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誤算の自称ヒロイン

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 目が覚めると、粗末で小さな部屋の中にいた。まるで、ネカフェの一室並みの広さのここは、一応手入れはされているようで、カビの臭いもなくベッドも柔らかい。申し訳程度に、サイン色紙くらいの窓が天井付近にはあって、そこから陽の光が入り込んでいた。

「あー、良く寝た。それにしても、この私を牢屋みたいなところに入れるなんて、ほんっと失礼しちゃうわ」

 であるヤーリ王子と、相思相愛になったまでは良かった。

 ここが、私が元いた世界でやっていた成人向けのえっちなシュミレーションゲームの中だと気づいたのは、1年ほど前だった。記憶を取り戻していなかった頃の私は、ごく普通のつまらない令嬢として過ごしていただけ。すでに分岐ルートの選択の時期は過ぎていて、完全に詰んだと諦めたのである。学園に入学する時点に、なんどリセットしたかった事か。
 結局、折角の推しが生きている世界なのに、ずっと会えず仕舞いだったのである。

 メインヒーローの彼は、頭脳明晰で優しく、誰に対しても平等で清廉潔白な王子様。

 この世界のヒロインだと自覚した私は、攻略を諦めたものの、ヤーリ王子を遠くから見つめて推し活をしていた。推しが画面で見たポーズで微笑んだり、剣の訓練で前のボタンを3つ外して胸元をはだけた姿を垣間見た時は、鼻血が出るかと思った。
 推しが幸せなら、それこそが私の幸せだとばかりに、他の令嬢に混ざってきゃあきゃあ美しい彼の色んな姿を楽しんでいたのである。

 他の攻略対象も、一応は興味があった。だって、どれも色んなタイプのイケメンだから。
 ひょんなことから、偶然出会って仲良くなった人と、軽くえっちをしてみた。だって、この世界でも、他のご令嬢だって口ではあれこれ言いながら、影でえっちを色んな男の子と楽しんでいたのだから、何が悪いのって感じだったし。

 とにかく、その内のひとりが、私を推しに紹介してくれた時は、天までのぼるほど人生最高の幸せを感じたものだった。
 ゲームの展開と全く違っていても、結局は私を中心に、様々なルートが展開された。特に、ヤーリとは攻略通りのセリフなんていらなかった。瞬く間に私たちは身も心もひとつになったのである。
 彼とのひと時はとても幸せで、すんごく気持ちがいい。体の相性も最高な彼となら幸せになれると信じて疑わなかった。

 だから、彼の成績をお金で操作して順位を不当に悪くさせたり、無能だと噂を広めて彼の活躍の場を悉く握りつぶしていたキャロラインが憎くなった。
 私が望んでも得られない、彼と結婚するという夢を易々と叶えられる立場のくせに、あの悪役令嬢は彼の事をあからさまに私の推しを馬鹿にしていた。今思い出してもムカムカする。
 全然好きじゃないくらいならともかく、あんなパワハラっぽい意地悪悪女と結婚だなんて彼が可哀そうだ。そんなに彼が嫌なら、さっさと解放して、私と彼の仲を邪魔しないで欲しいと思った。

 実は、呪われた辺境伯の事も、ちょっとは気になっていた。大きく逞しい体に見合う、強い彼の下半身事情は、裏ルートで散々見ていたから。
 呪いのせいで臆病で性格が歪み、独占欲が激しいのが辺境伯。選択肢を間違えると、監禁されるメリバに突き進むリスクがある。だけど、どの攻略者よりも、濃厚で甘く激しいえっちを彼となら出来るのだ。
 私は、それでも辺境伯だけはノーサンキューだった。だって、女性を嫌って避けている彼に近づくためには、まず推しとのバッドエンドを迎えなければいけないのだから。この時点で有り得ない。
 さらに、呪いを解くために、魔の森で魔物と戦う必要がある。冗談じゃない。私は普通のごくありふれたご令嬢であって、魔法で戦うなんてできっこない。それに、なによりも、大嫌いなキノコの姿の彼とえっちしなきゃいけない。
 だから、辺境伯ルートは絶対にナシだった。

