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フレースヴェルグが魔の森の外に出るまで、あと2キロメートルほど。巨体のフレースヴェルグにとっては、その距離は無きに等しいに違いない。
体に張り巡らされた時空の歪みのために直接的な攻撃魔法も、麻痺も効かない。視界に入ることで効くはずの眠りをもたらす魔法でさえ通用しなかった。
もう後がない八方塞がりの今、気が逸るだけで一向に名案が浮かばないまま、久しぶりに見かけた人物に声をかける。
「マシユムール、久しぶりね。王都に行っていたと聞いたのだけれど、戻ったのね。お帰りなさい」
ウールスタとトーンカッソスは複雑そうな表情をしている。彼に会いたくなかったのは、非常に理解できるが、今は個人の感情を優先出来る状況ではない。
一方マシユムールは、声をかけたのがわたくしだと知り、一瞬驚いた表情を浮かべたものの、うやうやしく頭を下げてきた。
「長らく不在にしておりましたが、先程、王都から帰還致しました。帰る途中、魔の森から不穏な気配を感じてここまで来たのですが、これは一体……。向こうから、感じた事のない魔物の気配がするのですが」
彼の態度は、初日や最後に会った頃とは雲泥の差だった。恐らくは、王子の処分も決まった事だし、王都で自分で再調査する事で、事の真相を知ったのだろう。
彼の言動に警戒していたウールスタとトーンカッソスは、もしもわたくしに対して侮辱的な態度を取れば、制止する前に攻撃を加える気満々なのがわかる。わたくしも、キトグラムン様の顔を立てて何度も彼の態度を許してきたが、次は容赦しないつもりだったので、ふたりを制止する気はなかったけれども。
どちらにせよ、魔の森に詳しい彼が来たのだ。今はわざわざ敵対する必要はない。そう思っていたのだが、彼の次の言葉に、わたくしたちは驚愕とともに拍子抜けした。
「……奥様、その節は、大変失礼いたしました。その件につきましては、いかようにもご処分を。それにしても、なぜこちらにおいでに? 見たところ三名だけのようですが、他の者は?」
マシユムールからは、以前の嫌々ながら礼節を保とうとする態度が全く見受けられない。彼が臣下の礼をつくそうとしているのだ。ならば、こちらもそれに応えようと思った。
魔の森に来てから今までの事を、包み隠さず伝えた。シュメージュにすら伝えず、三人だけでここに来た事について、マシユムールは厳しい視線を投げかけてきた。
「魔の森は、たとえ安全地帯と言われる場所であっても油断は出来ないのです。ここは我々人間が、遊び半分で気軽に立ち入って良い場所ではありません。訓練し、魔の森に慣れた騎士たちですら、怪我を負う場所なのですよ。それを、ピクニック気分でここに来るなど。奥様達の強さは、私もわかっていますが、あまりにも無謀すぎます」
「……それについては、あなたの言う通り、返す言葉もないわ。自分たちの力を過信して、魔物の世界であるここに勝手に入り込み、あげくに、フレースヴェルグを目覚めさせる原因を作ったのですもの……。短慮だったと反省しています。でも…今も、フレースヴェルグは外に向かっているわ。過去を悔やんで足を止めている場合ではないの。わたくしの力全てを使っても、倒せなくとも魔の森から出さないようにしたい」
彼の言う通り、気軽なピクニック気分だった。思い付きの遊びの延長で、世界を破滅させる事の出来る、恐ろしいフレースヴェルグを魔の森と辺境の境目におびき寄せてしまった事に、心が押しつぶされそうなほどの恐怖が襲い掛かる。
だからこそ、フレースヴェルグを止めなければならない。
「そもそも、ありもしない噂の内容を信じたために、奥様に早急に伝えるべき、この魔の森について伝える事を怠ったこちらの落ち度です。知らずに入り、襲ってくる魔物を倒すのは至極当然の事でしょう。とにかく、奥様の仰る通り、過ぎた事よりもこれからの事です。ここに近づいて来る魔物の正体は、間違いなくフレースヴェルグなのでしょうか?」
「ええ。王宮の禁書に描かれていた絵姿そっくりよ。今は、ゆっくり散歩を楽しんでいるように見えるけれど、こうしている間にも、翼を広げてこの先の辺境の民が暮らす砦に向かうもしれないわ。なんとか足止めでもと思ったのだけれど、全ての魔法が届かなくて……」
「フレースヴェルグ自身に対する足止めの手立てがなければ、主様も間に合いませんね……。奥様、フレースヴェルグの周囲に大きな檻のような結界を作る事は可能でしょうか?」
「結界?」
「はい、フレースヴェルグ本体ではなく、周囲の地形を利用して強固な檻を作り、そこに閉じ込めるのです。我々がいるこの場所と、向こうにいるフレースヴェルグとの間には、自然に出来た深い亀裂があります。そこにフレースヴェルグを落し、上から蓋をしつつ、壁を壊されないように結界で囲えば……」
