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ブートキャンプ

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 「まさかこの城に妖精が封印されていたとは・・・」
 「誰、このオッサン」
 「こちらの方は私のお父様、ジュエル王国の国王ですわ!」
 フェオちゃんのぞんざいな口の聞き方に、クリスティアナ様が慌てて国王を紹介した。
 ここは城の中の執務室。普段は限られた人しか入ることが許されない、とても機密性が高い場所だ。
 妖精であるフェオと主従関係になったあと、どうしても国王にその事を報告して欲しいとクリスティアナ様専属使用人に頼まれて、この部屋にやってきた。
 「ふ~ん、シリウスの方がよっぽど王様っぽいけどね」
 人間の国王など知らんと言った口ぶりであり、態度も改める気も無いようだ。
 クリスティアナ様がアワアワし出したので、代わりに紹介した。
 「国王陛下、妖精のフェオです。縁逢って、主従関係を結ぶことになりました」
 「妖精と主従関係を結ぶとは驚いた。妖精などお伽噺の話だとばかり思っていたよ。もしかして、お伽噺の通り強力な魔法が使えたりするのかい?」
 国王陛下が読んだお伽噺に妖精が強力な魔法を使う描写が本当にあったのかどうかは分からないが、早速、国王が探りを入れてきた。
 「もちろんよ。この国くらいなら、小指でチョイよ」
 フェオが可愛い小指とちょこんと弾いた。こちらも本当かどうかは分からない。だが、真意のほどが分からない故に国王陛下は危機感を覚えたようだ。
 「フェオ、あまり物騒な事を言ってはいけないよ。フェオの力を借りなくても、ガーネット公爵家だけでも王国と互角に渡り合えるのだからね」
 その上で妖精の力も加わる。国王陛下の顔色が一層悪くなった。
 「シリウス、あんたも大概物騒な事を言ってるわよ」
 これは脅しだ。フェオやこちら何か側に手を出せば、それ相応の報いを受けることになるだろう。
 「クリスティアナがシリウスの婚約者で、本当に良かった・・・」
 国王陛下は心の底からそう呟いた。クリスティアナがシリウスと結婚すればこの国は安泰だろう。シリウスはガーネット公爵家を継ぐ。そしてクリスティアナの実家はここだ。両者の結びつきはより強固なものとなる。

 「魔王の杖?そんな物があるなんて、聞いたことないわ」
 城に用意された自室にて、早速、例の杖の事を聞いてみたが、どうやら存在していないようだ。ならば、ゲーム上でラスボスの魔王が持っているが故に、便宜上、そう呼ばれるようになった可能性がある。
 つまり、俺が今使っているその辺に売っていたありふれた杖でも魔王の杖と呼ばれることになる可能性があるということだ。
 「あとは自分の意思次第、という訳か」
 ふう、とため息をついた。魔王の杖を探すだけ無駄かもしれない。なるようにしかならないのかな?
 「な~に~?その魔王の杖とか言うのが欲しいわけ?だったら代わりに、フェオちゃん特製の妖精の杖をあげよう」
 「いや、いいです」
 即答した俺に、フェオがそんな!という顔をしていた。そんなにショックか?だがしかし、何かその杖もヤバイ杖のような気がする。そして、もう1つの可能性に気がついた。
 もしかすると人間が勝手に魔王の杖と呼んでいるだけで、本当は違う名前の杖なのかも知れない。そしてそれが妖精の杖なのかも・・・
 今後は強力な力を持つとされる杖を全て疑ってかかった方がいいだろう。そして、怪しい杖は、へし折ろう。
 「えぇ~つまんない~」
 「ちなみに、フェオさんや、その妖精の杖はどんな杖なんだい?」
 「ふっふっふ、使う魔法の威力が数万倍になる楽しい杖よ!」
 フェオが物凄くいい顔をして、胸を張り腰に手を当てて言った。それヤバいやつー!!!
 「数万倍って・・・フェオさんや、君は私を魔王にしたいのかい?」
 「あれ?魔王になりたいんじゃなかったの?」
 「違いますぅー」
 これは勘違いされているな。あとでしっかりといい含めておかないと、あることないこと言われそうだ。この場で妖精の杖をもらってすぐにへし折ったら、フェオちゃん泣くかな?ちょっとそれをやる勇気はないかな・・・
 「黄金色の魔力を纏ってるし、いけると思うんだけどなぁ」
 「・・・」
 口に饅頭でも詰めて、今すぐ黙らせるべきか、真剣に悩んだ。