 あの日、ヤーリと離れ離れにされた後、私は王子を誑かして公爵家を侮辱したと、最初はかなり重い罰を受ける予定だったらしい。でも、なぜか、被害者であるキャロラインが、私の減刑を求めてくれたのだ。
 なんでも、彼女は、あれほどのパーフェクトヒーローであるヤーリと結婚したくなかったから、それを壊してくれた私に対してのお礼なのだと伝えられた。

 彼女は彼女で、望まぬ結婚を強いられそうになっていたのかと、ちょっとだけ可哀想になり考えを改めた。だからといって、推しへの無礼な態度は一生許せないけど。

 推しは、今回の責任を取る形で幽閉される事になったと聞いた。勿論、私は抗議したり、彼について行こうとした。だけど、ただでさえ犯罪者のレッテルを張られた私は、この世界の両親によって部屋に閉じ込められていたのである。

 そんな時、ヤーリの使いと名乗る男が私を連れ出してくれた。彼を救うために、魔の森にあるアイテムが必要だというのだ。
 彼を助けるためなら、なんだってやると、本当は滅茶苦茶怖いけれど魔の森にやって来たというわけだ。

 ところが、男が連れてきた場所を見て、私は必死に彼を止めようとした。なぜなら、そこはゲームに出て来た、世界を破滅に導くフレースヴェルグが封印されている場所だったから。そんなものを復活させたら、辺境伯が倒すとはいえ、まず真っ先に私がやられてしまう。

「愚かな女だ。くくく、古の魔物の復活に立ち会えるのだ。お前は、私が逃げる時間を作るための餌として連れてこられたとも知らず。喜んで食われてくれ」


 男は私を突き飛ばして、高笑いをしながら、決して抜いてはいけない世界樹の枝をすぽっと抜いたのである。
 ゲームの裏ルートで現れるフレースヴェルグは、辺境伯の持つ剣によって倒された。だから、側に落ちている剣を手に取って、フレースヴェルグを倒そうとしたのに、剣に触れた瞬間、わけのわからない気持ちの悪い場所に閉じ込められたのである。
 正直、あの場所にいて助かるなんて無理だと諦めていたけど、やっぱりヒロイン補正はあったようで助かった。

 会いたくなかったし、見たくもなかった気持ち悪い辺境伯に出会ったのは、ゲームの強制力ってやつに違いない。これが切っ掛けで、万が一にも辺境伯に監禁されたら嫌だから、滅茶苦茶拒否してやった。ところが、辺境伯は私に興味がなさそうで心の底からホッとした。

 マシユムールと名乗ったイケオジに尋問され、私は包み隠さず全ての事情を話した。その時、ヤーリの危機を知らされた。

「フレースヴェルグを復活させたのは私じゃないってば。あれと戦った悪役令嬢が危ないからって、ヤー君までなんで危篤状態になるのよ。契約印とかわけわかんない。ねぇ、お願いだから! 魔の森に入った事は謝るから! だから、ヤー君の所に行かせて! ヒロインの私がいけば、ヤー君は絶対に助かるから!」
「はぁ、主様が仰っていたが、わけのわからない事を。いいか、良く聞け。敵国のスパイの可能性があるお前の処遇はまだ決まっていない。ヤー君とやらの所に早く行きたければ、さっさと逃げた男の行方を教えろ」
「だから、知らないって言ってんでしょ! あいつは、ヤーリの世話していた単なるモブなんだし、私だってあいつに騙されたんだからぁ!」

 私は、この世界のヒロインだから、きっと選んだヒーローであるヤーリは、私の力で助ける事が出来るはず。一分でも一秒でも早く、窮地の推しの元に行きたいのに、毎日同じ質問をされ、同じ回答をする日を過ごしたのであった。
 



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