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 おやすみなさいと言ったものの、一晩彼に抱かれているから興奮して眠れなかった。10日もたっぷり寝ていたのだから眠気が来ないのも無理はない。
 体が動かない事が、悲しくて虚しく感じた事はなかった。魔法の訓練で、2日くらい体が動かなかった事はあるけれど、今よりは動けたし。
 それにしても、普段とは全く違う彼の可愛らしい一面にノックアウトされるなんて。激情のまま襲い掛からずにすんだから、体が動かなくて良かったとも思う。結局、悶々と、まるで初々しい新妻を迎えた男性のように心が乱れ過ごしつつ、いつの間にか眠っていたようだ。

 再び目を覚ますと、隣にいた彼の姿がなかった。寂しいなと思う間もなく、がばっと抱き着かれた。

「おくさまあああああ! ああ、本当に、本当に起きてらっしゃる……! 夢じゃないですよね?」
「ウ……? ど……の?」

 空いている両手は、別の誰かにひっぱられ、ぎゅうぎゅう握られている。

「ああ、奥様、本当に目が覚めて……。うう、旦那様から、お知らせ頂いた時は信じられませんでした。こうしてお会いできて、嬉しゅうございます……」
「シュ……。キトグ……?」
「奥様、無理にお話しようとしないでください。ウールスタさん、シュメージュさん、お気持ちはわかりますが、まずは診察をさせていただけますか? 奥様、旦那様は現在、こちらに向かうために来られたバヨータージユ公爵閣下を迎えに行っておられます。まもなく、帰って来られますよ」

(ああ、お父様たちが来られるのね。心配かけちゃったわ……。泣いてらっしゃらないかしら。でも、会えるのは久しぶりだから楽しみね。キトグラムン様自ら迎えに行ってくださっているなんて……。有難い事だわ)

 ずっとわたくしを包んで温めてくれていた彼が、少しでもいない事が心もとなくてとても寂しい。父達の迎えなど、別の人に任せて側にいてくれたら良かったのに、だなんて勝手な思いを抱き、早く帰って来て欲しいと願った。

 床上のわたくしに被さるように抱きしめて号泣していたウールスタと、しんみり鼻を啜り涙を流すシュメージュが離れる。入れ替わりに、辺境の騎士団の医療班ひとりがわたくしを診察し始めた。

「ふむ、瞼と指先が動いておりますね。奥様、足の指も動かせますか?」

 そういえば、足の指は動かそうとは思わなかった。言われた通りに、指をきゅっきゅっと屈曲させると、本当に動いたようで、それを見たウールスタたちが悦びの声をあげる。

「奥様、これからいう質問に、ハイなら目をぎゅっとつぶっていただけますか? それではお聞きしますね。疲れたら、手の指を握ってください。体の中に、なにか違和感がありませんか? 痛みはありませんか? 息苦しくありませんか? お腹は……」

 わたくしに、医師がひとつずつ細かく問診してくる。それらの全てに目をぎゅっと閉じる。すると、彼は、体のダメージはほとんどないと診断し、最後に、魔法で細部の損傷がないかスキャンした。

「筋肉量がかなり減少しているのと、関節が若干固くなっておりますが、ほぼ正常です。おいおい動く事が出来るでしょう。実は、幽閉……コホン、療養中のヤーリ殿下も奥様と時を同じくして倒れたのです。ヤーリ殿下のほうは、まだ意識が戻らないまま予断を許さない状況が続いております。おふたりは王家の契約印で結ばれておりますから、直接のダメージはなかったものの、奥様が受けたダメージの半分を鍛えていない肉体で受けたためだと、王都の医師は申しておりました」

(やっぱり、思った通りヤーリがあの衝撃を引き受けてくれたのね。ある意味悪い事をしたけれど、自業自得というやつね。でも、図らずも世界の平和に貢献出来たんだもの。ヤーリも、人々のために貢献できて本望でしょ)

 彼は、王太子殿下やわたくしと比べて能力が劣るのを言い訳に、努力や自己研鑽を怠り、公務などを行わなかったくせに、「私は、民のためにできる事が何もない。私だって様々な事業などを行い人々を幸せにしたいのに、才能がなくて出来ない事が口惜しい」と口だけは殊勝な事を言っていたのだから。
 そもそも、わたくしにあんな契約印を施さなければ、今頃は別の誰かに婿として押し付けられる形で、相手の女性が気の毒だけれど、そこそこ幸せになれたはずなのに。

(ほんと、馬鹿……。チャツィーネさんは、あんなののどこが良かったのかしら。でも、へなちょこな肉体に、魔法も超初級レベルの彼は、完全無防備な状態であれを受けたと思うんだけれど。生きているなんて流石腐っても王族よね。でも待って、訓練されたわたくしが10日も目覚めなかったと言う事は、思った以上に悪い状況なんじゃないかしら?)

「ヤー……」

 ヤーリの容態を聞こうとすると、わかっていますとばかりに医師が話を続けた。

「本来であれば、ここから先は、奥様おひとりの体力や回復力だけで元の状態にお戻りになれる事が可能でした。ですが、限界があるかもしれません。お二人を結びつける契約印のせいで、今までは、ヤーリ殿下が、より重体の奥様の状態に引っ張られておりました。今後は、奥様が意識不明のヤーリ殿下の状態に合わせようとするかもしれません。ですので、なんとしてもヤーリ殿下にも回復していただかないといけないのです」

(それはわかる。わかるけれど、ちょっと違う。わたくしが聞きたいのは、そのヤーリの詳細な現状なのよ)

「奥様、マシユムールの再調査の報告でわかったのですが、王家の契約印に、奥様のほうからさらに重ねがけをしたというのは本当でしょうか?」

 王都で再調査を自らしたマシユムールの報告は正確だろう。嘘をつく必要はない上に、誤魔化しても益はないどころか、害悪でしかない。わたくしは、その通りだとぎゅっと目を閉じた。

「奥様、その重ねがけの魔法を、解除できませんか? そうすれば、おふたりの深い繋がりが切れて、奥様は順調に回復されるかと思われます。ヤーリ殿下は、今後奥様から与えられる回復力を失いますが、王都の名だたる医療班や魔法使いがついております故、時間はかかるでしょうが命に別状はないくらいには回復されるでしょう」

(ああ、ここの人たちは、わたくしさえ無事ならそれでいいのね。うーん、一応相手は王族なんだから、ちょっとは助かってとかポーズだけでもそれらしい言葉がないと不敬に問われちゃうわよ。マシユムールの報告を受けたここの人たちは、最初の悪感情が反転して、冤罪で犯人にしたてあげられたわたくしへの同情と、彼に対する憎しみと、うしろめたさからくる感情を昇華させるための八つ当たりに似た感情が産まれたのだろうから、気持ちはわからなくもないわね)

 ちらりと視線を移動させると、部屋には思った以上に侍女たちや騎士たちが所せましと立っていた。そのどの瞳も、ヤーリの事なんてこれっぽっちも考えていないのがありありとわかる。わたくしに、「そんな方法があるのなら、早くその魔法を解除してください」と、全員が口じゃなくてその目で強く訴えかけていた。

「でき、な……」

 なんとか声を振り絞って、重ねがけの魔法の解除が出来ない事を伝えると、部屋にいる全員が期待していた分、ずどーんと落ち込んだ。

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