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高嶺の薔薇を、綺麗に咲かせたい①
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ウスベニ視点で進めます。
主人公たちと別れたウスベニとローズ。廊下を歩いていると……?
殿下とチェリーの真実の愛はいかに……? そして、ウスベニ様の想いの行方は……?
※※※※
「ウスベニ様……ああは言ったものの、ふたりきりにして良かったのか……。わたくし、少々不安で……戻ったほうがよろしいでしょうか?」
「兄上もあれで次期侯爵として冷静な部分もありますから、無体な事はしないでしょう」
僕は、心配そうに、チラチラ後方を気にしている、片想い中の女性から不安を取り除くため、大人しくしているだなんて兄ができるかな、と自分が不安でいっぱいなのに、安心するように言い切った。
頼むよ、兄上。万が一、嫌がるビオラ嬢に何かをしたら、許さないからね。
一抹どころか、気がかりでしかないけれど、兄の自信満々な顔を思い出して願いを込めてみた。相手が兄なのだから、全く効果がなさそうでげんなりする。彼女の言う通り、戻ったほうがいいのかもしれない。
隣にいる、可憐な薔薇の化身のような女性。彼女は僕のいとこで、この国の第四王子の婚約者であるローズだ。すらりとした肢体に、メリハリの利いた曲線が美しい彼女は、同年代の令嬢たちよりも背が高い。殿下とは5センチくらいしか変わらないくらいだ。ちなみに、僕の身長よりも20センチ以上は低い。
思慮深く、誰に対しても慈愛の心を持つ彼女に憧れる令嬢は多い。昨年、男装をした際は、学園一の美男子としてキャメラで撮った写真が高値でバカ売れしたほど。
殿下に表立って敵対するわけにはいかないから、学園の男達の大半は心の中でだけ彼女に憧憬の念を抱いていると言っても過言ではない。残りは、本命の相手がいるか、女性に興味がないやつだ。
※※※※
彼女と出会ったのは、まだ小さな頃で、何かの集まりで子供同士遊んでいた時だ。
僕は、その頃から頭一つ以上皆よりも大きかった。兄のほうが背が低く、年齢は僕のほうが下なのに、まるで僕が一番年長者のように、皆が駆け寄って頼って来るものだから、プチ保護者的な立場だったのが不満だった。僕だって、兄と同じように泥遊びなど、自由気ままに遊びたかった。
『ちぇ……あにうえのほうがひとつとしうえなのに、あんなふうにあそべて、なんでぼくが……』
ひとり、またひとりと問題を起こす度に、皆が必ず僕に泣きついて来て、僕が大人を呼んで対処をしてもらう事が当り前のようになってしまった頃、ちょっとだけ拗ねて皆から離れた。
僕がいなくなったら困るかな? 少しくらい困ればいいなんて、ひねくれた考えで、立てた膝に顔を埋めて座った。余談だが、後から皆の様子を聞いたら、僕がいなくても楽しく遊んでいたし、トラブルがあってもどうにかなったらしい。僕なんていらなかったんじゃないかって思うとモヤっとした。
誰もいない池のほとりで体育座りをして、ぽいぽい小石を池に向かって投げている僕の隣に、燃えるような見事な赤い色が視界に映った。びっくりして、顔を横に向けると、そこに、いとこのローズがどしんと乱暴に座った。
彼女は、何も言わずに手を挙げて僕と同じように池に石を投げ始める。しかも、僕のように緩やかな放物線を描くみたいな感じじゃなくて、ブンブンっていう剛速球のようなスピードと鋭さで。
彼女の目つきが鋭くて、怒っているみたいだった。ちょっと怖すぎて、何も聞くなオーラがすごい伝わる。何一つ聞けないし、隣同士で石を投げていた。ただひたすら無言で。
すると、唐突に、ぽつりとローズがぼやき始めたのである。
『ねえ、ウスベニさま。わたくし、つまんない……』
『ローズ? どうしたの?』
『……なんかね、じきこうしゃくとして、はじないようにしなさい! とかいわれはじめちゃった。まえみたいに、おもいきりはしゃぐことが、できなくなっちゃったの。わたくしも、みんなとおなじようにあそびまわりたいのに……』
