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霊峰マグナへ

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 ギルドマスターのラファエロさんに依頼を頼まれてから数日後、俺たちは王都近郊の草原にやって来ていた。ここは国が所有する土地であり、王族以外は立ち入り禁止になっている。

 周辺の草は短く刈り取られており、青々とした芝が日の光を反射して輝いて見えた。そんな特別な場所に、俺たちは依頼主のラファエロさんが手配した馬車に乗ってやって来ていた。

「これ完全に国が絡んでるよね?」
「むしろあの依頼内容で国が絡んでいなかったら、それはそれで驚きを隠せないな」
「ですよね」

 分かってはいたけど、正直、国と言うか、国王陛下には会いにくいところがあった。
 だって「プラチナランク冒険者になったら挨拶に来い」って言われているのを完全に無視しているからね。

 どうしよう。「忙しくて今まで来られませんでした」って言って謝ったら許されるかな? そんな話をアーダンにしたら、「大丈夫だ。俺たちも無視してる」だそうである。ヤダ、かっこいい。

「国としては余計なことをして、別の国に行かれるよりかはよっぽどマシだと思ってるはずだぜ。そんなことになったら戦力ガタ落ちだからな」

 当然とばかりにジルが言った。ものすごい自信である。俺もそんなふうに肝っ玉が太かったら良かったんだけどね。残念ながら、まだその領域には達していなかった。

「見てよ、飛行船が来たわ!」

 エリーザが指差した方向を見ると、あのときの遺跡調査で見た飛行船がこちらに向かって飛んできていた。あれ、本当に飛ぶんだ。正直、疑ってました。
 遺跡では大きく見えた船体も、外で見るとそれほど大きくはなく、庶民が暮らす一軒家くらいの大きさだった。

「何か、思ったよりも小さいな」
「あ、ジルもそう思った? 俺もそう思う」
「あのときは周りが薄暗かったからな。その分、大きさが分かりにくかったのかも知れんな」

 アーダンも同じ感想のようである。飛行船は俺たちが話している間にも、徐々にこちらに近づいていた。そしてついに、目の前に降り立った。
 飛行船の中から、鼻の下に黒いヒゲをつけた人物が下りてきた。

「アーダン率いる『勇者様ご一行』で間違いないな?」
「ああ、そうだ」

 勇者様ご一行!? 俺たちのパーティー名ってそんな名前だったの!? 初めて聞いたんだけど。この名前を考えたの、ジルだよね? リリアじゃないよね?

 驚いてジルの方を見ると、その顔は満足そうだった。間違いなさそうだ。そしてジルを見たのは俺だけではなかったらしく、リリアとエリーザも目を大きくして「まさか!」みたいな表情で見ていた。たぶん俺も同じような顔をしていたんだろうなぁ。

 そしてその名前を言って、聴いて、それでも顔色を変えないアーダンと黒髭のおじさんに拍手を送りたかった。何というポーカーフェイス。俺なら途中で吹き出してたね。

「アーダン、いつの間にそんなパーティー名になってたの?」

 エリーザが目を細くして尋ねた。本当に初耳のようである。もしエリーザがその場にいたら、絶対に止めてくれていたはずである。

「ギルマスにそろそろパーティー名を考えておくように言われてな。急遽、ジルと相談して考えた」
「相談する相手、間違ってるんじゃないの?」
「あたしもそう思うわ」

 リリアも半眼でアーダンを見ていた。アーダンは「みんなに相談したらいつまでたっても決まらないだろう?」と言って笑っていた。どうやらアーダンはパーティー名にはこだわらない派のようである。

 まあ確かに、パーティー名なんて名乗ることなんてほとんどないからね。俺もライナーやレイザーさんたちのパーティーが何て言う名前なのか知らない。パーティー名なんてそんなもんだ。気にしたら負けだ。合言葉くらいに思っておこう。

「オホン、えー、私がこの飛行船『エバーグリーン』の船長のブラウンだ。よろしく頼む。まずは霊峰マグナの近くにあるキャンプ地まで向かうので乗ってくれ」
「分かりました」

