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お母ちゃんが喜ぶ発明品

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 お飾りの商会長に就任した俺は、商会長としての業務の全てを副商会長に押し付け、今日も気軽に工房にお邪魔している。今では働いている人達とも仲良くなり、一緒にティータイムをする仲になった。初めはクリスティアナ様や妖精に戸惑っている様子があったが、毎日のように遊びに来る俺達を見て、近所の子供が遊びに来ているという感覚になってきたようで、今ではそれほど気にしなくなっている。
「商会長、今日もご機嫌麗しゅうごさいます。本日も沢山の注文が入り、嬉しい悲鳴を上げておりますよ」
 早速副商会長が俺達を見つけ挨拶をしてきた。ご機嫌なのは本当に沢山の注文が入り、作れば作るだけ儲かるからだった。従業員の皆さんも臨時ボーナスが次々に入り、忙しいなからも一様に明るい顔をしていた。
「有難いことだけど、休養はちゃんと取るようにね。無理をして体を壊してはいけないよ」
「もちろんですとも。商会長のご命令を無下にするものなど、この商会にはおりませんよ」
 なんだろう、この絶大な信頼感は。何だか逆にこちらが不安になるな。みんな忙しく働いているが、掃除機のお陰か思ったよりも作業場が片付いているようた。一部を除いて。
「な、なんですの、あの汚れ物の山は」
 クリスティアナ様が目にしたのはその一部だ。そう、洗濯物が山のように、いや、山になっているのだ。すでに雪崩は起きており、徐々にその裾野を拡大しつつあった。
「申し訳ありません。どうしても時間の掛かる洗濯物が後回しになってしまうのですよ。これはもう、洗濯のために新しい人を雇ったほうがいいのかもしれません」
 工房での作業は服が汚れやすい作業があるようで、この商会では効率アップのために作業着を着用することになっていた。ところが、作業着の洗濯は手の空いた工員がすることになっていたため、忙しくて手が離せない現状では誰一人として時間の掛かる洗濯をする人は居なかった。
 一体何人分用意してたんだよ!と突っ込みたくなるくらいの作業着があったようで、本当に山になっていた。これは不味い。ここまで忙しくなったのは自分のせいでもあるので、その対策に乗り出すことにした。
「洗濯機を作ろうと思います」
「また唐突にシリウスが変なこと言い出した~!なんとなく何を作るかは想像つくけど、勝手に洗濯する魔道具なんて本当に作れるの?」
「フッフッフッ、私にいい考えがある」
「何か、失敗しそうな予感がする」
 失礼な。私、失敗しませんから。
 今から作る洗濯機はドラムが横向きに回転する洗濯機だ。副商会長に廃材を使う許可をとって、クラフトの魔法でサクッと洗濯物を入れるドラムを作った。錆びないようにステンレス製にしてあり、水と空気が通り抜ける穴を無数に空け、洗濯物がバラバラになるように凹凸をいくつかつけてある。
 ここは魔道具を作る工房だけあって色んな素材がそこらじゅうに転がっている。わざわざ1から集める必要がないのでとても楽だ。
「この中に汚れ物を入れるのですわねって、縦じゃなくて横ですの?」
「縦でもいいのですが、横向きにしてみようと思います。その方が洗濯物をバラバラにしやすいですし、水と風をうまく当てられるのではないかと思っているのですよ」
 効率よく水と風を使うことができれば、魔力の節約になる。魔道具を作る上で大事なのが使う魔力の削減だ。これによって稼働時間が大きく変わる。使う度に新しい魔石を入れ換えるのは、ちょっと問題かも知れない。貴族はいくらでも魔石を用意できるが、一般人向けにするなら費用が掛かりすぎて使われないだろう。
 ドラムを支える本体を水に強い木材を使って作成し、底面に排水用の穴とドラム回転時に本体が動きまわらないように重りを着けた。ひとまずはこれでよし。
「あっという間に形が出来上がりましたわね。いつ見ても仕事が早いですわ。あとはこれに魔方陣を組み込むだけですわね。今回は何の魔方陣を使うおつもりなのですか?」
「今回は、風を送り出す魔方陣と水を出す魔方陣、それに周りを暖める魔方陣を使う予定です」
「火を出す魔方陣はありましたが、周りを暖める魔方陣などなかったと記憶しているのですが?」
 作業を食い入るように見ていた副商会長が質問してきた。いい質問だね。
「私が紐解いた魔方陣の中に寒さをしのぐために体を暖める魔方陣があったのですよ。今回はそれを使おうと思っています」
「なんと!魔方陣を解読できるのですか!?」
「ええ、ですが簡単な物だけですけどね。複雑なのは流石に無理ですね」
 やろうと思えばできるのだが、それを言うと魔方陣の解読に忙殺されそうなので、できないことにしておいた。暗号解読は時間が掛かりすぎる上に部屋に籠りっぱなしになるので自分には向いてなかった。そのうち自動翻訳魔法でも造ろうかな?
