上 下
73 / 75

48

しおりを挟む
 庭に設置されたバーベキューセットの横に座り、トーラの頭部から出る胞子のおかげであちこちに群生しているエリンギと、シメジやマイタケやしいたけの下ごしらえをしている。ほどよく温かい絶好のバーベキュー日和なのに、ここにトーラたちはいない。

「奥様、奥様。エノキは一本一本外さなくてもよろしいのでは?」
「え? なあに、ウールスタ。……あ! やっちゃったぁ……。これでは網の上で焼けないわね。ぼんやりしていたわ」
「火傷しないようにお気をつけてくださいませね? それは薄切りのお肉で巻いて束ねて焼きましょう」
「シュメージュ、お肉で巻いて焼くとか。スープとか和え物くらいしか思いつかなかったわ」
「フクロールケタの好物なのです。これを食べるとお腹の調子がいいようで良く作っているのです。他のキノコ料理も、体に良いと聞きます」
「まあ、フクロールケタったら愛されているわねぇ」
「奥様、からかわないでくださいませ。さあさ、もう間もなく旦那様たちが帰還されるのですから、急いで下ごしらえを終わらせませんと」

 本邸の庭の景観なんて、もうどこかに飛んで行ってしまっている。バーベキュー会場と化したここで、わたくしたちは、魔の森の奥にある遺跡に向かったトールたちの帰りを、今か今かと待っていた。

「早朝から魔の森に出かけたまま、もうすぐ日が暮れますね……。皆様、大丈夫でしょうか」
「そこそこ魔物が出没していると思いますが、精鋭だけで向かっていますからご心配なさらず」
「遺跡内部に皆で入るなんて、初めての事なのでしょう? トラップとかないのかしら」
「……マシユムールさんが、分厚い記録に書かれている内部の全てを記憶しているそうですから、大丈夫じゃないですか?」
「ウールスタも、あの件以来、マシユムールへのあたりが柔らかくなったわよねぇ」

 ウールスタは、何気にマシユムールとよく一緒にいるようになった。言い争い含めてだけれど、喧嘩するほど仲が良いというし、少しからかってみたら、本気でふたりに否定されたのはつい先日だ。

 なぜ、トーラたちが、魔の森の魔物の討伐ではなく、その奥の遺跡に行っているのか。理由は数日前に逆のぼる。




 体が動くようになって、彼と余すことなく愛を交わしたあの夜。

 無意識に彼の腰を羽交い締めにしてしまった事に気付いたのは、彼が真っ青な顔でしきりにわたくしに謝った。
 いつものように、彼は外に出ようとしていた。でも、それを邪魔したのはわたくしのほうだ。
 これでは、女性の同意なく、子供を産ませようとする男と同じではないかと思い、心から謝罪した。

 彼としても、本当は子供が欲しいと言ってくれたのは心底嬉しかった。でも、初夜を迎えてから毎日のように懸念していた通り、彼は呪いが子に継がれるのではと危惧していたのである。

「キャロルはさ……、義父上たちや皆もだけど。僕の姿関係なく、僕自身を見てくれる。しかも、キャロルは、大きな愛を与えてくれるだけでなく、僕の子を産んでくれるんだ。それは、とても嬉しいし、幸せな事だ。だけど、大多数の人は違う……。やっぱり、皆とは違う生き物なのは事実なんだ。僕は他人が、何よりも自分の姿が恐ろしい。僕が受けてきた、侮蔑のこもった視線や言葉、態度は、誰にも分らないと思う。もしも産まれてくる子が、僕と同じ姿だったら? 呪いが子に受け継がれるなんて聞いた事がない。だけど、万が一にでもそんな事になったら、僕は……」

 わたくしの中から出て行った彼は、わたくしに背を向けてベッドの端に座った。頭を抱えてそう訴えかける彼の肩が震えている。
 他人からどう思われようとも平気だ、などという人はそうそういないと思う。しかも、彼は理不尽に呪われ、他者に心無い言葉や態度を取られてきた。その思いは、彼にしかわからないだろう。

 もしも、エリンギの頭をした赤ちゃんが産まれて来たら。わたくしとしては、トーラに似たら素敵だろうし、絶対に可愛いし、全身全霊を持ってプチエリンギトーラ愛して守るつもりだ。だけど、子の父になる彼が望んでいない以上、わたくしがした事は、無意識だったとはいえ、してはならない行為なのである。

「トーラ、ごめんなさい。一日も早く、あなたとの赤ちゃんは欲しいの。でも、さっきのは……、決して、わざとではなかったのです……」
「…………うん、わかってる。ごめんね、僕が普通の人間じゃないばっかりに、君にはいらない苦労や思いばっかりさせてしまう。義父上と義兄上に、もうキャロルを悲しませないって約束したのに、僕は自分自身が情けない……。出来る事なら、過去に戻って呪いを受けないようにしたい……」

 大きな彼の背中に体を寄せ、後ろから彼を抱きしめた。彼の胴体は、わたくしの左右の指がやっと届くくらい大きい。これが、単なるイチャイチャの時なら、鍛え上げられた彼の背中を存分に愛でただろう。

「トーラは、たとえ過去に戻っても、王太子殿下を救うために動くと思います。だからこそ、わたくしはあなたに惹かれたのですもの。……ねぇ、トーラ。過去は変えられない。現在も。……でも、未来は?」

 震える彼の心の傷は、わたくしには計り知れない。彼のその傷を癒すためにも、何度も向き合わなくてはいけない。そう思って、わたくしはずっと考えていた事を打ち明けようと思った。

「え?」
「わたくしたちには、この短期間で不測の出来事ばかり起こりました。その中心にいて、いつも鍵になっているのは、チャツィーネさんです。彼女に、トーラの呪いがなんとかならないか聞いてみませんか?」
「彼女に……。でも、彼女は僕に会いたくなかった、嫌いだってはっきり言っていたんだ。教えてくれるかな?」
「わたくしだって、嫌われていますわ。この際、会わなくてもいいと思うのです。何か、異世界の助言をいただけないか、マチョネー様を頼ってみましょう」
「キャロル……。だが、ずっと無理だって、ありとあらゆる魔法使いたちが匙を投げて……」
「トーラ、だからこそ異世界の方の知識を訊ねてみるのですわ。聞きもしないうちから諦めるなんて、わたくしのバイブルにはないのです。ダメでもともと。出来る事を、一緒にしてみませんこと?」
「ダメでもともと……。うん、そうだね……」

 ちゅっと、いつもは彼が背後からくれるキスを背中に落とす。すると、お腹に回した手に、彼の大きな手が重なり、その夜はふたりで温め合うように抱き合い眠りについたのであった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道

Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道 周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。 女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。 ※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

男装騎士はエリート騎士団長から離れられません!

Canaan
恋愛
女性騎士で伯爵令嬢のテレサは配置換えで騎士団長となった陰険エリート魔術師・エリオットに反発心を抱いていた。剣で戦わない団長なんてありえない! そんなテレサだったが、ある日、魔法薬の事故でエリオットから一定以上の距離をとろうとすると、淫らな気分に襲われる体質になってしまい!? 目の前で発情する彼女を見たエリオットは仕方なく『治療』をはじめるが、男だと思い込んでいたテレサが女性だと気が付き……。インテリ騎士の硬い指先が、火照った肌を滑る。誰にも触れられたことのない場所を優しくほぐされると、身体はとろとろに蕩けてしまって――。二十四時間離れられない二人の恋の行く末は?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...