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桜は儚く散るだけなのでしょうか② 後半は殿下視点

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 ファーレは、物凄く怒っているみたいだった。なんでだろ?

『貴様……その人を一体どうするつもりだ。上の階に行くようだが、学園と家にこの事を報告しようか?』

『こ、これは殿下……私はただ、気分が悪くなったこの女性を介抱しようと……ひっ! し、失礼しましたぁっ!』

 王子である彼が来た事と、ファーレがすごんだので、男の子は恐れをなして私を置いてどこかに去っていったようだ。女の子を置いて行くなんて失礼しちゃうけど、ファーレが来たから行って貰ってよかった。

 やっぱり頭がはっきりしない。ファーレがここにいるわけないのになぁ。

 ああ、そっか! これは夢ね。

『ファーレ? ファーレがいるぅ。ふふふ、わぁい』

 なんだかとてもいい夢を見ているようだ。会いたくて話がしたくてたまらなかった彼が側にいるだなんて。お昼間にも会って図鑑を一緒に見たところだけど。

『チェリー、大丈夫か? だから男子生徒とはむやみやたらと遊ぶなと言っただろう! だいたい、いつも君は警戒心がなさすぎる! 分かっているのか? 俺が心配してここに来なかったら、取り返しがつかない事になっ……ぶっ!』


 私は嬉しくて、勢いよく彼に抱き着いた。頭が彼の顎にぶつかったかもしれない。ちょっとファーレの顎が赤く見える。

『うるさいなぁ……でも、来てくれてありがと! ファーレは、やっぱりすてきなおうじさまだぁ! よっ、みんなのヒーロー! かっこいー! あはははは』

『チェリー……! 相当飲んだのか? はぁ……完全に酔っぱらってるな。ちょ、離れて!』

『やだもん。私の夢なんだから、ちょっとくらい好きな人に抱き着いたっていいじゃない。ケチ! それに、ぜぇんじぇん、酔ってなんららいもんにぇぇ……はらぁ?』

 私は、夢の中でファーレに抱き着いたまま、目が回ってしまいどうする事も出来なくなってしまったのであった。



※※※※


 チェリーが、あまりよい噂の効かない男子生徒と、夕食を一緒に食べると聞いたのにはびっくりした。俺たちはお互いに婚約者がいるし、俺にとってチェリーは友達というか、面白い人間観察をしている気分だった。

 俺は、みすみす女性の危機を見逃すわけにはいかないと、俺は宿泊施設を併設するレストランに行く事にする。

 馬車では、この時間だと渋滞に巻き込まれて逆に遅い。

 俺は、隣国に密かに立ち上げた商会を持っている。そこでは、キャメラ以外にも開発途中のものがたくさんあるのだ。
 その中の一つ、前が一輪、後ろが二輪の3輪式フットパワーミニキャーに乗って後を追った。これなら、足でこがねばならないが、渋滞に巻き込まれる事無く、隙間をぬってより早くレストランにいけるだろう。

 俺は、フットパワーミニキャーの動力源である自分の体力を計算にいれていなかった。道中1/3でふくらはぎや太ももがパンパンになって痛い。息もあがってしまい、結局レストランにたどり着けたのは、かなり遅い時間になった。チェリーたちはそろそろ食事を終える頃だろう。

 ミニキャーから降りた足が、生まれたての小鹿状態だが、なんとか動いた。ぐおおおーっと、体の奥底の力を解放するかのごとく、力を込めて左右交互に動かす。ただの歩行がこれほど辛いなんて今まで知らなかった。思わぬ初体験をしたものだ。

 レストランのオーナーとは顔見知りだから、特徴を伝えてすぐにチェリーたちのいる場所に案内してもらう。

 その時ほど、平静を装い、根性で優雅な歩行をするように叩きこまれた紳士教育が役にたったことはない。内心も、筋肉も悲鳴をあげながら震えていたが、なんとか無様な姿を見せずに、チェリーを騙して上の宿泊施設に連れ込もうとしている男を追い払う事に成功した。

 俺にはローズという、淑女の鏡やら、理想の上司やら、全世界の女性の憧れだとか、女神だとか言われている婚約者がいる。
 だが、みんな知らないのだ。あいつが、抜け目のない、最後には自分の思い描いた絵のように結果を運ぶほどの計算高い狸だという事を。完全に周囲は騙されているが、俺も似たようなものだし政略結婚なんてこんなものかと納得していた。なんだかんだで、俺にとって不利な行動をするような関係ではないから、このまま適度な距離を置いた夫婦になると思っていた。

 俺が育てているカタツムリの飼育室に案内した時は、おかしくて腹を抱えて大笑いをしてしまった。ローズはいつものようにすかした微笑みを張り付かせて、ゲラゲラ笑う俺を嗜めているが、本当は悲鳴をあげて逃げたいのがありありとわかったから。笑いの止まらなくなった俺に、呆れたように背を向けたローズに見えないようにカタツムリを一匹手に取った。
 俺は、怖がっている内心に気が付かないふりをして彼女の手の平にカタツムリを置いてみた。そうしたら激高したローズにフルスイングでビンタされた。鼻血が出た。
 以降、ローズには度の過ぎた悪戯はやめようと決心したのも懐かしい思い出だ。彼女が男だったらいい友達になったのになぁ、と何度残念に思った事だろう。
 小さな頃は、俺たちは誰よりもやんちゃだったと思う。遊びたくてうずうずしているのに、淑女教育をつまらなさそうにこなす彼女に、俺に似た何かを感じていた。勝手に、このつまらない貴族社会の中で戦友のように思っていたのである。