 城に滞在するようになってから数日が経ったが、図書館と自室を往復する日々は続いていた。今は世界中の有名な杖について調べている。
 「流石に図書館との往復と、クリスティアナ様との散歩だけでは運動不足になるな。何だか体も鈍ってきた感じがするし、何か運動する方法を考えないと太るかもしれない」
 太る、という単語にクリスティアナ様がピクリと敏感に反応した。
 「それならば、城の騎士達の訓練に一緒に参加するのはどうでしょうか?訓練施設は城の敷地内にもありますし、そこならいつでも自由に参加することが出来ますわ」
 「なるほど、それはいい考えですね。実家にいた頃も騎士の訓練に参加させてもらっていたので、丁度いいですね」
 「ふ~ん、人間って、大変ね。私は太らないから運動なんて必要ないわ」
 フェオが胸を反らせて答えた。確かに魔力さえもらえれば大丈夫と言っていたし、人の物を食べるのはただの興味からなのかもしれない。でも本当に太らないのかな?ちょっと疑問だ。
 「じゃあフェオは留守番だな」
 「い・や・よ!そんな面白そうなこと、見過ごすわけないじゃない。そうだわ!訓練してる人間達の体重を重くして、どれだけ耐えられるか試すのも面白いかも!」
 さも良い考えだとばかりに両手を叩いた。戦闘民族が量産される恐れがあるので、取り敢えず止めよう。
 「フェオ、騎士達はこの国を守れるように真剣に訓練しているんだよ。イタズラするのは控えた方がいいかな」
 ダメ、絶対!というと、へそを曲げる恐れがあるのでやんわりと諭した。妖精にへそがあるのかは知らないが。
 「え~、しょうがないなぁ」
 口を尖らせて不服そうではあったが、理解してくれたようだ。