『そっかあ。ぼくとおんなじだね』
『なんで? ウスベニさまは、おとうとだし、おとこのこなんだからマロウさまとおなじようにあばれられるんでしょ?』
『あそんでいいって、いわれるんだけど、やっぱりなんとなくたよられてるのがわかって……ほら、ぼくはせがたかいし。だから、おもいきりはめをはずしてだなんて、むりなかんじというか……』
『そんなの、おもいっきりあそべばいいじゃない。マロウさまのほうがしっかりしなきゃなのに、じゆうにしているなんてずるいわ。ウスベニさまは、からだはおおきけれど、みんなとかわんないこどもなんだから。イイコになんてならなくてもいいとおもう』
小さなローズが、ぷぅっと、ふっくらした頬を更に膨らませて口を尖らせながら、ブンッと石をまた一つ投げた。まるで、僕の代わりに怒ってくれているようだ。投げた小石が、ぱちゃぱちゃ波紋を描いて、水面を3回飛び跳ねた。
僕が言いたかった事を、ローズが言ってくれて、胸がそわそわするような、こそばゆさが生まれる。なんだか、僕の気持ちを、全部分かってくれたのがローズが初めてように思えて嬉しくなった。
『うん……でもさ、ローズだってそれはおなじなんじゃないの?』
『それがねー。なんかね、だい4おうじの、デンファレでんかっているでしょ? そのこが、みらいのわたくしのおっとになることがきまったんだって。だから、もうみんなとはしゃいでないで、しゅくじょになりなさいって……あーあ、こうしゃくになるだけならともかく、おうじさまとかめんどくさいし、いやだなあ……あ、えっと、あのね、めんどくさいっていうのは、うそなの。いやとか、そんなことおもってなくてね……えっと、えっと……』
僕は、その時には、ローズとデンファレ殿下が婚約者になった事を実感していなかった。ただ、王子と結婚するからって、思い切り楽しんで遊べなくなったローズがあんまりにも慌てていて気の毒で、せめて、不敬な言葉を聞かなかったふりをした。
『なにかいった? ぼく、ぼんやりしててきいてなかった。ごめんね』
『ううん、なんでもないの。……きかないでいてくれて、ありがとね。ねえ、ウスベニさま。またこんなふうに、ないしょでいしをなげたりしてあそんでいい?』
『うん。ぼくも、ひとりぼっちよりローズといっしょがいい』
それ以来、大勢の子供たちの事は兄に押し付け……任せて、ローズとふたり抜け出しては、こっそり大人たちからローズがダメって言われている遊びをしたのである。
たまに、擦り傷を作ったり、ローズのドレスが破れた事で叱られた。今思えば、大人たちは、たぶん僕たちの内緒の遊びを見て見ぬふりをしていてくれたのだろうと思う。
ローズのストレス発散の場でもある、僕たちだけの遊びの時間はドキドキワクワクしてキラキラ輝いていた。人目をさけてふたりきりの時間を共有していくうちに、僕はローズを好きになっていた。その気持ちは、ずっと変わらないどころか、大きく膨らんでいく一方だ。
だから、殿下とチェリー嬢が浮気をしているという噂を聞いた時、目の前が真っ赤になるかと思うほどの怒りでどうにかなりそうだった。
ローズを幸せにしてくれるだろうと思えばこそ、殿下とふたりで並んでいる姿を、歯を食いしばって何事もないように見守って来たというのに。
チェリー嬢と殿下の近しい距離は、目につき始めた当初から不愉快だった。ローズという素晴らしい女性の婚約者でありながら、なんという事をするのかと、呆れる気持ちよりも、僕の慕う女性を馬鹿にした彼らに対して怒りしかなかった。
調べてみたら、案の定、ふたりっきりで上階が宿泊施設になっているレストランで逢引きをしていた。スタッフのひとりとして潜り込ませた僕の侍従のひとりが、ふたりの不健全な行為を確認している。
爪が食い込むほど握りしめた拳の中央よりやや下には、4つのへこみが出来て、深い傷あとが指紋のようになっている。
ふたりのあるまじき仲を、兄にもローズにも言えるわけがなく。僕は、いつか殿下が目が覚めてくれるのを待っていた。その時のその判断を、大いに後悔したのは言うまでもない。
