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第四章

新馬車の旅

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 目の前に、見渡す限りの森が見えて来た。これがうわさに聞く大森林のようである。まだ入り口にも入っていないが、これまでの森とは何かが違う雰囲気だった。

「リリア、大森林はイーゴリ南の森と全然違うな」

 馬車を運転しながら、御者台の後ろでマリアと戯れているリリアに話かけた。
 
「そうね、全然違うわね。イーゴリ南の森は魔物がたくさん生息しているけど、大森林は最深部近くにまで行かないと、それほど魔物がいないのよ」

 そう言うとリリアは俺の隣へと移動してきた。その手は早くも俺をモフり始めている。
 
「それほど、と言うことは、この辺りでも魔物が出ることがあるんだな」
「そう言うことよ。油断はしないで」

 リリアの言葉にうなずいた。大森林を見て、何だが森林浴をしているようなすがすがしい気持ちになっているのは、魔物が少ないせいのようだ。どうやら魔物は、姿が見えなくてもその辺りに存在するだけで、嫌な空気を出すようだ。

 それを聞いたマリアは、のんきに寝ていたアベルをたたき起こしていた。

「アベル、そろそろ大森林に着くわよ! 起きなさい! 起きないとイタズラしちゃうわよ」

 マリアのイタズラ、興味があります。振り返ろうとした俺を、リリアが止めた。

「ちょっとダナイ。脇見運転は良くないわ。たとえ松風に運転を任せられると言ってもね。それともダナイ、私にイタズラされたい?」
「されたいです!」

 そう答えたが運の尽きだった。それからしばらく、俺はリリアに散々モフられた。そうだよね、そうなるよね。

「ここが大森林か。今まで行ったことがある森とは全然違うね。ここからどうするの?」

 アベルがこれからの道順をリリアに聞いている。今、御者台に座っているのはリリアとアベルだ。

「この道をまっすぐ進むのよ。そうしたら、小さな湖に突き当たるわ。まずはそこまで行きましょう」

 大森林はとても広いそうだが、どうやらこの辺りはリリアが良く知っているようである。王都のギルドマスターが俺たちを頼ったのは、そう言うことも考慮していたからのようである。

 湖までの途中、マリアの狙撃訓練も行った。これは食料調達もかねている。野生動物を狩って、新鮮なお肉をゲットしようという算段である。
 ここに来るまでには、すでに何泊か車中泊をしている。今でこそみんな慣れたが、最初は「こんな快適な旅はありえない」と言われた。そう言われると、みんなで知恵を出して馬車を作った価値があったと言うものだ。帰ったらみんなに聞かせてやろう。
 
 マリアの狙撃の腕前はかなり上がっているようであり、動きながらの命中精度も問題なかった。あっという間に、遠くに見えていたシカを仕留めた。

「良くやったぞ、マリア。それじゃちょっとシカを引っ張ってくるぜ」
「俺も行くよ、ダナイ」

 首尾良くシカをゲットした俺たちは、日が傾く前にリリアが言っていた湖までたどり着いた。

「うん、おかしいわ」
「何がだ、リリア?」
「馬車の進む速さよ! 一日で湖までたどり着くとは思わなかったわ」

 むう! と口をとがらせる。いや、俺のせいじゃないのでは? ……いや、俺のせいか?

「まぁ、良いじゃないか。速いことに超したことはないだろう?」
「それはそうだけどね……」

 なおもリリアは納得していない様子だったが、夕食の支度ができたようである。もちろん、さっき捕ったシカがメインである。

「ここからはどう進むんだ?」

 隣でシカ肉をモグモグしているリリアに尋ねる。話しかけるタイミングを間違えた気がしたが、気にせずに答えてくれた。

「今は日が暮れたから見えないけど、この場所から山が見えるわ。そこが目的地の青の森よ。明日の朝見れば、きっと青の森と呼ばれる意味が分かるはずよ」

 リリアはニッコリとほほ笑んだ。しばらくぶりに大森林に帰ってきたとは言え、やはり故郷に帰って来たことで、気分も良くなっているのだろう。何となくテンションが上がっている気がする。

「明日の朝が楽しみね。ねぇ、魔物が襲ってこないんだから、夜警は要らないんじゃないの?」

 マリアが首をかしげて聞いてきた。その問いに、苦笑いをしながらアベルが答えた。

「ダナイの退魔の付与は魔物にしか通用しないんだよ。野盗とかがきたらどうするんだよ」
「それもそうね。ねぇ、ダナイ。野盗も寄りつかなくなるような付与はないの?」
「おいおい、そんな都合の良いもの……」

