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 トーンカッソスが到着し、焼けたお肉を始め、色んなものが彼の皿に次々盛られていく。辺境伯や騎士たちが帰って来ていない時で良かったと胸を撫でおろした。

 魔物を討伐したヘトヘトの状態で帰った途端、平和にハーレムを築いているトーンカッソスを見たら、騎士たちはきっと、たぶん、ううん、絶対に怒ってトーンカッソスに剣を向けるに違いない。

「あー、久しぶりに太陽を見た気がする。しかも、こんな美女たちに囲まれて、俺はなんて幸せなんだろう。あの輝く太陽よりも眩しいだなんて、まるで女神か妖精のようだ」
「もう、トーンカッソスさんったら。ふふふ、あ、ソーセージが焼けたわ。熱いから気をつけてね」
「んー、美味しい。君が焼いたソーセージは、王宮で出される選りすぐりの料理よりも美食の舌を唸らせるだろうね」
「あ、あなただけずるーい。ね、トーンカッソスさん、お野菜もどうぞ?」
「ああ、キャベツやトウモロコシにしっかり火が通っているのに焦げ付いていない。程よくシャキシャキで絶妙な焼き加減だ。君が細やかな気遣いと素晴らしい料理の腕前なのがわかるよ」

 トーンカッソスの背筋がぞわぞわするようなセリフに、わたくしとウールスタの口から、なにか甘い砂糖みたいなものがだーっと流れ落ちそうだ。でも言われた本人たちはとても嬉しそうに頬を染めて、ますますトーンカッソスをうっとり見つめる。

 美人侍女たちに、ニコニコ満面の笑顔でフーフーされながら「あーん」を繰り返す彼を、呆れたようにシュメージュとウールスタが見ている。彼女たちが手に持っているトングには、あのときの黒い布が、火傷防止のためにくるくる巻かれていた。

「ふたりとも優しいなあ。料理上手だし、いいお嫁さんになるね」
「じゃあ、トーンカッソスさんがお嫁さんに貰ってくれるぅ?」
「あー、抜け駆け禁止! ね、トーンカッソスさぁん、私はどうかなぁ?」
「ははは、君たちみたいに美しい人は、俺にはもったいないよ。でも、嬉しいな……。俺、そんな事冗談でも言われたら本気にしちゃうよ?」
「きゃー! 是非、本気にしちゃってー」
「冗談なんか言わないわ、トーンカッソスさん。やだ、私ったら恥ずかしい……っ!」

(あーあ、トーンカッソスったら調子に乗っちゃって。どうせ、どっちかと付き合い始めても、いつものように、すぐにフラれて落ち込むんだろうなあ)

 わたくしは、仲良さそうにしている彼らを見て微笑ましく思い笑みを浮かべた。でも、自分には甘い恋人同士のやり取りなど無縁な事だと、少し寂しく、羨ましくもなったのである。



 実は、あと数日で私の夫になる彼のために焼いたピザを、なんと彼は全部食べてくれたらしい。その日のうちにシュメージュから聞かされて、最初は信じられない思いでいっぱいになった。

「シュメージュ、わたくしのために優しい嘘を吐かなくてもいいのよ?」
「いいえ奥様、本当でございます。執務室にお持ちしましたところ、旦那様はすぐに完食なさったのです。ピザのお礼に、奥様にこちらをお渡しするように預かって参りました」

 シュメージュが差し出したのは、辺境伯爵家の家紋入りの封蝋が施された手紙と、虹色に光る見た事のない小さな花だった。

「これは?」
「旦那様が、ピザを食べた後すぐに書かれた手紙ですわ。どうぞ、お読みくださいませ」

 優しい色の封筒を、そっと開ける。すると、真面目な堅苦しい性格を現しているかのような、でも、優しさが滲む流れるように美しい文字がこう書き記されていた。

「なになに……。女性に個人的な手紙を出した事がない故に、どのように書けば良いのかわからず申し訳ない。事情があり、貴女と会う事が出来ない私を許して欲しい。マシユムールから、貴女にどのような対応をしたのか詳しく聞いた。彼は、私がこの姿になってから心を痛めており、彼が噂を過剰に鵜呑みにして無礼な態度を取った事は間違いない。許して欲しいとは言わないが、彼が不遜な態度を取ったのは私の不徳と致すところ。大変申し訳ない事をした。お詫びと言ってはなんだが、美味しいピザのお礼だと思い受け取って欲しい。良かったら、また貴女の手料理を頂く歓びを私に与えてくれないだろうか?」

 美辞麗句も、時事の挨拶などもない不器用な手紙は、彼の実直で誠実な性格そのもののように思えた。この文章からは、わたくしに対する嫌悪感がない。

「ねぇ、シュメージュ。ひょっとして、辺境伯爵様は、わたくしの事を嫌っておいでではなかったりする?」
「ええ、ええ! その通りでございます。旦那様は、それはもう奥様がこちらにおいでになるのを首を長くしてお待ちしておりました」
「そうなの? じゃあ、どうしてわたくしに、会いたくないと仰られたのかしら……」
「会いたくない……? あ……そうだわ、あの時確かに……でも、そんな……」

 辺境に来てすぐに聞かされた言葉はこうだ。

「王族の命令だから仕方なく罪人であるあなたを娶った。妻に娶らねばならないため、書類だけはきちんと出しておこう。ただし、この先はあくまでも客人として何もせず過ごすように」

 マシユムールは確かにこう言った。シュメージュの独り言の切れ端だって、「会いたくない」と辺境伯が言った事を否定していないではないか。

「渋々、王命だからわたくしを娶ったのだとわかっています。だから会わないし、挙式もしないのでしょう?」
「え? 奥様、王命だから仕方なく娶った、ですって? 一体誰がそのような……」
「初日に、マシユムールから。この手紙を読む限り、この事は旦那様もご存じのようですわよ? つまり、マシユムールの言った通りなのですわよね?」
「そんなはずは……。奥様、マシユムールもですが、旦那様も奥様も誤解があるようですわ。こうなったら、私が責任を持って、旦那様と奥様が会える日をお作りいたします。どうか、旦那様と直接お話をしていただけませんか?」
「え? ええ、わたくしは最初から辺境伯爵様とお会いしたいと思っていたわよ。ただ、マシユムールがああ言ったから、別居と契約について提案をしただけ。彼が会ってくださるというのなら、わたくしに異論はないわ」

 わたくしの言葉で、シュメージュが何か深刻な表情でコクコク首を縦に振っていた。そして、彼が、定期的に魔物を間引きする任務を終えて帰還する今日、わたくしは彼らを歓迎するためにバーベキューの準備をしていたのである。
 美女に囲まれているトーンカッソスからは、まだ父が送った手紙の行方もバグも見つけられていない聞いた。この件も、辺境伯と話し合わねばならないだろう。

 たくさんお肉を焼いて、騎士たちを待っても、噂を信じた彼らは来ないかも知れない。

(他の誰も来なくても、辺境伯爵様だけはきっと来てくださるわ。そうしたら、わたくしの思いを聞いていただこう……)

 もう間もなく、約束の時刻だ。ちょうど良い焼き加減になるように、次々材料を網に乗せ、彼らの到着を待ったのである。

 

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