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「キャロル、チーズがアツアツだから火傷するよ。ほら、ゆっくり食べて」
「トーラ、ですからね? もう、自分でゆっくり食べますから、……もぐもぐ」

 近くにいる老若男女が、わたくしたちを生暖かい目で見ている。年端も行かない子供は、はしゃいでマネをして誰かと「あーん」をしあっていた。可愛らしいそちらを微笑ましく見てくれていたらいいのに、どうしてもこちらが気になる面々に囲まれていて恥ずかしい。

「いいなぁ……。私も結婚したいな」
「な、なら、俺となんてどう?」
「僕だって、もっと大切にするよ」

 あちこちで女の子がそんな風に呟けば、その子を狙っている男性陣が数人食い気味に彼女たちに声をかける。いつもと同じ以上に、プチお見合い風バーベキュー大会は成功を収めた。余った食材は、皆でそれぞれ持って帰り、明日の食事に変わるようだ。

 後片付けに骨が折れそうなほど、汚れものがたくさん残った。本邸の庭のほとんどを埋め尽くすほど設置されたバーベキューセットや炭、食器や焦げた食べ残しなどがいっぱいある。逞しい騎士だけでなく男性陣が良い所を見せようとはりきって、女性から物を取りてきぱき片付けるのを、女性はうっとりと子供たちは憧れで目をキラキラさせて見守っていた。

「キャロル、久しぶりだったから疲れただろう? そろそろ戻ろうか」
「いえ、わたくしなんてほとんど何も。皆さんのほうが……。わたくしだけ先に帰るのは……」

 人をダメにする車イスと、わたくしをダメにする過保護すぎる夫の膝のイスに座っていただけだ。ショウロとチーズのトーストだって一歩も動いていないし、皆が働いているのを見ていただけ。本当に何もしていないのに、一応主催したわたくしが先に去っては示しがつかないだろうと、彼の提案を渋った。

「いけません、奥様。病み上がりなのですから、旦那様の仰る通り、ここは私たちに任せてお休みください」
「ウールスタまで。皆、過保護すぎるわよー」
「ダメですよ、奥様。それに、おふたりがおられないほうが、皆も片付けが楽しいかと思いますけどね?」
「トーンカッソス……、それはそうだろうけど。ところで、あなた、いつの間に彼女が出来たのよ?」
「奥様、つい先ほどらしいです。さあさ、若い男女のためにも戻りましょう」
「シュメージュがそう言うのなら……」

 確かに、上司夫妻がここにいては、いくら無礼講とはいえ羽目を外す事は出来ないだろう。ひょっとして、片付けが終わったら、皆で酒を交わす約束でもしているのかもしれない。彼らの密かな楽しみを邪魔するほど野暮ではないため、そろそろ帰ろうかなと思い始めた。

 さっさと帰れと言わんばかりに、わたくしを抱いたトーラの背を押していた時に、わたくしの首の契約印が光り出した。

 その場にいた全員が、光り出したわたくしに注視する。それと同時に、フレースヴェルグと対峙していた時以上の何かが、自然体でリラックスしていた体に一気に流れ込んできた。

「ぐ……は……っ!」

 突然、首を絞めつけられたみたいになり驚きのあまり何も考えられなくなった。苦しくて、息が出来なくなる。体中まで高熱太陽のエネルギーそのものが駆け巡っているかのようになった。

 助けを求めて手を伸ばしたいのに、手も足もピーンと張り詰めていて体が硬直したままどうする事もできない。

「キャロル!」
「奥様っ!」

 わたくしの急激な異変に、トーラや皆が慌てふためいている。心配させたくなくて、大丈夫だと伝えたいのに、全く声が出ないし、状況は良くなるどころか、ますますひどくなる一方だ。

「キトグラムン、しっかりしろ! こういう時こそ冷静にならんでどうする? 皆、呆けて何をしている? 片付けなど後だ! 総員、緊急事態に備えて第一種警戒態勢を取れっ!」

 フクロールケタの怒声が、庭全体に響く。のほほんとした空気が、一瞬で緊迫感に包まれ、呆然としていた騎士たちが一気に動き出した。

「キャロル……!」
「主様、ここからでしたら医務室の方が早く、処置具が揃っていますのでそちらに奥様を。あの、魔の森に異変はないのでしょうか?」
「マシユムール、それはなさそうだ。僕はキャロルをつれて医務室に向かう。伯父上と共に、領民や砦を守る事に集中していてくれ」
「承知いたしました。主様、外の事はお任せを」

 わたくしの事だけで頭がいっぱいになっていたトーラが、医務室へ急ぐ。一本の棒のように固まったわたくしをそっと医務室のベッドに横たえ、泣きながらキャロルと叫んでいた。

「意識はあるようですね。奥様、苦しいでしょうが、呼吸を整えお聞きください。首に施された契約の印の紋様が光を放ち形を変えています。恐らくは、王子のほうに変化があったからだと思われます」

 首からきた異変だから、そうではないかと思っていた。頷くことすら出来ず、眉をしかめて反応すると、わたくしが理解した事が伝わったようだ。

「あれか、チャツィーネが殿下に何かをしたから、キャロルがこんな目に合っていると言う事か。くそ、こんな事になるのなら行かせるのではなかった……!」
「旦那様、我々に出来る事はございません。奥様と殿下の生命力に掛けましょう」
「キャロルと繋がっている男に、命運がかかっているなど……。キャロル、キャロル。僕を置いて行かないって約束しただろう? 頑張ってくれ!」

(お父様たち、思ったよりも早くチャツィーネさんを殿下の所に連れて行ってくれたのね。でも、これほど辛いなんて思ってもみなかったわ。ああ、トーラ、泣かないで)

 愛しい人の涙を止めたいのに、何一つできない。体が苦しすぎて、もうどうにかなってしまいそうなほどの濁流に飲まれる中、彼の名を呼ぼうと必死に口を動かした。

「はぁはっ、はっ……! ト……! ト……」
「キャロル! 僕はここにいる。大丈夫、きっと、大丈夫だから。だから、ゆっくり息をするんだ。神が君をどこかに連れて行こうとするのなら、僕は神をも一刀両断にしてみせる」

 彼が、わたくしを何かから守るように覆いかぶさる。いつもは安心できる、その大きくて温かな愛しさが煩わしく感じるほど、体の変調がわたくしを苛んだ。それと同時に、彼の愛を感じて、こんな時なのに心が歓喜で歌い踊る。

「旦那様、奥様に眠りの魔法を施して差し上げましょう。そのほうが幾分か楽になるかと」
「だが、異世界の道の力が働いている時に、この世界の魔法を使っていいのか? それこそ、取り返しのつかない事になったらどうする?」
「それは……。ですが、これでは、奥様が苦しみに耐えきれません」
「トー……。だ、だい……」

 医師の言葉も理解できる。だけど、トーラの言う通り、魔法がなんらかの形で、今チャツィーネさんが行っている異世界の奇跡に干渉して、最悪の事態を引き起こすリスクの方が高い。

「て……」

 奥歯を噛みしめながら、必死に手を繋いでと訴えかけると、トーラがすぐに指を絡ませてくれた。

「キャロル、キャロル……。ああ、神よ。僕の全てを捧げます。ですから、キャロルをお助けください……!」

 トーラの血を吐くほどの思いが込められた慟哭のような切実な声は、遠く離れたチャツィーネと王子の元に届くような、そんな気がしたのであった。

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