まさか、ローズの家の主催する夜会で、決定的な浮気の証拠と証人を、兄たちが手にしていたとは思わなかった。それに、ローズも、殿下の裏切りの詳細を認知していたなんてびっくりした。
だけど、僕ですらあのふたりのアレコレを知っていたくらいなのだから、どこか抜けている兄と違い、美しいだけでなく賢いローズが知らないわけがないと納得もできた。
ローズが殿下たちに顔をつぶされた事以外、心底あっけらかんとしているのが分かって、肩の力が抜けた。
僕は、少し前から、ローズとビオラ嬢だけで楽しんでいる部活に入り込んでいた。勿論、目当てはローズだが、ビオラ嬢にも少々興味があった。
なぜなら、兄は完璧に隠しているつもりだろうが、彼女の事を気にしているのが分かったから。
チェリー嬢の、令嬢らしからぬ短慮や言動、兄を馬鹿にしたエスコートを断るなどといった無礼が重なるにつれ、ビオラ嬢を見つめる視線に熱がこもっていったのは、僕以外にも数名は気付いていると思う。
兄は、整った顔立ちはしているのだが、今風ではないし、いかんせん一見恐ろしい容貌だ。だから、たいていの令嬢には忌避されている。
チェリー嬢も、兄に対して、出来れば近寄りたくなかったのだろう。こればかりは好みの問題もあるのだから仕方がないのかもしれないが、表だっては兄を立てて貰わないと困る。
兄は政略とはいえ、礼節ある信頼関係で結ばれた仲になりたかったようだ。だから、疑わしい婚約者を調査せず、ぎりぎりまで彼女を信じようと努力してたらしいのだが、見事裏切られたというわけだ。
どうやら、ふたりとも婚約を解消するために動くらしい。僕は、ふたりの背中を押して、より早くその日が来るように支援する事に決めた。
ビオラ嬢が、嫌でなければ是非とも義姉になって欲しいものだ、と思っていたその矢先の事。
ローズとふたりで歩いていた先で、まさか、殿下とチェリー嬢がふたりきりで抱き合い、深いキスを交わしている場面に出くわすとは思いもしなかった。
僕たちは、突っ立ったまま、殿下の右手がチェリー嬢の胸元やスカートの中をまさぐり始めるのを見て、呆けてしまったのである。
主人公たちと別れたウスベニとローズ。廊下を歩いていると……?
殿下とチェリーの真実の愛はいかに……? そして、ウスベニ様の想いの行方は……?
※※※※
「ウスベニ様……ああは言ったものの、ふたりきりにして良かったのか……。わたくし、少々不安で……戻ったほうがよろしいでしょうか?」
「兄上もあれで次期侯爵として冷静な部分もありますから、無体な事はしないでしょう」
僕は、心配そうに、チラチラ後方を気にしている、片想い中の女性から不安を取り除くため、大人しくしているだなんて兄ができるかな、と自分が不安でいっぱいなのに、安心するように言い切った。
頼むよ、兄上。万が一、嫌がるビオラ嬢に何かをしたら、許さないからね。
一抹どころか、気がかりでしかないけれど、兄の自信満々な顔を思い出して願いを込めてみた。相手が兄なのだから、全く効果がなさそうでげんなりする。彼女の言う通り、戻ったほうがいいのかもしれない。
隣にいる、可憐な薔薇の化身のような女性。彼女は僕のいとこで、この国の第四王子の婚約者であるローズだ。すらりとした肢体に、メリハリの利いた曲線が美しい彼女は、同年代の令嬢たちよりも背が高い。殿下とは5センチくらいしか変わらないくらいだ。ちなみに、僕の身長よりも20センチ以上は低い。
思慮深く、誰に対しても慈愛の心を持つ彼女に憧れる令嬢は多い。昨年、男装をした際は、学園一の美男子としてキャメラで撮った写真が高値でバカ売れしたほど。
殿下に表立って敵対するわけにはいかないから、学園の男達の大半は心の中でだけ彼女に憧憬の念を抱いていると言っても過言ではない。残りは、本命の相手がいるか、女性に興味がないやつだ。
※※※※
彼女と出会ったのは、まだ小さな頃で、何かの集まりで子供同士遊んでいた時だ。