 俺たちはブラウン船長の指示に従って飛行船に乗った。途中でリリアが「そこはグリーンでしょ」とつぶやいたのを聞いたジルが吹き出したが、俺は何とか耐えきった。ジルは不審な目で見られていた。

 飛行船が空へと舞い上がった。始めて空を飛んだ、アーダン、ジル、エリーザの三人が小さな歓声を上げた。このフワリとした感触に思わず声を上げたようだ。俺とリリアは慣れているので何ともない。むしろ、こんな緩やかな上昇じゃなくて、急上昇、急旋回をするので、歓声ではなく、悲鳴を上げることになるだろう。

「二人は余裕そうだな」
「まあ、空飛べるからね。珍しくはないかな?」
「もし何かの手違いでこの飛行船が落ちても、あたしたちは問題ないからね」
「そこは俺たちも助けて欲しいぞ」

 アーダンが苦笑いしてる。もちろんそのつもりである。リリアだってやるときはやるはずだ。

「どうして俺たちを乗せてくれたのかな? 今から向かうキャンプ地で合流しても良かったんじゃないの?」
「俺たちに空の旅を慣れさせようと思ったんじゃないのか? 船は乗ったことがあるだろうが、空の旅はないだろうからな」

 確かにそうかも知れないな。この時点でダメだったら、霊峰マグナまで飛んで行くことはできないだろう。アーダンは平気そうだな。他の二人は……元気そうである。これなら問題なさそうだ。

 飛行船の速度はそれほど速くはなかった。だがしかし、地形を気にせずに真っ直ぐに目的地まで行くことができるので、馬車や船で移動するよりもはるかに速く進むことができる。
 これが日常でも使えるようになれば、だれもが気軽に世界中を旅することができるようになるのにな。

 遺跡で見つかった書物は、まだ全てが解読されていないはずだ。書物の中に、他にも飛行船が保管されている場所が書いてあれば、そんな日がやって来るのかも知れない。
 それに、飛行船の動かし方が分かるということは、もしかすると作り方も分かっているのではないだろうか?

 それならば、数年後にはこの時代の技術で作った飛行船が、空を飛ぶ日が来るのかも知れないな。ちょっと楽しみになってきたぞ。
 甲板から見下ろす景色は、草原から、ゴツゴツした岩山へと変わっていた。どうやらこの山を越えて行くようである。

 確かこの山を越えれば、例の枯れ木が並ぶ景色が見えてくるはずだ。キャンプ地はその辺りにあるのかな? そこには枯れ木しかないから、平らな場所を確保するのは比較的簡単だろう。

 あの枯れた森にはまだ魔物が集まってきていないようである。そうでなければ、魔境をキャンプ地にしようだなんて思わないはずだ。
 山を越えると、予想通り、亡霊のように枯れ木が並ぶ大地が見えて来た。

「いつ見ても嫌な景色だね」
「そうね。火の精霊が鎮まったら、また元の景色に戻るのかしら?」
「そうだといいけどね」

 俺たちが話していると、船員もこの景色を見に来たようである。そしてそれを見た人たちは全員が顔色を悪くしていた。きっと話でしか聞いていないのだろう。恐らく、この景色を見るまでは信じていなかったのかも知れない。

 眼下にいくつものテントが見えて来た。煙が上がっていることから、何か火を使った料理でもしているのかも知れない。テント周辺の木はキレイに切り倒されており、切り株も撤去されているようだ。

 飛行船が着陸するのに十分な広さがあるし、船長が言っていた目的地のキャンプ地はここで間違いがないだろう。

「みんな、ついたみたいだよ」

 俺がそう言うと、みんなが甲板の縁にやってきた。飛行船は徐々に地面へと近づいて行く。下にいる人たちがこちらに向かって手を振っているのが見えてきた。

「思ったよりも揺れなかったな。風でもっと揺れると思っていたのに」
「この船には風を打ち消す魔道具が積み込んであるみたいだわ。そのおかげで船が揺れなかったのよ。でも魔力をどんどん使うから長期飛行には向いていないわね。それで魔力を補充するために、一度キャンプ地を経由するのかも知れないわね」

 リリアのありがたい説明を俺たちは静かに聞いていた。
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