「なるほど、やつ本体に何も出来なければ……。マシユムールさん、正直見直しました」
「あなたの案に乗るのは口惜しいですが、それしかなさそうですね」
わたくしたちはマシユムールの作戦に乗る事にした。キトグラムン様がここに到着するまで小一時間はかかるという彼の言葉に、そこまで足止めできるか自信など全くない。
(でも、……やるしかないのよ)
自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟き、両手をぎゅっと握りしめる。
「出来れば、魔の森の奥にある、フレースヴェルグを封印していたアイテムがあれば良いのですが。生憎、私だけではそこにたどりつけません」
「では、私が、マシユムールさんの援護をします」
「ウールスタさん、魔の森の奥は危険です。それは俺が!」
「トーンカッソスと私なら、余力があるのは私のほうです。それに、お嬢様の結界の強度をあげるために、トーンカッソスが持っているアイテムが役に立つかもしれない。トーンカッソスはお嬢様をお守りしてください」
「それがいいわね……。森の奥と、ここ。どちらも危険極まりないけれど……」
わたくしたちは二手に別れた。
マシユムールの言っていた大地の亀裂の地点で、フレースヴェルグを待ち受ける。トーンカッソスが、途中で仕留めた魔物を、次々亀裂に放り込んだ。
フレースヴェルグは、大地の底から香り立つ、大好物の死の匂いをかぎ分けたようだ。ぐるると小さな喜びの声をあげて、亀裂の底に向かった。
最初から全力で結界の魔法を使用すれば、魔力切れでわたくしが倒れてしまう。かといって、少しでも弱ければ、薄い氷の膜のように簡単に破られるだろう。わたくしが、少しでも力加減を誤れば、この世界は混沌と化すのだ。
怖い。本当は、ここから逃げ出したい。
でも、逃げてはいけないと顔をあげて唇をきゅっと結んだ。胸を張り、顎をつんっとあげ、噂通りの悪女のように、自分の弱い心に負けるものかと大胆不敵に笑う。
(フレースヴェルグ……。お前が、わたくしの結界を破るのが先か、ウールスタたちが封印のアイテムを手に入れ、キトグラムン様がお前を封印してくださるのが先か……)
「さあ、フレースヴェルグ。わたくしと、力比べを致しましょうか?」
そう言うと、トーンカッソスと視線を合わせて頷き合う。先ほど首にかけた魔力増幅のペンダントが、わたくしの魔力に反応して光始めた。
わたくしは、過去最高レベルの強度で作った檻という名の結界で、フレースヴェルグを包み込んだのであった。
体に張り巡らされた時空の歪みのために直接的な攻撃魔法も、麻痺も効かない。視界に入ることで効くはずの眠りをもたらす魔法でさえ通用しなかった。
もう後がない八方塞がりの今、気が逸るだけで一向に名案が浮かばないまま、久しぶりに見かけた人物に声をかける。
「マシユムール、久しぶりね。王都に行っていたと聞いたのだけれど、戻ったのね。お帰りなさい」
ウールスタとトーンカッソスは複雑そうな表情をしている。彼に会いたくなかったのは、非常に理解できるが、今は個人の感情を優先出来る状況ではない。
一方マシユムールは、声をかけたのがわたくしだと知り、一瞬驚いた表情を浮かべたものの、うやうやしく頭を下げてきた。
「長らく不在にしておりましたが、先程、王都から帰還致しました。帰る途中、魔の森から不穏な気配を感じてここまで来たのですが、これは一体……。向こうから、感じた事のない魔物の気配がするのですが」
彼の態度は、初日や最後に会った頃とは雲泥の差だった。恐らくは、王子の処分も決まった事だし、王都で自分で再調査する事で、事の真相を知ったのだろう。
彼の言動に警戒していたウールスタとトーンカッソスは、もしもわたくしに対して侮辱的な態度を取れば、制止する前に攻撃を加える気満々なのがわかる。わたくしも、キトグラムン様の顔を立てて何度も彼の態度を許してきたが、次は容赦しないつもりだったので、ふたりを制止する気はなかったけれども。
どちらにせよ、魔の森に詳しい彼が来たのだ。今はわざわざ敵対する必要はない。そう思っていたのだが、彼の次の言葉に、わたくしたちは驚愕とともに拍子抜けした。
「……奥様、その節は、大変失礼いたしました。その件につきましては、いかようにもご処分を。それにしても、なぜこちらにおいでに? 見たところ三名だけのようですが、他の者は?」
マシユムールからは、以前の嫌々ながら礼節を保とうとする態度が全く見受けられない。彼が臣下の礼をつくそうとしているのだ。ならば、こちらもそれに応えようと思った。
魔の森に来てから今までの事を、包み隠さず伝えた。シュメージュにすら伝えず、三人だけでここに来た事について、マシユムールは厳しい視線を投げかけてきた。