 うん、あるな。一定範囲内に許可なく立ち入ったモノを黒焦げにする「炎の壁」の付与が。これだと、敵意のない相手も無差別に攻撃することになるから、使うのは難しいだろうな。
 近づいただけで問答無用で灰にするとか、どんだけだよ。触るモノみな傷つけたってレベルじゃねぇぞ。全てを灰にしてくれるわ! って感じだな。

「あるにはあるが、使い所が難しいな」

 一応、正直に話す。リリアの耳に入れておけば、何かの弾みで作る必要が出たときに、怒られるまでの敷居が低くなるはずだ。
 チラリとリリアを見ると、ジットリとした目でこちらを見ていた。そうとも知らず。

「えええ! あるなら使おうよ! 楽しようよ~!」

 マリアがおねだりをしてきた。しかしここで折れると非常にまずいので、キッパリと「この話はまた今度な」と言っておいた。そんなに残念そうな顔をするな。こちらはまた土の上で正座させられるかも知れないんだぞ。

 夜警の当番は、俺とアベルが交代で行っている。女性陣にはなるべく負担をかけないようなシステムを採用している。大森林のことを良く知るリリアは、移動のときは常に起きていてもらった方が良い。マリアは一人では夜警ができない。

 そのため、夜警は二人で行っている。え? 何でマリアができないのかって? 初日に試しにやったときに、すぐに眠りについてしまったからだ。これではちょっと任せられない。

 本当は練習させた方がいいのだろうが、アベル曰く、「マリアは寝つきが良すぎるので多分無理」とのことだった。これを聞いたマリアはもちろん黙っていなかったが、「昼間の移動中の方が危険なので、そっちに力を貸して欲しい」と言って何とかおさめた。
 まぁ、今のところこの体制で何の問題もないので、このままで行きたいと思う。

 今夜の番はアベルから。どちらが先になるかは、その日の疲れ具合による。基本的にドワーフの俺は疲れないので、アベルの都合を優先している。
 そんなわけで、俺たちはアベルに任せて、馬車へと乗り込んだ。

「うーん! この背もたれを倒すと平らになるソファーは最高ね。ベッドで寝るのと遜色ないわ」

 うれしそうにマリアは横になった。この馬車は二人なら十分に寝られるスペースが確保されていた。三人同時に眠ることもできなくはないが、横幅のある俺が寝ると、非常に狭くなる。そのため、俺は自分専用に寝袋を作っていた。

 最初こそ、寝袋を装着したミノムシ状態を笑われたものだが、今では見慣れた景色になっていた。俺は寝袋を手に持つと、いつものように御者台へと向かった。

「ねぇ、ダナイのその寝袋、本当に寒くないの?」
「何だリリア、興味があるのか? 試しに入ってみるか?」

 こんなオッサンが愛用している寝袋だ。自分で言うのも何だが、若い子が使うのは微妙だと思う。しかし、リリアはやはりリリアだった。

「そうね。ちょっと試してみようかしら?」

 思わずギョッとしてリリアを見た。それを気にすることもなく、寝袋に入るリリア。そして何か……匂いを嗅いでる?

「うん。中々良いわね。今度借りようかしら?」
「いや、待った。俺の寝床はどうするの?」

 それもそうね、と寝袋に入ったまま考え込むリリア。まさかそんなに気に入るとは……。念のため、今度みんなの分も作ろうと思う。折りたためばかなり小さくなるし、それほど荷物もかさばらないだろう。

「それじゃ、青の森の集落に泊まるときに貸してちょうだい」
「ああ、それなら構わないが……」

 俺の返事に納得したのか、名残惜しそうにリリアがゴソゴソと寝袋からはい出してきた。


 夜が明け、空がだんだんと赤みを帯びてきた。雲はいくつか浮かんでいるが、黒い雨雲はなさそうである。昨晩は特にトラブルが発生することはなかった。
 朝食の準備をしていると、リリアが起きてこちらへとやって来た。

「おはよう、リリア」
「おはよう。朝食は私たちがするからいいって、いつも言ってるのに」
「いいんだよ。俺が好きでやっているだけだからな」

 まったく、と言いながらもリリアが隣に寄り添ってきた。できたてのハーブティーをリリアに渡す。それをウットリとした様子で飲んだ。

「ありがとう。おいしいわ。そう言えば、そろそろ見えるかしら?」

 リリアは湖の方向を指差した。それを目で追おうと、その先に青い山脈が見えた。比喩ではない。本当にその山に生えている木々が青い葉を茂らせているのだ。

「あれが青の森……何であんな色をしてるんだ?」
「詳しくは分からないけど、地中のミスリルが原因の一つじゃないかって言われているわ」
「それじゃ、あの山にミスリル鉱山があるのか」

 リリアは静かにうなずいた。
 その後しばらく、俺とリリアは無言でその景色を見つめていた。
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