 だけど、俺は自分の心の奥底に芽生えていた気持ちに気付いてしまった。どうして、こんなに疲れ果てるのに、あのミニキャーをこぎ続けたのか。他の男に渡したくなくて、ここまで急いだのだと。俺は、チェリーに、友達や面白観察対象以上の、苦しくなるような、かといって甘美な気持ちをいだいていたのだ。

 酔っ払いチェリーから、好きだと言われた。酔っているからこそ、本心なのだろう。自覚したと同時に、両想いな事に嬉しくなった。

『殿下、わかっておりますぞ。ここは私におまかせください。ささ、どうぞ。とっておきのスイートルームが空いております』

『何を言っている。私はただ、この女性に危機がせまっていると報告を受けてこうして助けに来ただけで……』

『はいはい。そうでしょうとも、そうでしょうとも。ええ、ええ。殿下は危うく狼藉者の手に落ちるところだった美しいご令嬢を救出しただけでございます。ですが、その女性の様子を大勢が見ればなんと思うか……ああ、殿下、私どもも、なんら他意はございません。はい。気分の悪い女性を介抱するための休憩室ですので、どうぞこちらへ』

 背中を押され、屈強な男がチェリーを抱えてさっさと階段を上っていく。俺は、ぷるぷる痙攣しそうなほど情けない事になっている足では、チェリーを抱えて帰るなんて事はできないと諦めた。

『では、誰か一緒に過ごすよう手配してくれ』

『ほうほう。左様でございますか! 畏まりましたぁ!』

 絶対勘違いされているというか、特殊性壁持ちの王子の秘密の時間みたいな考えをしているのがわかりげんなりする。

 俺は、チェリーをスイートルームのベッドに寝かせて、後から来たスタッフとともに試作品のライフゲームに一晩興じたのであった。これは、順番が来たら、1から9までの数字の並んだルーレットを回し、その数だけマスを進めるシュゴロクという卓上ゲームだ。子供をたくさん産んで、時に借金をしつつ、誰よりも先に億万長者をめざすもので、俺は何度も、一回休みやら、三マス戻るやら、入院して借金背負うやら、そんなマスばかりにとまり、スタッフにぼろ負けした。明け方には、他のスタッフたちも部屋に訪れて、大賑わいをした一夜は、思い出の残る楽しいひとときになったのである。

 俺とチェリーが、翌日一緒のところを盛大に勘違いされたのは言うまでもないだろう。

 俺は、王子という肩書もいらない。ローズも、この結婚がなくなれば、想い人であるウスベニと一緒になれるチャンスがある。
 酔いの醒めたチェリーには、かなり拒絶されたが、なんとか気持ちを通じ合わせる事に成功する。

 父には、ローズと婚約解消してチェリーと結婚する事を反対された。周囲の重鎮たちも、キンギョソウ侯爵との縁続きが惜しいのか首を横に振るばかり。
 兄と姉たちは、表だっては無理だが、影で支援を約束してくれている。

『チェリー、俺が王子じゃなくなっても、この国に住めなくなっても、ついてきてくれるか?』

『え、それってどういう事ですか? ローズ様はどうなるのです? それに、……マロウ様だって……』

『あいつらの事なら心配いらない。ローズもマロウも、ふたりとも優秀だから。それよりも……俺はこれから、この国の歴代の王族一番の愚か者になる。誰も俺を見向きもしなくなるだろう。そんな俺でも見捨てずついて来てくれるのなら、それでもいいというのなら……チェリー、俺と結婚してくれないか?』

『ファーレ……私に、何が出来るのかはわからないけど、あなたが国一番の愚か者になるというのなら、私は……数代前の悪女以上になってでも、あなたを支えたい』

 ローズの家の夜会の前には、俺たちは結婚の約束をしていた。道化になるため、人目にことさらつくようにチェリーといちゃいちゃもした。

 あのレストランを利用して、あの夜のように勘違いさせるように何度も宿泊した。だが、なかなかうまく事が運ばない。なんとか、俺の手掛ける事業のほとんどを信頼置ける部下に手渡したが、今一歩、決定的な事項が必要なのだ。

 どうせなら、ローズの家の中が目立つし手っ取り早いだろう。俺は、予め知っていた馬番の住む家を準備させていた。

 そして、チェリーにほんの少し酒を飲ませて、いつもレストランでしている見せかけの恋人同士の一夜をそこでしようと計画したのである。

 だが、まさか、あんな少量であれほどチェリーが乱れるとは思わなかった。大胆になったチェリーに、口移しで強い酒を飲まされ酔った事はいいわけでしかない。
 俺も、気が大きくなりすぎて、チェリーと本当の意味で恋人になりたくて、勢いのまま外でとんでもない事をしたのは、酔いが醒めた俺たちにとって黒歴史以外のなにものでもなくなった。

 せめて用意していた家の中でしろよ……と。しかも、なんの成果もなかったとかもう……。こんな大失態、生まれて初めてだった。

 ちなみに、最後まではしていない。そこは、俺も守ったようで、ほっとしたのと少々残念なのと複雑な気持ちにはなった。

 だが、その事が切っ掛けで、まさかマロウたちまで動くとは嬉しい誤算だった。たまには自我を無くすほど酔うのもいいようだ。

 俺とチェリーは、今まで、周りは全部敵のように感じていた。誰も信用できないし、誰にも俺たちの計画を知られてはいけないと思い込んでいた。

 だけど、見渡せば、俺の側にはこんなにも頼もしい仲間がいたのだとわかり、特にチェリーが涙を流して喜んでいたのを見て、柄にもなく胸がじぃんと熱くなったのである。




※これで6人の裏話は出そろいましたので、あとは、ほとんどメインのふたりでお送りします。
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