「魔の森は、たとえ安全地帯と言われる場所であっても油断は出来ないのです。ここは我々人間が、遊び半分で気軽に立ち入って良い場所ではありません。訓練し、魔の森に慣れた騎士たちですら、怪我を負う場所なのですよ。それを、ピクニック気分でここに来るなど。奥様達の強さは、私もわかっていますが、あまりにも無謀すぎます」
「……それについては、あなたの言う通り、返す言葉もないわ。自分たちの力を過信して、魔物の世界であるここに勝手に入り込み、あげくに、フレースヴェルグを目覚めさせる原因を作ったのですもの……。短慮だったと反省しています。でも…今も、フレースヴェルグは外に向かっているわ。過去を悔やんで足を止めている場合ではないの。わたくしの力全てを使っても、倒せなくとも魔の森から出さないようにしたい」
彼の言う通り、気軽なピクニック気分だった。思い付きの遊びの延長で、世界を破滅させる事の出来る、恐ろしいフレースヴェルグを魔の森と辺境の境目におびき寄せてしまった事に、心が押しつぶされそうなほどの恐怖が襲い掛かる。
だからこそ、フレースヴェルグを止めなければならない。
「そもそも、ありもしない噂の内容を信じたために、奥様に早急に伝えるべき、この魔の森について伝える事を怠ったこちらの落ち度です。知らずに入り、襲ってくる魔物を倒すのは至極当然の事でしょう。とにかく、奥様の仰る通り、過ぎた事よりもこれからの事です。ここに近づいて来る魔物の正体は、間違いなくフレースヴェルグなのでしょうか?」
「ええ。王宮の禁書に描かれていた絵姿そっくりよ。今は、ゆっくり散歩を楽しんでいるように見えるけれど、こうしている間にも、翼を広げてこの先の辺境の民が暮らす砦に向かうもしれないわ。なんとか足止めでもと思ったのだけれど、全ての魔法が届かなくて……」
「フレースヴェルグ自身に対する足止めの手立てがなければ、主様も間に合いませんね……。奥様、フレースヴェルグの周囲に大きな檻のような結界を作る事は可能でしょうか?」
「結界?」
「はい、フレースヴェルグ本体ではなく、周囲の地形を利用して強固な檻を作り、そこに閉じ込めるのです。我々がいるこの場所と、向こうにいるフレースヴェルグとの間には、自然に出来た深い亀裂があります。そこにフレースヴェルグを落し、上から蓋をしつつ、壁を壊されないように結界で囲えば……」
「なるほど、やつ本体に何も出来なければ……。マシユムールさん、正直見直しました」
「あなたの案に乗るのは口惜しいですが、それしかなさそうですね」
わたくしたちはマシユムールの作戦に乗る事にした。キトグラムン様がここに到着するまで小一時間はかかるという彼の言葉に、そこまで足止めできるか自信など全くない。
(でも、……やるしかないのよ)
自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟き、両手をぎゅっと握りしめる。
「出来れば、魔の森の奥にある、フレースヴェルグを封印していたアイテムがあれば良いのですが。生憎、私だけではそこにたどりつけません」
「では、私が、マシユムールさんの援護をします」
「ウールスタさん、魔の森の奥は危険です。それは俺が!」
「トーンカッソスと私なら、余力があるのは私のほうです。それに、お嬢様の結界の強度をあげるために、トーンカッソスが持っているアイテムが役に立つかもしれない。トーンカッソスはお嬢様をお守りしてください」
「それがいいわね……。森の奥と、ここ。どちらも危険極まりないけれど……」
わたくしたちは二手に別れた。
マシユムールの言っていた大地の亀裂の地点で、フレースヴェルグを待ち受ける。トーンカッソスが、途中で仕留めた魔物を、次々亀裂に放り込んだ。
フレースヴェルグは、大地の底から香り立つ、大好物の死の匂いをかぎ分けたようだ。ぐるると小さな喜びの声をあげて、亀裂の底に向かった。
最初から全力で結界の魔法を使用すれば、魔力切れでわたくしが倒れてしまう。かといって、少しでも弱ければ、薄い氷の膜のように簡単に破られるだろう。わたくしが、少しでも力加減を誤れば、この世界は混沌と化すのだ。
怖い。本当は、ここから逃げ出したい。
でも、逃げてはいけないと顔をあげて唇をきゅっと結んだ。胸を張り、顎をつんっとあげ、噂通りの悪女のように、自分の弱い心に負けるものかと大胆不敵に笑う。
(フレースヴェルグ……。お前が、わたくしの結界を破るのが先か、ウールスタたちが封印のアイテムを手に入れ、キトグラムン様がお前を封印してくださるのが先か……)
「さあ、フレースヴェルグ。わたくしと、力比べを致しましょうか?」
そう言うと、トーンカッソスと視線を合わせて頷き合う。先ほど首にかけた魔力増幅のペンダントが、わたくしの魔力に反応して光始めた。
わたくしは、過去最高レベルの強度で作った檻という名の結界で、フレースヴェルグを包み込んだのであった。
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