、食べ物の匂いがする方へ向かい、地を蹴って駆けだす。園内のアナウンスが、そろそろパレードが始まりを告げた。

 人のいる所にさえ出れば、そうすれば助かる。その一心で走った。

「ぴぇ……きゅ……きゅぅん……」

「あー、ウォンバットだ! パパー、ウォンバットがいるよー!」

「なんでこんなところに? 見たところ子供ではなさそうだが。お嬢さん、ひとりなのかい? どうしたんだい?」

 父親に抱っこされた男の子が、わたくしを見つけて指を差した。パレードが行われる場所にたどりついた事で、人がいっぱいいるからホッとする。けれど、ここは先ほどフレイム様に待っているように伝えられた場所とは違う。

「ちゃっちゃ……ちぃ……」

 わたくしは、その親子に向かって、フレイム様とはぐれた事を伝えた。すると、父親のほうが、恋人とはぐれた事をすぐ察して、近くのスタッフに助けを求めてくれた。

「まあ、それは。怖い思いをしましたね……。すぐに、お連れ様をお探しできるように致しますので、どうぞご安心ください」

 女性スタッフが、わたくしをよっこらしょって抱き上げて頭をなでなでしてくれた。嬉しいけど、今、わたくしが求めているのはこの手じゃない。

「ぴぇー、ぴぇぇん……!」

 わたくしがいなくなって、フレイム様はどれほど心配しているだろうか。わたくしはここだと、抱っこされながら彼の名を呼び続けた。

「リフレーシュ……!」

 すると、遠くからフレイム様がわたくしを呼ぶ声がした。人々の声で、誰がどんな言葉を発しているのかなんて、至近距離でも難しいというのに、彼の声だけが届くかのように、はっきりと聞こえる。

「ぴぃ~ぴぇ~」

 応えるように、彼の名を呼んだ。

  寂しいよ……怖いよぉ……フレイムさま、どこー?

  すると、大きくて、あったかくて、優しくて。世界一大好きな人の香りとともに、逞しい胸に抱えられた。

「ああ、リフレーシュ……。良かった……良かった……心臓が止まるかと思った……」

 散々探し回ってくれたのだろう。汗ばんだ彼が、息を荒げてわたくしを抱っこしながら撫でてくれる。

  それだけで、さっきまでのつらい気持ちは何処かに吹き飛んでいった。ホッとした途端、彼に甘えて泣きじゃくった。

「ぴぇ……ぴぇぇ……」

「謝らなくていい。こんな人混みの暗い中、ひとりにしてすまなかった……。無事で、本当に良かった……」

「ちゃちゃ……」

「ああ、怖かっただろう? もう大丈夫だ」

 ぎゅっと彼にしがみつくと、大きな手が体全体をしっかりと、でも優しく、優しーく撫でてくれた。

 わたくしは、うっとりとしてウォンバットの姿のまま、彼にしっかり大切に抱っこされて、観覧席に向かう事になったのである。

 スタッフが、にこやかに案内してくれたそこは、聞いていた通りの空間だった。空気を呼んでスタッフが早々に去ると、やや狭いソファに、わたくしを膝に抱えたまま彼が座る。

「ああ、リフレーシュ。もう離さない」

「ちち」



〈俺たちの時間がやって来たー!  さあー、むさ苦しい野郎ども、綺麗なレディたちも、かわいい子供たちも、準備はいいか? 今日も日常を忘れて、俺たちと、踊りあかそうぜぇ~!〉



 パレードの一際高い場所で、煌びやかに飾られたメインキャストの声が響く。すると、わぁ!っと園内に地響きと共に歓声が沸き起こった。

〈クラップクラップクラップ! ステップステップステーップ!〉

 全員が音楽と、彼の合図に合わせて、言葉をリピートしては足踏みや手拍子をする。時にジャンプして、見知らぬ人とハイタッチ。

 心がうきうきするような、そんなお祭りの楽しい音楽や声、そして歓声をBGMに、わたくしは彼に縋り付いていた。

「リフレーシュ、そのままでは見えないだろう? 落ちないように支えておくからバルコニーの縁に座るか?」

「ち……」

 わたくしは、パレードを見たい気持ちよりも、ここで彼に抱かれながら過ごしたいと思った。パレードはいつだって来れるけど、彼とふたりのこの時は、二度とない奇跡のような一瞬だから。

 ここは、世界一幸せで安心できるわたくしだけの場所。ずっと、彼の膝の上で、撫でてもらいながら過ごしたいと思う。

「ああ、そうだな。リフレーシュ、ずっとこうして撫でたかった。あの日から、もう一度、君に触れて抱きしめて。俺が守ってやりたいと思っていたんだ」

「ぴぃ……」

 わたくしも、ずっと撫でて貰いたかった事を伝える。すると、破顔一笑した彼が、全身くまなく撫でてもふもふし出したのであった。





※物語も終盤です。Rに入って行きますので、更新はRが終わるまで夜のみに変更いたします。
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