僕は、その頃から頭一つ以上皆よりも大きかった。兄のほうが背が低く、年齢は僕のほうが下なのに、まるで僕が一番年長者のように、皆が駆け寄って頼って来るものだから、プチ保護者的な立場だったのが不満だった。僕だって、兄と同じように泥遊びなど、自由気ままに遊びたかった。
『ちぇ……あにうえのほうがひとつとしうえなのに、あんなふうにあそべて、なんでぼくが……』
ひとり、またひとりと問題を起こす度に、皆が必ず僕に泣きついて来て、僕が大人を呼んで対処をしてもらう事が当り前のようになってしまった頃、ちょっとだけ拗ねて皆から離れた。
僕がいなくなったら困るかな? 少しくらい困ればいいなんて、ひねくれた考えで、立てた膝に顔を埋めて座った。余談だが、後から皆の様子を聞いたら、僕がいなくても楽しく遊んでいたし、トラブルがあってもどうにかなったらしい。僕なんていらなかったんじゃないかって思うとモヤっとした。
誰もいない池のほとりで体育座りをして、ぽいぽい小石を池に向かって投げている僕の隣に、燃えるような見事な赤い色が視界に映った。びっくりして、顔を横に向けると、そこに、いとこのローズがどしんと乱暴に座った。
彼女は、何も言わずに手を挙げて僕と同じように池に石を投げ始める。しかも、僕のように緩やかな放物線を描くみたいな感じじゃなくて、ブンブンっていう剛速球のようなスピードと鋭さで。
彼女の目つきが鋭くて、怒っているみたいだった。ちょっと怖すぎて、何も聞くなオーラがすごい伝わる。何一つ聞けないし、隣同士で石を投げていた。ただひたすら無言で。
すると、唐突に、ぽつりとローズがぼやき始めたのである。
『ねえ、ウスベニさま。わたくし、つまんない……』
『ローズ? どうしたの?』
『……なんかね、じきこうしゃくとして、はじないようにしなさい! とかいわれはじめちゃった。まえみたいに、おもいきりはしゃぐことが、できなくなっちゃったの。わたくしも、みんなとおなじようにあそびまわりたいのに……』
『そっかあ。ぼくとおんなじだね』
『なんで? ウスベニさまは、おとうとだし、おとこのこなんだからマロウさまとおなじようにあばれられるんでしょ?』
『あそんでいいって、いわれるんだけど、やっぱりなんとなくたよられてるのがわかって……ほら、ぼくはせがたかいし。だから、おもいきりはめをはずしてだなんて、むりなかんじというか……』
『そんなの、おもいっきりあそべばいいじゃない。マロウさまのほうがしっかりしなきゃなのに、じゆうにしているなんてずるいわ。ウスベニさまは、からだはおおきけれど、みんなとかわんないこどもなんだから。イイコになんてならなくてもいいとおもう』
小さなローズが、ぷぅっと、ふっくらした頬を更に膨らませて口を尖らせながら、ブンッと石をまた一つ投げた。まるで、僕の代わりに怒ってくれているようだ。投げた小石が、ぱちゃぱちゃ波紋を描いて、水面を3回飛び跳ねた。
僕が言いたかった事を、ローズが言ってくれて、胸がそわそわするような、こそばゆさが生まれる。なんだか、僕の気持ちを、全部分かってくれたのがローズが初めてように思えて嬉しくなった。
『うん……でもさ、ローズだってそれはおなじなんじゃないの?』
『それがねー。なんかね、だい4おうじの、デンファレでんかっているでしょ? そのこが、みらいのわたくしのおっとになることがきまったんだって。だから、もうみんなとはしゃいでないで、しゅくじょになりなさいって……あーあ、こうしゃくになるだけならともかく、おうじさまとかめんどくさいし、いやだなあ……あ、えっと、あのね、めんどくさいっていうのは、うそなの。いやとか、そんなことおもってなくてね……えっと、えっと……』
僕は、その時には、ローズとデンファレ殿下が婚約者になった事を実感していなかった。ただ、王子と結婚するからって、思い切り楽しんで遊べなくなったローズがあんまりにも慌てていて気の毒で、せめて、不敬な言葉を聞かなかったふりをした。
『なにかいった? ぼく、ぼんやりしててきいてなかった。ごめんね』
『ううん、なんでもないの。……きかないでいてくれて、ありがとね。ねえ、ウスベニさま。またこんなふうに、ないしょでいしをなげたりしてあそんでいい?』
