上 下
150 / 214

海岸沿いのダンジョン

しおりを挟む
 キキョウの街に戻った俺たちはまずは情報収集を開始した。完全に日が暮れる前のこの時間帯ならまだまだ多くの人が行き交っている。今ならまだ十分に情報を集めることができるだろう。

「俺はあの荒野を教えてくれた人のところに行って来る」
「それじゃ俺たちは、古くからここで店を構えていそうなところを当たってみるよ」

 それぞれがバラバラに動き出す。この街のどこかに図書館や資料館があれば良かったのだが、あいにくそのような場所はなさそうだった。
 俺はリリアを連れてお店を回った。ピーちゃんはポケットの中に隠れてもらっている。

「北の荒野の先に何があるのかだって? 何かあったかしら?」
「どんな情報でも構いませんよ。報酬は支払いますので」

 考え込む店主にそう言うと、先代を連れて来てくれた。昔からこの辺りに住んでいるので、詳しいそうである。

「荒野の先ねぇ。そう言えばその昔、ダンジョンがあったって話を聞いたことがあるよ。確か『海岸沿いのダンジョン』と呼ばれていたはずさね。ずいぶん昔に攻略されたそうで、何も残っていないという話だよ」
「有力な情報をありがとうございます。これはお礼です」
「まあ! こんなにもらっていいのかい? ありがとうよ」

 俺は情報をもらったお婆さんにお金を渡すと、集合場所の食事処へと向かった。
 あの荒野の先にはダンジョンがあるのか。昔に攻略されてお宝は残っていないみたいだけど、どうやらダンジョンそのものは残っているようである。

 通常、すべてのお宝が見つかり、旨味のなくなったダンジョンにも冒険者は訪れる。それはダンジョンに魔物が湧くからである。魔物の種類によってはその魔石が旨味になるのだ。

 しかしこの国には冒険者がいないため、お宝を取り尽くされたら放置されるのだろう。それでもピーちゃんの話が本当なら、ダンジョンを作った古代人によって魔物の数は制御されており、増えすぎるようなことはないはずである。

「おかしいな。何かダンジョンに問題でも起こったのかな?」
「よくある問題の例としては、利用していた地脈が枯れて、魔物が湧かなくなることですね。それで捨てられた場所は結構ありますよ」
「それじゃあ、各地で見つかってる何もない洞窟は、ダンジョンのなれの果てだったりするのか」

 それらの何もない洞窟は冒険者の間では「ガッカリ洞窟」と呼ばれていた。地図にないダンジョンを見つけて喜んで中を調べるとお宝どころか魔物もいない。そりゃガッカリするよね。

「利用してる地脈が強くなりすぎて魔物が増えることはあるの?」
「ないと思います。ダンジョン内に存在できる魔物の数には制限があるはずですからね。そうでないと、自らの手で魔物の氾濫を引き起こすことになります。そんなことをすれば重罪ですよ、重罪」

 なるほど、確かにそうだな。自分の作ったダンジョンから湧き出た魔物が街や村を襲い、そこで大きな被害を出したら、責任問題に発展するのは間違いない。そんな危険を冒すようなことはしないか。

 制作者が予期しないダンジョンの暴走。何だか嫌な予感しかしない。胸の中にモヤモヤと深い霧を発生させながら宿屋に着いた。すでに他の人は戻ってきていたようである。

「遅かったな、フェル。報告の前に、まずは食事にしよう」
「ごめんごめん。その分、情報は手に入ったよ」

 そう言って夕食の注文をした。みんな俺たちを待っていてくれたようである。情報交換をすることを想定していたのか、部屋は個室になっていた。ありがたい。
 目の前には大きめの鍋が用意され、その中には肉や野菜がたくさん詰め込まれていた。どうやらこの鍋からそれぞれがさらに取り分けて食べる形のようである。

 鍋が火にかけられると、中に入っていた黄金色をしたスープがグツグツと小さな泡を出し始めた。赤と白の霜降りが入った肉の色が変わって行く。室内には良い香りが漂い始めた。
 ある程度煮詰まったところで食べ始めた。酢醤油が入ったお皿に具材をくぐらせて食べる。

「うーん、うまい。白いご飯が良く合うね。ほら、リリアもどうぞ」
「ありがとう。この国はこのご飯とおかずのセットが多いわね。パンはほとんどないみたいだわ」
「そうだね。それだけ食生活に違いがあるってことだね」

 この国の食は嫌いではない。何だか心が落ち着くような気がする。みんなもおなかがすいていたのか、しばらくは無言で黙々とご飯を食べた。一杯では足りなかったので、おかわりも頼む。

