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落胆の辺境伯
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呪われてから、僕の人生は一変した。その瞬間から、僕に好意的だった人は手のひらを返すかのように、嫌悪、憐憫、忌避、恐怖といった表情を浮かべ、あからさまに言葉に出して悲鳴を上げる者も少なくなかった。
当時仲が良かった友人たちも、近寄れば呪いが伝染するとでも言わんばかりに、最低限にもならないほどのひきつった笑顔で挨拶だけして離れていった。
「キトグラムン、君は誰からも尊敬されるべき行動をしたんだ。だから、胸を張っていればいい。私や息子が必ず君を支援しよう。そうだ、今度娘を連れてこようと思っているんだ。君より10以上年下だが賢い子でな。良かったら会ってやってはくれないか?」
「バヨータージユ公爵閣下……。ですが、僕に会えば怖がります……」
「うちの子は、怖がるどころか喜んで抱き着くと思うがなぁ……。キトグラムン、他人の心は見えない。自分の胸の内のほうが、理解する事が困難なのだ。だからこそ、俯いていてはいけない。しっかりその目で見て、聞いて、そして、自分で考えるんだ。大勢の視線や耳に入る戯言は、とても大きくて気になるだろう。だがな、キトグラムン。私たちや陛下、そして王太子殿下の事も信じられないか?」
「いいえ……。ですが、僕は、もう、何も聞きたくないのです……」
変声期を終えたばかりの低い声は、呪われてから空気を漏らしながらしか出せない。心を引き裂く人々の言葉よりも、常に痰がからんだようなしわがれた醜い音こそ、一番聞きたくなかった。
とてつもなく悍ましい姿に変わり果てた僕を、バヨータージユ公爵や跡取りのサンバールは、多忙の中毎日のように訪れて励ましてくれていた。
呪いを解呪できないか、王家も名の知れた魔法使いを集めて研究してくれている。
僕に呪いをかけた人物は、王族を狙った罪で、その時に王宮の騎士によって処刑されていた。術者の死とともに、解呪されるはずのそれは、なぜか解けなかったのである。
呪われてから半年ほど経過した時、辺境にある魔の森に異変が起こった。魔物が凶悪になり、数が急激に増えたと連絡が入ったのである。
魔の森に救う魔物を完全に制御するには、代々辺境を治めてきた直系の僕が必要不可欠な存在だ。
刻一刻すぎれば、魔物が森から出て人々を襲う。僕はすぐさま領地に戻った。王宮にいても、好奇の目に晒され、心無い言葉に傷つくよりも、僕と同じ異形がたくさんいる魔の森のほうが安らげるかもしれないと思ったのもある。
砦にたどり着いても、皆の視線が恐ろしくて馬車から降りる事が出来なかった。かつての僕しか知らない皆の視線に込められているであろう負の感情が怖くて、足元を見つめて座り込んでいたのである。そんな僕の背中、辺境まで心配だからとついてきてくれた公爵閣下が手を当てた。
「成人していない君に、これから私は、残酷な事を伝えなければならない。君にかけられた呪いの解呪は、選りすぐりの魔法使い全員が不可能だと答えた。勿論、研究は続けるが、望みは薄いだろう。君は、その姿で一生を過ごさねばならない……」
「……はい、わかって、いました」
本当はわかっていた。本来なら、とっくに解呪されているだろう僕のこの忌まわしい呪いが解ける日が来ることはないという事を。だけど、一縷の望みを捨てきれず、本を読み漁って、自分でも色々試していたのだ。魔法がほとんど使えない僕に出来る事はほとんどなかったけれども。
「キトグラムン、だからこそ以前から伝えているように、顔をあげなさい。そして、胸を張るんだ。ここは、君が守るべき、君の領地だ。王都と違って、ここには君の味方しかいない。そうだろう?」
「閣下……」
そっと視線を公爵に向けると、厳しい言葉とは裏腹に、とても優しい表情がそこにはあった。不安で揺れる僕の瞳をしっかり見つめると、大胆不敵といった言葉が似合う笑顔になる。
「遠く離れていても、君の味方は王都にもあるという事を忘れないで欲しい。さあ、君の味方がたくさん出迎えてくれている。行こうじゃないか」
震える手を、大きくてごつごつした閣下の手ががしっと掴む。有無を言わせぬ力で、いつまでも尻込みする僕を馬車から引きずり出した。
僕が馬車から出ると、外にいた大勢の人の怒号に似た大きな声が沸き響き渡る。僕を、化物だと罵って、石礫がなげられるかもしれない。あまりの恐怖に、心も体も縮こまり目を閉じた。
「ご領主様が戻られたぞー!」
「主様、お待ちしておりました!」
「キトグラムン、しっかり目を開けるんだ。君の事を良く知っているここにいる誰もが、君を歓迎している。見慣れない姿に戸惑う者もいるかもしれないが、それは決して、王都での取るに足らない者たちのアレらとは違う。さあ、胸を張れ!」
公爵が、背中を痛いくらいにドンっと叩く。あまりの力と勢いに、前につんのめって顔が空を向いた。
「キトグラムン、よく帰って来てくれた!」
「フクロールケタ伯父上……。シュメージュ義伯母上も……。長らく、この地を守ってくださりありがとうございました」
皆、頭巾をかぶっても隠している、やたらと大きくなった歪な頭部を見ても、何も言わない。ごく普通に、以前の僕に語り掛けてきた。胸が熱い。膨れ上がって、弾けそうな何かが僕の心をいっぱいにした。
鼻の奥が痛く、目がじぃんとなる。この姿になってから、ひとりベッドで声を殺して流し続けた涙が、頭部を隠している頭巾を濡らした。
「では、また会おう。それまでに怪我などしてくれるなよ?」
「はい、また。閣下も、お元気で」
