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第五章

南の島

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 これは思った以上に快適だな。セスナ機よりも静かだし揺れもほとんど感じられない。特殊迷彩も起動しているので、下から認知される危険性も低いだろう。
 それに今はそれなりの高度で飛んでいる。空を飛ぶ魔物でもなければ見ることさえできないだろう。

「なかなか良い眺めじゃないか」

 上機嫌で言ったのだが、返事は返って来なかった。ちょっと寂しい。それを見かねたのか、リリアが気を利かせて返事をくれた。

「確かに良い眺めね。でも慣れるまでには時間がかかりそうよ。こんなに高い場所なんて初めてだわ。雲が下にあるだなんて、本当に夢のようだわ」

 なるほど、確かにそうかも知れないな。俺もこれが夢だと言われても納得だ。だが操縦かんを握る手も、そこから伝わる少し冷たい金属の感触も、どれもが現実だと告げている。

「お、もう大森林を抜けるみたいだな。一端近くの平原に降りてから、青の森に戻るとしよう」
「もう着いたの? 早すぎない」

 アベルが驚くのも無理はない。俺たちが一週間ほどかけて移動した距離を一時間足らずで通過したのだから。魔導船は思った以上にスピードが出るようだな。これなら南の島を探すのも簡単なのかも知れない。

 予定通りに着陸すると、すぐにリリアが魔導船をしまった。着地したあとが危険だな。しっかりと安全な着陸地点を見つける必要がありそうだ。

「ダナイ、お疲れさま」
「ありがとよ。だが、それほど疲れてないよ」

 操縦席は思った以上に快適だった。さすがに自動運転はないみたいなので、離れることはできなかったが、もう一人座れるスペースがある。今度はリリアをそこに誘ってみるかな?

「上から見る景色はすごいけど、慣れるまでは時間がかかりそうだよ」

 アベルが苦笑いしながら言った。この世界の住人は空を飛ぶなんてことは考えたことはないだろう。精々高い山に登るくらいだろうし、その高い山のほとんどは魔境となっており、頂上からの景色を見た人などごく僅かだろう。
 それほどまでにこの世界の環境は厳しいのだ。山登りが趣味、だなんて人はおそらく居ないだろう。

「魔導船を手に入れたのはいいけど、これから南に向かうのよね?」

 青の森へと向かう道中にマリアが聞いてきた。魔導船の旅をどう思っているかは分からなかったが、断固拒否、というわけではないようで安心した。

「ああそうだ。南の海を渡って世界樹のある島を見つけるつもりだ」
「世界樹! 本当に存在したんだ」

 アベルが目を輝かせて聞いてきた。不思議大好き少年のアベルは、きっと本か何かで世界樹のことを知っているのだろう。

「南の海にあるどこかの島にあるらしい。こればかりは実際に探してみるしかないな。だが確かな筋の情報だ。世界樹があることは間違いないだろう」

 それを聞いたアベルはますます喜んでいた。マリアは何のことだか分からないのか、興味はなさそうである。
 俺たちは南の島について話しながら青の森へと戻り、ベンジャミンにお礼を言ってから帰路に就いた。


 イーゴリの街に戻ってからの数日は南の海を探索するための準備に明け暮れていた。ついでに秘密基地の室内もより使い勝手が良いように変更しておいた。マリアが非常に喜んでくれたので、やったかいはあったと思う。

 そうして準備が整うと、俺たちは南の海の探索へと乗り出した。ギルドマスターに「ちょっと南に行ってくる」と告げると微妙な顔をされた。イーゴリの街の南にあるのは海沿いの小さな田舎町だけである。当然そんなへんぴなところに人が行くことはほとんどない。

 一体何をするつもりなのかまでは聞かなかったが、なるべく早く帰ってくるようにとだけ言われた。南の港町までは一応乗合馬車があったが、俺たちは自分たちの馬車で向かった。その方が断然楽だしね。

 最近では乗合馬車も揺れと衝撃が少ないモデルに変わりつつあったが、それでも俺たち専用に作ってもらった馬車の方が乗り心地が良かった。南に向かうと言ったが、当然港町に向かうつもりはなかった。

 適当な開けた土地を探し、そこを拠点にして南の海を探索つもりだったからだ。だが残念なことに、そのような土地はなかった。イーゴリの街と港町の間にはひたすら森か岩山が続いていた。

「予想はしていたけど、本当に良い場所がないわね」
「そうだな。こうなったら俺たちで作るしかないな」

 魔導船の離陸と着陸をする場所は必ず必要である。しかも、なるべくなら人目につかない方がいい。岩山だと遮るものがなくて誰かに見られる恐れがある。従って森の一部を開拓する必要があった。だが森は森で魔物が多いため安全の面では不安が残る。

 どっちにするか検討した結果、森を切り開くことにした。魔物の問題は魔物よけの魔道具を設置して対処することにする。乗合馬車が通る道から外れ、二日ほど進んだ場所に拠点を作ることにした。ここならそうそう人が立ち入ることはないだろう。

 森の開拓はほどなく終わった。アベルが木を切り、俺とリリアで土地を平らにしていく。その間マリアは周囲の警戒に励んでくれた。別にすることがなかったからではない。決して。無事に必要なサイズの平地を完成させると、今日はそれまでにして、明日の朝一で探索に出発することにした。

「アベル、お前にも操縦を覚えてもらいたい」
「分かったよ。俺でもできるかな?」

 不安そうな顔をしているが、この中では一番の適任者だろう。リリアは可能かも知れないが、マリアには絶対に教えられない。あの子は絶対に何かやらかす。間違いない。

「何、簡単さ。それほど難しくない。俺でもすぐに動かせたくらいだからな。基本的には俺が操縦するが、万が一ってことがあるからな。あと、トイレに行けないのは困る」

 最後の言葉にアベルが深くうなずいた。どうやら察してくれたらしい。明日はアベルに操縦を教えながら軽く南の海を一回りすることにしよう。マリアが遺憾の意を表するかと思ったが、予想に反して静かだった。もしかして、高いところが苦手なのかな?

 予定通り翌日から探索を開始した。さすがは運動神経がいいアベルなだけあって、すぐに操縦にも慣れてくれた。それに空を飛ぶことにも慣れたようで、今では双眼鏡を片手に島を探すのを手伝ってくれている。

 そしてマリアは予想通り高いところが苦手だったみたいで、部屋の真ん中でおとなしくしていた。それはそれでありがたいと思ってしまったのだが、それを言ってマリアが暴れ出すとまずいので黙っておいた。

 そうして南の海の探索を続けること五日。ようやくそれらしい場所を見つけた。小さな島はそれなりに発見することができたのだが、そのどれもがゴツゴツとした岩だらけであり、生き物はおろか、草すら生えていなかったのだ。

「ダナイ、あそこを見てよ! 信じられないほど大きな木が生えているよ」

 興奮した様子のアベル。指差された方向を見ると、確かに木が生えている島が見えた。初めは距離が遠く小さな木に見えていたのだが、少し近づくと、その巨大な大きさに圧倒された。木のてっぺんが雲まで届いている。あれが噂の世界樹なのか?

 どうやらその島には世界樹のみが生えているようである。見た目は海の中から木が生えていると言っても過言ではなかった。どうやら海の水を水源として利用しているようである。そう言えば、この世界の海は酸っぱいのかな? 島に着いたら調べてみようと思う。
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