「暖める魔方陣はお日様の代わりというわけですのね。水の魔方陣は洗濯物を洗うのに使うとして、風を送る魔方陣はどのように使うのですか?」
「風の力を利用して洗濯物の水気を吹き飛ばします。ついでにドラムも回転させます。」
 洗濯機の構造はこうだ。
 まず洗濯物を入れてドアを閉める。そうすると水の魔方陣が発動し、水を放出する。その勢いでドラムを回しつつ、ついでに洗濯物にも水を噴射し、汚れを落とす。
 ある程度の時間経過後、次は風の魔方陣にバトンタッチ。今度は風の魔方陣でドラムを回転させ、洗濯物に風を吹き付けて水気を吹き飛ばす。その後、暖める魔方陣でとどめをさす。
 問題としては、排水口から水が垂れ流しになり続けることと、石鹸が使えないことだ。汚れがひどい場合は別で洗濯してもらう必要がありそうだ。
 いや、ちょっと待てよ。そういえば、汚れを分解する魔方陣が刺繍の図案として残っていたな。本来は衣服やハンカチなどに刺繍として魔方陣を組み込み、汚れを防ぐために使う魔方陣なのだが、水の魔方陣に一緒に組み込むことができないだろうか。そうすれば、汚れを分解する水ができあがるかもしれない。
 思い立ったが吉日。早速水の魔方陣を改良して実験してみた。改良した魔方陣、浄化水の魔方陣の水を桶に溜め、その中に汚れのひどい洗濯物をいれた。するとみるみるうちに汚れが分解され、綺麗になった。どうやら魔方陣の改良は巧くいったようだ。しかし、である。
「もうこの水に洗濯物を浸けるだけでいいんじゃないかな・・・」
 そうなのだ。わざわざドラムに水を注ぎ、回転させて汚れを落とす必要性がなかったのだ。
 この浄化水を桶などに溜めて、そこに洗濯物をいれておくだけ。頃合いを見て引き上げれば、汚れは綺麗さっぱり落ちているというわけだ。
 でもそれだと、せっかく作ったドラムが無駄になるので、脱水乾燥機として使うことにした。
 風の魔方陣で脱水し、風と暖める魔方陣で素早く乾燥させる。雨の日もバッチリ洗濯できるぞ、そう自分に言い聞かせて。
「な、なんですの、この水は!?汚れが瞬く間に落ちていきましたわ!ただの水、ではありませんよね?シリウス様?」
 また何かヤバい物を作ったでしょうという呆れを含んだ声が隣から聞こえた。またヤバい物を作ってしまったか、と思ったが、今さらだと諦めた。俺のほとばしる熱い感性がいけないのだ。
「これは水の魔方陣を改良した魔方陣、その名も浄化水の魔方陣です」
「な、何だってー!!」
 フェオ、それ、言ってみたかっただけだよね?全力で今を楽しむ姿勢、嫌いじゃないよ。
 あ、エクスは相変わらず尊敬の眼差しで俺を見てくれるのね。ありがとう。
「浄化水の魔方陣ですと!?それに魔方陣の改良などできるのですか!いやはや、商会長はとんでもない方ですな」
 とんでもない方なのかどうかは分からないが、できたものはできたのだ。今さら何を言ってもしょうがないね。
 予定とは少し違うが、蛇口を捻ると浄化水が出る魔道具と、脱水乾燥機の魔道具を作り上げた。
 性能試験のため、すぐに洗濯が始まった。
 大きな桶に浄化水を溜め、洗濯物を浸ける。その後、脱水乾燥機に入れて洗濯物を乾かす。
 洗濯物を浸ける時間は30分もあれば十分であり、その間はほったらかしでいいので非常に楽だった。
 水気を含んだ洗濯物も、すぐとなりに設置した脱水乾燥機に入れて扉を閉めるだけで終わるので、これまでの洗濯物を絞る作業がなくなった。この作業も大変だったので、大いに喜ばれた。
「あれだけの洗濯物があっという間に・・・」
「素晴らしい。家に欲しい」
「俺、買うわ。かーちゃんが喜ぶ」
 工員の反応も上々のようだ。あとはこの浄化水器と脱水乾燥機を量産すればオッケーだ。
 でも、需要があるかは分からない。ここは慎重に市場の反応を見るべきではなかろうか。
 そう思っていたのだが、副商会長はこの2つの新しい魔道具は絶対に売れる、と太鼓判を押し、力の限り量産する、と高らかに宣言した。それを聞いた工員達も歓声を上げ、早速生産のための準備に取り掛かった。
「商会長、値段は如何致しますか?」
「そうだね、広くみんなに使ってもらいたいから、なるべく安くで。でも、中身は同じだけど、見た目を豪華にした貴族向けの物も作るように。こっちは高くて構わないよ。見た目のグレードを変えた物をいくつか作って、より高級品を持っているのが貴族としてのステータスになるようにしよう。そうすれば貴族から金をむしりとれるぞ。そうだ、俺の家で使うようにとびきり豪華な奴を作ってよ。お母様に大々的に宣伝してもらうからさ」
「なるほど、そこまでのお考えがあるとは!感服いたしましたぞ。では庶民向けにリーズナブルな物と、貴族向けにゴージャスな物を用意いたしましょう。それに宣伝までしてもらえるとは、感謝の極みにございます。すぐに用意いたします」
 ざっくりとした方針が決まり、副商会長が深々と頭を下げた。これで貴族からお金を集めることができる。この資金は新たな魔道具の開発費用に当てよう。
「なんというお考えですの。正しいのかもしれませんが、中身が同じ物を少し外見を変えただけで高く売るなんて・・・」
「見てよ、あの顔!絶対悪巧みしてる顔だわ」
 ニヤニヤする俺の顔を見て二人が何やら話している。
「あ、クリスティアナ様のお母様の分もゴージャスなのを用意しておきますので、大いに宣伝して下さいね。豪華な物ほど貴族のステータスであると!」
「鬼ですわ」
「クリピーも大変だね・・・」
 浄化水器と脱水乾燥機は飛ぶように売れた。貴族界隈ではどのグレードの物を使っているかが一種のステータスとして定着し、その豪華絢爛さを競い合っていた。何もかもが計算通り。
 そして売れれば売れるほど俺の懐が潤っていった。だが残念ながら、そのお金の捌け口は見つかっていなかった。当然、三人娘に湯水のように使おうとしたのだが、無駄遣いするなと窘められた。
 俺よりもずっとしっかりしている奥さんズであった。
 どうしよう、このお金。
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