 2

 「これが、真剣な騎士の訓練?」
 フェオが首を傾げた。その姿は可愛らしくどこか美しいものであったので、つかの間、現実逃避させてくれた。
 そう、現実逃避したくなるほどの光景だった。
 訓練する騎士達に覇気はなく、毎日やらないといけないから仕方なくやってます感が、これでもかと言うほど滲み出ていた。
 そこにいる騎士達の腹を見て欲しい。本当に騎士として動けるのか疑問である。
 「クリスティアナ様、ここで訓練をしている騎士達はどのような役目を持っているのですか?」
 精鋭ではないのは確かだ。では、何の為にいるのか。
 「ここにいる騎士達はエリート揃いで、主に作戦を練ったり、作戦終了後の報告書を作成したり、後方支援用の物資の手配と配分をしていると聞いていますわ」
 なるほど、騎士というより文官、ということか。それでもその腹はないな。たるんでおる。心身共に。
 「これはこれはクリスティアナ王女殿下、こんな場所までようこそおいで下さいました。そちらのお方はシリウス様ですな。噂はかねがね伺っておりますよ。私はアイザックと申します」
 この場を取り仕切っている隊長格の人物がやってきた。
 上に立つだけあって、騎士としての立派な体格と格好をしていた。年齢は50前後だろうか。
 「シリウスです。お世話になります、アイザック隊長」
 深々とした礼をとろうとした所を、隊長に止められた。
 「お止めください、シリウス様。シリウス様は将来、クリスティアナ王女殿下の伴侶となられる方。ならば、我々の仕えるべき方と同格です」
 公爵家の者に頭を下げられるとは思っていなかったのか、とても慌てていた。
 「シリウスってもしかして偉いの?ハハーッてした方がいい?」
 「いいや、ただの親の七光りだよ。そんな事しなくてもいいよ。堅苦しいの、嫌いだし」
 フェオに率直な感想を述べた。フムフムと可愛く頷いていた。やばい、なんか撫でたくなってきた。
 「こちらには如何なる御用でお出でになられたのですか?」
 「あれ、クリスティアナ様から聞いていないのですか?訓練に参加するためにこちらへ来たのですよ」
 「まさか、本気だったのですか!」
 騒ぎに気がついた騎士達が訓練を止め、こちらの様子を伺っていた。人、それをサボりと言う。
 「ええ、本気(マジ)です。と言うわけで、今日から参加させていただきますね」
 ニッコリと微笑んだ。隊長とその後方からこちらを向いている騎士達に向かって。
 「シリウス、いやらしい顔してるわよ」
 「失敬な。真面目に、真剣に訓練をするだけなのに」
 騎士達の顔が引き攣った。
 それはそうだろう。お偉方が来ていたら、訓練で手を抜くわけにはいかない。
 「シリウス様、早速始めましょう!」
 「え、クリスティアナ様も参加するのですか?」
 さすがにクリスティアナ様も一緒にやるとは思わなかったので驚いて聞き返した。確かにクリスティアナ様も運動不足なのかもしれないが、騎士の訓練に参加するのはどうだろうか。
 「勿論ですわ。一緒にやって絆を深めましょう!」
 どうやら、先の国王陛下との会話を気にしているらしい。何としてでもこの婚約を成立させなければ、ジュエル王国の危険が危ないと。
 さっきのは話は軽い脅しで、本当にそんな事するつもりは無いのに。多分。
 「え~、お邪魔虫つきなの~?」
 フェオ君、クリスティアナ様を煽るのは止めなさい。
 ひょっとして、フェオと俺との関係に危機感を感じているのだろうか?体格的に、無理だと思うのだが・・・
 お邪魔虫と言われてムッとした様子をのクリスティアナ様。頬を少し膨らませていた。
 「フェオの方がお邪魔虫でしょう!」
 「あ!今、虫扱いした?」
 今度はフェオが頬を膨らませた。
 どっちもどっちだと思う。似た者同士、意外と仲がいいのかもしれない。
 「王女殿下も参加されるのだ。お前たち、日頃の鍛錬の成果をしかと見せよ!」
 ここぞとばかりに隊長も煽った。さっき見た訓練風景はきっと不本意なのだろう。俺たちのせいで訓練が厳しくなったと恨みを買いたくないので、我々を巻き込むのはやめて欲しいのだが。
 そんな訳で、始まった王宮騎士との合同訓練。だがしかし、始まってみると公爵家で毎日やっていた訓練に比べると全然大した事なく、むしろ楽に感じた。
 流石にクリスティアナ様は途中で無念のリタイアをしているが、涼しい顔で訓練に付いてくる俺の姿に、騎士達は危機感を募らせているようだ。
 貴族よりも、子供よりも頑張らなくはならない。騎士たちは必死になって何とかついてきていた。
 そのことに気がついた隊長は、段々と訓練をより厳しいものへとシフトチェンジしてきた。
 それでも涼しい顔で付いていくと、遂に騎士の中に脱落者が出始めた。
 「どうしたお前ら、騎士の誇りはどうした!守るべき方よりも先にへばってどうする!そんなもので栄えある王宮騎士が勤まるか!!」
 隊長の怒りはごもっとも。これまでは自分たちの強さを比較する対象がなく、普段の訓練メニューくらいなら何とかこなせるので強く言えなかったのだろう。それでもこの様はないな。この程度の訓練についていけないようでは有事の際にクリスティアナ様を守ることはできないだろう。いつも側に俺がついていればいいが、結婚するまではそうはいかない。
 第一王女に命を狙われる可能性にだって、なきにしもあらずなのだ。
 「確かにこの程度の訓練についてこれないのは問題ですね。公爵家で毎日行っている訓練の半分以下ですよ」
 「おお!さすがは名だたる屈強な騎士団を所有するガーネット公爵家。シリウス様、良ければ彼らに渇を入れてやって下さい」
 「え?いいんですか?」
 騎士達の顔色が悪くなった。くっくっく、日頃から手を抜いて訓練をしていた報いを受けるがいい。
 「いいですとも!」
 隊長がノリノリで言った。どうやら相当腹にため込んでいたものがあるようだ。
 「それではフェオさん、やってお仕舞いなさい」
 「アイアイサー!」
 フェオがノリノリで電撃を放った。どうでもいいが、一体どこでそんな言葉を覚えて来るのか。
 「シババババッ!」
 「ヒギャアー!」
 「アババババー!」
 電撃自体はそれほど強くはないようだが、ビリッとはきたらしい。十分な効果があった。
 うんうんと頷きながら効果を確かめていると
 「お、鬼・・・」
 「悪魔がいる・・・」
 と騎士達から非難の声が上がった。
 「ほう、君たちまだ余裕があるみたいですね?」
 「スミマセンでしたー!!」
 その後は皆、力の限りを振り絞って訓練を行った。
 「今日は模擬戦ができなかったので、明日は模擬戦もやりたいですね」
 ニッコリと微笑む。騎士達の顔が明日も来るのか、と絶望の色に染まった。いい気味だ。
 「おお!明日からが楽しみですな!」
 隊長が元気よく応えた。
 「シリウス、まだやるんだ・・・」
 さすがのフェオもまだまだやるつもりでいる俺に呆れていた。
 後日、誰が言ったか存ぜぬがいつの間にかに俺が参加する訓練は、鬼と悪魔のブートキャンプ、と呼ばれるようになっていた。
 余談ではあるが、厳しい訓練を課された騎士達は、本来持っていた素質を遺憾なく発揮し、屈強な騎士へと変貌を遂げていった。
 そして俺が側を通ると、常に美しい姿勢で敬礼を行うようになった。
 どうしてこうなった・・・
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