僕が自室に一度戻った時、公爵は、伯父上たちに僕が呪われた経緯や解呪が不可能な事について話をしたらしい。僕を幼い頃から息子のように育ててくれた伯父上が、激高して公爵の腹にずどんと重い拳を叩きこんだのを、魔の森で暴れる魔物を討伐出来た頃に聞いてびっくりした。
僕を送り届けた後から王都に帰るまで、公爵は平然としていたから気づかなかった。伯父上たちも、そんなにも感情を高ぶらせた事などなかったかのように公爵に相対していた。本来なら、伯父上だけでなく、僕まで処罰の対象になるだろう出来事は、公爵の胸の内に収められたようだ。
適齢期になっても妻が出来るはずもなく、29才になるまで独り身だった。伯父上やマシユムールを筆頭に、そんな僕を守ってくれる皆と一緒だったから、地に倒れ伏しそうになる気持ちをなんとか奮い立たせる事が出来たのであった。
当時仲が良かった友人たちも、近寄れば呪いが伝染するとでも言わんばかりに、最低限にもならないほどのひきつった笑顔で挨拶だけして離れていった。
「キトグラムン、君は誰からも尊敬されるべき行動をしたんだ。だから、胸を張っていればいい。私や息子が必ず君を支援しよう。そうだ、今度娘を連れてこようと思っているんだ。君より10以上年下だが賢い子でな。良かったら会ってやってはくれないか?」
「バヨータージユ公爵閣下……。ですが、僕に会えば怖がります……」
「うちの子は、怖がるどころか喜んで抱き着くと思うがなぁ……。キトグラムン、他人の心は見えない。自分の胸の内のほうが、理解する事が困難なのだ。だからこそ、俯いていてはいけない。しっかりその目で見て、聞いて、そして、自分で考えるんだ。大勢の視線や耳に入る戯言は、とても大きくて気になるだろう。だがな、キトグラムン。私たちや陛下、そして王太子殿下の事も信じられないか?」
「いいえ……。ですが、僕は、もう、何も聞きたくないのです……」
変声期を終えたばかりの低い声は、呪われてから空気を漏らしながらしか出せない。心を引き裂く人々の言葉よりも、常に痰がからんだようなしわがれた醜い音こそ、一番聞きたくなかった。
とてつもなく悍ましい姿に変わり果てた僕を、バヨータージユ公爵や跡取りのサンバールは、多忙の中毎日のように訪れて励ましてくれていた。
呪いを解呪できないか、王家も名の知れた魔法使いを集めて研究してくれている。
僕に呪いをかけた人物は、王族を狙った罪で、その時に王宮の騎士によって処刑されていた。術者の死とともに、解呪されるはずのそれは、なぜか解けなかったのである。
呪われてから半年ほど経過した時、辺境にある魔の森に異変が起こった。魔物が凶悪になり、数が急激に増えたと連絡が入ったのである。
魔の森に救う魔物を完全に制御するには、代々辺境を治めてきた直系の僕が必要不可欠な存在だ。
刻一刻すぎれば、魔物が森から出て人々を襲う。僕はすぐさま領地に戻った。王宮にいても、好奇の目に晒され、心無い言葉に傷つくよりも、僕と同じ異形がたくさんいる魔の森のほうが安らげるかもしれないと思ったのもある。
砦にたどり着いても、皆の視線が恐ろしくて馬車から降りる事が出来なかった。かつての僕しか知らない皆の視線に込められているであろう負の感情が怖くて、足元を見つめて座り込んでいたのである。そんな僕の背中、辺境まで心配だからとついてきてくれた公爵閣下が手を当てた。
「成人していない君に、これから私は、残酷な事を伝えなければならない。君にかけられた呪いの解呪は、選りすぐりの魔法使い全員が不可能だと答えた。勿論、研究は続けるが、望みは薄いだろう。君は、その姿で一生を過ごさねばならない……」
「……はい、わかって、いました」
本当はわかっていた。本来なら、とっくに解呪されているだろう僕のこの忌まわしい呪いが解ける日が来ることはないという事を。だけど、一縷の望みを捨てきれず、本を読み漁って、自分でも色々試していたのだ。魔法がほとんど使えない僕に出来る事はほとんどなかったけれども。
「キトグラムン、だからこそ以前から伝えているように、顔をあげなさい。そして、胸を張るんだ。ここは、君が守るべき、君の領地だ。王都と違って、ここには君の味方しかいない。そうだろう?」
「閣下……」
そっと視線を公爵に向けると、厳しい言葉とは裏腹に、とても優しい表情がそこにはあった。不安で揺れる僕の瞳をしっかり見つめると、大胆不敵といった言葉が似合う笑顔になる。
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「フクロールケタ伯父上……。シュメージュ義伯母上も……。長らく、この地を守ってくださりありがとうございました」
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「では、また会おう。それまでに怪我などしてくれるなよ?」
「はい、また。閣下も、お元気で」
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僕を送り届けた後から王都に帰るまで、公爵は平然としていたから気づかなかった。伯父上たちも、そんなにも感情を高ぶらせた事などなかったかのように公爵に相対していた。本来なら、伯父上だけでなく、僕まで処罰の対象になるだろう出来事は、公爵の胸の内に収められたようだ。
適齢期になっても妻が出来るはずもなく、29才になるまで独り身だった。伯父上やマシユムールを筆頭に、そんな僕を守ってくれる皆と一緒だったから、地に倒れ伏しそうになる気持ちをなんとか奮い立たせる事が出来たのであった。
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