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国王陛下の憂鬱

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 朝、ベッドの中でゴロゴロする。そう言えば隣の大陸では布団の中でゴロゴロするのが気持ちよかったな。今度店主に頼んで、畳の上に布団を敷いてもらおうかな。リリアもベッドから出たくないのか、起きているはずなのに起きようとしなかった。

「兄貴、姉御、そろそろ起きた方が良いですよ。朝食を食べずにお城に行くつもりですか?」
「ピーちゃん殿の言う通りですぞ。そろそろ起きて下され。我ら、アーダン殿から殿と姫様を起こすようにと仰せつかっておりますぞ」
「真面目だな、二人とも。調子が悪いから今日は寝とくって言っておいて」
「なりませんぞ、そんなこと!」

 カゲトラが小さな体で必死に揺さぶってきた。ずいぶんと真面目な性格をしているようである。隣で両方の羽を広げ、すでにあきらめたかのようにお手上げ状態になっているピーちゃんとは大違いだ。

「大丈夫よ。怒られるのはあたしたちだからさ」
「なればこそ、なりませぬ! さあ、さあ!」

 根負けした俺たちは渋々ベッドから起き上がった。リリアは店主おすすめの浴衣姿である。俺も同じものを着ているのだが、この浴衣、胸元が若干、いや、かなり緩いんだよね。リリアが前かがみになるたびに胸の谷間があらわになって、ものすごく気になる。

 俺がそんなことを思っているとはつゆ知らず、リリアがいつもの服装になった。残念な気持ちになりながらも服を着替え食堂へと向かった。そこにはアーダンの姿があった。

「おはよう、アーダン」
「おはよう、フェル、リリア、ピーちゃん、カゲトラ。二人とも、ちゃんとフェルとリリアを起こしてくれたんだな。ありがとう」
「当然のことをしたまででござる」
「そのまま寝ようとして大変でしたけどね」

 それを聞いて苦笑するアーダン。そこにジルとエリーザの姿はなかった。まさか。

「ねえ、残りの二人は?」
「……まだ寝てる。ジルはたたき起こすが、さすがにエリーザの部屋には入れん。そこでリリアに頼みたい」
「ウフフ、任せてよ!」

 楽しそうに笑うリリア。危険だ! エリーザ、早く起きて来るんだ。どうなっても知らんぞー!
 起きてこない二人は置いておいて朝食を食べる。その間もリリアは楽しそうに、「雷にしようかな~、それとも水? いや、氷が良いかな~」と楽しそうにつぶやいていた。何ならアーダンが「ジルのことも頼む」と言っていた。どうなっても俺は本当に知らないぞ。

 無事に朝食を終えると俺たちはエリーザの部屋へと向かった。一応、エリーザに最終通告はした。

「ダメだな。起きてこない。リリア、頼んだぞ」
「任せてよ!」

 ウキウキとした足取りで部屋の中に入る。すぐにエリーザの悲鳴が上がった。

「キャー! 何、何? り、リリアちゃん!? ちょ、ちょっと、やめてー!」
「アヒャヒャヒャヒャ!」

 リリアの笑い声が廊下に木霊した。一体何をしたんだ。しばらくすると、グッタリとした様子のエリーザが部屋から出て来た。恨めしそうにこちらを見ている。

「アーダン、どうして止めないのよ?」
「ちゃんと起こしたぞ。それでも起きなかったエリーザが悪い」

 一体どんな魔法を使っていたのか。どうやらエリーザは本気で今日は部屋から出ないつもりだったらしい。行きたくないのは分かるけどさ。俺たちよりも本気度が違うな。
 顔を洗いに行くエリーザを見送って、次はジルの部屋に向かった。

「頼んだぞ、リリア」
「合点!」

 ウキウキとした足取りで部屋の中に入っていった。ジルにいたっては、最終通告すらなかった。どうやら安全が保証された場所で寝るジルは、よほどのことがない限り起きないようである。

「アバー!?」
「アヒャヒャヒャヒャ!」

 リリアの笑い声が廊下に木霊した。一瞬、パーンっていう雷が鳴ったような音がしたけど大丈夫なのか? 部屋から髪の毛が爆発した状態のジルが出て来た。

「プッ、アハハハ」
「ジル、大丈夫……プッハハハハ」

 まさかの髪型に思わず笑う俺たちをジルが半眼で見つめていた。



 準備を整えた俺たちは予定通りに王城へと向かった。
 国王陛下は今回のことをかなり重要視しているようだ。ギルドマスターのラファエロさんが、俺たちを王城に登城させると約束するしかなかったと言っていた。宿屋に俺たちがいなかったときは相当焦っただろうな。