『うん。ぼくも、ひとりぼっちよりローズといっしょがいい』
それ以来、大勢の子供たちの事は兄に押し付け……任せて、ローズとふたり抜け出しては、こっそり大人たちからローズがダメって言われている遊びをしたのである。
たまに、擦り傷を作ったり、ローズのドレスが破れた事で叱られた。今思えば、大人たちは、たぶん僕たちの内緒の遊びを見て見ぬふりをしていてくれたのだろうと思う。
ローズのストレス発散の場でもある、僕たちだけの遊びの時間はドキドキワクワクしてキラキラ輝いていた。人目をさけてふたりきりの時間を共有していくうちに、僕はローズを好きになっていた。その気持ちは、ずっと変わらないどころか、大きく膨らんでいく一方だ。
だから、殿下とチェリー嬢が浮気をしているという噂を聞いた時、目の前が真っ赤になるかと思うほどの怒りでどうにかなりそうだった。
ローズを幸せにしてくれるだろうと思えばこそ、殿下とふたりで並んでいる姿を、歯を食いしばって何事もないように見守って来たというのに。
チェリー嬢と殿下の近しい距離は、目につき始めた当初から不愉快だった。ローズという素晴らしい女性の婚約者でありながら、なんという事をするのかと、呆れる気持ちよりも、僕の慕う女性を馬鹿にした彼らに対して怒りしかなかった。
調べてみたら、案の定、ふたりっきりで上階が宿泊施設になっているレストランで逢引きをしていた。スタッフのひとりとして潜り込ませた僕の侍従のひとりが、ふたりの不健全な行為を確認している。
爪が食い込むほど握りしめた拳の中央よりやや下には、4つのへこみが出来て、深い傷あとが指紋のようになっている。
ふたりのあるまじき仲を、兄にもローズにも言えるわけがなく。僕は、いつか殿下が目が覚めてくれるのを待っていた。その時のその判断を、大いに後悔したのは言うまでもない。
まさか、ローズの家の主催する夜会で、決定的な浮気の証拠と証人を、兄たちが手にしていたとは思わなかった。それに、ローズも、殿下の裏切りの詳細を認知していたなんてびっくりした。
だけど、僕ですらあのふたりのアレコレを知っていたくらいなのだから、どこか抜けている兄と違い、美しいだけでなく賢いローズが知らないわけがないと納得もできた。
ローズが殿下たちに顔をつぶされた事以外、心底あっけらかんとしているのが分かって、肩の力が抜けた。
僕は、少し前から、ローズとビオラ嬢だけで楽しんでいる部活に入り込んでいた。勿論、目当てはローズだが、ビオラ嬢にも少々興味があった。
なぜなら、兄は完璧に隠しているつもりだろうが、彼女の事を気にしているのが分かったから。
チェリー嬢の、令嬢らしからぬ短慮や言動、兄を馬鹿にしたエスコートを断るなどといった無礼が重なるにつれ、ビオラ嬢を見つめる視線に熱がこもっていったのは、僕以外にも数名は気付いていると思う。
兄は、整った顔立ちはしているのだが、今風ではないし、いかんせん一見恐ろしい容貌だ。だから、たいていの令嬢には忌避されている。
チェリー嬢も、兄に対して、出来れば近寄りたくなかったのだろう。こればかりは好みの問題もあるのだから仕方がないのかもしれないが、表だっては兄を立てて貰わないと困る。
兄は政略とはいえ、礼節ある信頼関係で結ばれた仲になりたかったようだ。だから、疑わしい婚約者を調査せず、ぎりぎりまで彼女を信じようと努力してたらしいのだが、見事裏切られたというわけだ。
どうやら、ふたりとも婚約を解消するために動くらしい。僕は、ふたりの背中を押して、より早くその日が来るように支援する事に決めた。
ビオラ嬢が、嫌でなければ是非とも義姉になって欲しいものだ、と思っていたその矢先の事。
ローズとふたりで歩いていた先で、まさか、殿下とチェリー嬢がふたりきりで抱き合い、深いキスを交わしている場面に出くわすとは思いもしなかった。
僕たちは、突っ立ったまま、殿下の右手がチェリー嬢の胸元やスカートの中をまさぐり始めるのを見て、呆けてしまったのである。
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