「フェルの話を聞こう」

 ある程度、夕食を食べたところでアーダンが切り出してきた。俺は先ほど聞いたダンジョンの話をする。そして先ほどピーちゃんとした会話も一緒に伝えた。

「というわけなんだよ。もしかしたら、ダンジョンから魔物があふれ出している可能性があるんじゃないかな?」
「俺もそう思うな。聞いた話によると、北の荒野にはそれほど魔物はいないと言う話だった。もっとも、その話も一年ほど前の話だったけどな」

 アーダンは荒野で出現する魔物の数について調べたようだ。その結果「普通じゃない」と判断したようである。ジルとエリーザも似たような話をしており、あの荒野に生息する魔物の数は少なく、これまで一度も魔物が街道まで出て来たことはないらしい。

「あのまま増えると、いつか街道まで出て来るかも知れないね」
「そうなると大変なことになりそうだな。この国の人たちは護衛を連れていないからな」
「それだけ治安が良いってことなんだろうけど、その分、魔物が出たら太刀打ちできないわね」
「どうしたものか……」

 アーダンが腕を組んで考えている。この国に冒険者は存在しないため、「ちょっとだれかダンジョンの様子を見に行ってくれないか」と頼むわけにはいかないのだ。キキョウの街を支配している人がすぐに動いてくれる人なら良いのだが、そこは未知数である。

「俺たちはよそ者だからね。俺たちが上に話しても、どこまで話が通ることやら」
「この街の人たちはどうやってお願いしているのかな?」
「さあね。そこから調べる必要があるわ。でもそれだと時間がかかるわね」

 この国に初めて来たばかりの俺たちにはその辺りが良く分からない。俺たちの国なら、冒険者ギルドに報告すればそこがうまく処理してくれるのだけど。これが文化の違いというやつか。隣の大陸に渡っただけで、これほどまでも違うとは思わなかった。

 だが良く考えると、俺たちの国がある大陸でも、国によって微妙な違いがあったな。冒険者ギルドはあるが、国とは協力はしないとか、人族以外の人種は認めない国とか。
 色んな文化の国があって、それぞれが自分の国が一番だと主張しているのだ。そりゃ争い事にもなるか。

 アーダンが結論を出すまで、俺たちは意見を差し控えた。それはアーダンに丸投げしているというわけではなく、アーダンなら正しい方向を示してくれるとみんなが信頼しているからである。

「よし、明日、そのダンジョンを見に行くことにしよう」
「了解。そのうちこの街を離れることになるけど、放置するわけにはいかないからね」
「ミスリルの刀の試し斬りはまだまだできそうだな」

 俺たちは自由な冒険者だ。やりたいようにやるのだ。

「問題はそのダンジョンについての情報が少ないことね。フェルの話だとずいぶん昔に忘れ去られたダンジョンみたいだから、新しい情報は手に入らないかも知れないわ」
「それも含めて、まずはダンジョンに行ってみよう。行けば距離が分かるし、魔法である程度の構造が分かるだろう?」
「そうね。ダンジョンの構造についてはあたしたちに任せてよ」

 リリアがドンと胸を張った。ダンジョンの下調べならお任せあれ。よほどの深い階層のダンジョンでなければ調べることができるからね。
 それを聞いて大きくうなずくアーダン。自分の判断が問題なしと確認できたようである。

「保存食にはまだ余裕があるから、場合によってはそのままダンジョンに入ることもできるわ」
「そこまでの緊急事態になっていなかったら良いんだがな」
「どうだろうな? あふれる寸前とかだったら、中に入って魔物を倒すんだろう?」
「そうなるだろうな」

 荒れ地にいた魔物はどれも大した強さはなかった。もしその魔物がダンジョンから出て来たのだとしたら、余裕をもって倒すことができるだろう。
 もしそれが集団になっていたら……広範囲魔法を使わざるを得ないだろうな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

婚約者が選んだのは私から魔力を盗んだ妹でした

今川幸乃
恋愛
バートン伯爵家のミアの婚約者、パーシーはいつも「魔法が使える人がいい」とばかり言っていた。 実はミアは幼いころに水の精霊と親しくなり、魔法も得意だった。 妹のリリーが怪我した時に母親に「リリーが可哀想だから魔法ぐらい譲ってあげなさい」と言われ、精霊を譲っていたのだった。 リリーはとっくに怪我が治っているというのにずっと仮病を使っていて一向に精霊を返すつもりはない。 それでもミアはずっと我慢していたが、ある日パーシーとリリーが仲良くしているのを見かける。 パーシーによると「怪我しているのに頑張っていてすごい」ということらしく、リリーも満更ではなさそうだった。 そのためミアはついに彼女から精霊を取り戻すことを決意する。

コントな文学『地獄すぎる』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
夕食後、リビングでウトウト寝落ちしたら・・・地獄のような時間が始まる!

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

処理中です...