 アーダンたちも俺たちも王城に来るのは初めてではない。迷うことなく門番に身分証明の代わりに冒険者証を提示すると、すでに話が伝わっているのか、すぐに客室へと案内された。

「相変わらず落ち着かない部屋だな」

 部屋の中を見渡しながらジルがそう言った。その気持ちは分かる。調度品を壊さないようにするために、無駄に神経を使う部屋だと思う。

「昔のあたしたちなら静かに椅子に座って待つしかなかったけど、今はお金持ちだもんね。ちょっとくらい壊してもへーきへーき」
「それでもやっぱり気にしちゃうよね。いくらお金がたくさんあっても、中身はそんなにすぐには変わらないよ」

 そう言いつつ、リリアがイタズラをしないように、しっかりと両手で抱え込んだ。もしかすると、国王陛下のお気に入りの品があるかも知れない。むやみやたらに壊すのは良くないだろう。

「どのくらい待たされることになるのかしら。何だか気がめいってきたわ」
「エリーザ、まだここに来てから十分もたっていないぞ」

 アーダンが苦笑しながらそう言った。国王陛下も忙しいだろうし、いつになることやら。何なら国王陛下に話をするのではなくて、側近に話すやり方でも良いと思うんだけどな。その方がこちらの胃袋の負担も少なくてすむ。

 気長に待つかと思ってテーブルの上のお菓子に手を出していると、騎士が部屋の中に飛び込んできた。その慌てた様子にみんなの注目が集まった。

「あの、大丈夫ですか?」
「国王陛下より、謁見の許可が下りております。早急に謁見の間へ連れて来るようにとのことです。案内します」

 シャンと姿勢を正してそう言った。どうやら国王陛下は俺たちが来るのを待っていたようである。ずいぶんと聞きたいことがあるようだ。いや、もしかしたら、話したいことがあるのかも知れない。
 それぞれが顔を見合わせ、騎士に従って謁見の間へと向かった。

「待っておったぞ。ある程度のことは聞いているが、今一度、詳しく聞かせてもらいたい」

 思っていた以上に、精霊のことについて敏感になっているようである。フォーチュン王国にいた精霊は俺たちが討伐したことになっている。そのため、もう安心だと言っていたのだが、状況が変わったのかも知れない。

 俺たちはできる限り詳しく、代わる代わる話した。質問と答えを何度も繰り返し、全てのことを伝えたと思う。ただし、水の精霊であるカゲトラのことは除く。
 全てを聞き終えると、国王陛下の隣に控えている宰相と共にうなり声を上げた。

「よくぞ未曾有の大災害になるところを防いでくれた。万が一、水の精霊がさらなる力をつけて暴れ出したら、我が国の沿岸都市は大波で壊滅していたことだろう。王都フォーチュンも大きな被害を受けていたはずだ」

 宰相が頭を振り、ため息をついた。沿岸近くに王都があるのは考えものかも知れないな。でも、流通の面ではかなり便利なんだよね。だからこそ、王都になっているのだと思う。
 そして精霊が暴れ出すと、その近隣だけでなく、遠くの場所でも被害が出ることがハッキリした。近くに精霊がいないから安心というわけにはいかないのだ。

「君たちが火の精霊を討伐してから、国は総力を結集して精霊のことを調べ上げた。国内だけではない。他国のことも調べた」

 宰相はそう言って、目を細くてテーブルに視線を落とした。どうやら懸念事項があるらしい。俺たちは黙って続きを待った。ようやく宰相が視線を戻した。

「その結果、隣国であるベランジェ王国の辺境に風の精霊がいることが判明した」
「ベランジェ王国の辺境……フォーチュン王国との国境からは近いのですか?」
「いや、こちら側ではない。だがもし風の精霊が目を覚まし、他の精霊のように暴れ出せば、我が国にも被害が出る可能性は十分にある」

 風の精霊か。竜巻を作り出したりするのかな? それとも嵐を起こして、街に壊滅的な被害を与えるのかも知れない。いずれにせよ、国境など簡単に越えて来るだろう。油断はできないな。
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