上 下
52 / 137
第三章

王都までの旅路

しおりを挟む
 ダナイ達を含むライザーク辺境伯一行は、ほどなくして王都へと出発した。
 総勢三十人以上の大所帯だったが、これでも人数は少なくしているそうだ。その理由は「他の貴族に目をつけられないようにするため」だそうである。この程度の人数なら特に怪しまれることはなく「ただの領地の視察」として見られるようである。
 どうやら俺のことを目立たなくするための措置のようだな。狙ったわけではないのだが、随分と目立ってしまったものだ。
 と愚痴をこぼしたら「だったら少しは自重しろ」とリリアに苦言を呈された。それができないなら私の心労を軽減するためにもっとモフモフさせろとも言われた。
 
 領都を出発してから翌日の夕刻に、立派な塀に囲まれたドガエフという名前の町に到着した。あらかじめ辺境伯が来ることが通達してあったのだろう。門番が恭しく挨拶をして門を開け放った。
 一行が最初に向かった先は町長宅であった。町の中で一番大きな建物に案内されると、白髪頭の男が出迎えてくれた。
 
「ライザーク辺境伯様、ようこそおいで下さいました」

 どうやら今日はこの町長宅に泊まるようである。町には他にも宿があるようだったが、そちらは護衛達が分散して泊まるようである。もちろん町にある宿だけでは足りないため、一部は野宿することになるらしい。移動するだけでも大変だ。
 客人であるダナイ達は、当然のことながらライザーク辺境伯と同じ町長宅に泊まることになった。正直なところ、心が休まらないなぁと思っていたところに、ライザーク辺境伯がダナイ達が宛がわれた部屋へと従者を引き連れてやって来た。

「どうかされましたか?」
「君達に渡し忘れてたものがあってね」

 そう言って従者に目配せをすると、四つの袋をテーブルの上に置いた。チャリンという硬貨の音が響いた。その袋をリリア以外の三人が凝視した。これは一体……?
 リリアはこれが何を意味するのかを知っているようであり、謹んでそれを受け取った。
 辺境伯が部屋から去るとすぐに尋ねた。

「リリア、これは一体?」
「軍資金よ、軍資金。さすがは辺境伯なだけはあるわね」
「軍資金!? 金なら俺達持っているぞ?」

 クスクスと笑うリリア。良く分からない三人はそろって首を傾げた。

「貴族はね、行く先々でお金をばら撒いて経済を活性化させる義務があるのよ」
「そ、それでこの袋に入ったお金を使えってことなのね」

 マリアは突然沸いたお金を手に持つと、プルプルと震えていた。貴族の風習をよく知らないダナイとアベルは「貴族とは面倒くさい生き物だ」として認識することにした。

「大丈夫よマリア。きっと他のみんなももらっているわ。辺境伯様だけだとお金を落とすのに限界があるからね。私達の力も貸して欲しいってことよ」
「ああ、それで町長があんなに嬉しそうにしてたんだね」

 納得したようにアベルが頷く。それもそうか。辺境伯一行が通過するだけで町が潤うことになるのだ。嬉しくもなるだろう。
 そんなわけでダナイ達はありがたくその軍資金を使わせてもらうことにした。

 翌日、ダナイ達はさっそく村へと繰り出した。
 荷物になるような物はそんなに買うことができない。であるならば、その土地の名産品をトコトン味わうことに決めた。この町の特産品はイノシシもどきのジビエであった。
 
 ドガエフではイノシシのような魔物を罠で捕獲し、肉や皮をこの街の特産品として売っていた。ダナイは出されたジビエを恐る恐る食べたが、獣臭さは全くなく、まるで高級和牛のような味だった。ダナイはすぐにそれが気に入った。

「女将さん、この肉はもの凄く美味いな。気に入ったよ」

 ダナイがそう笑いかけると、さっきからこちらをチラチラと盗み見ては何やらヒソヒソと亭主らしき人と話していた女将が、ハッとした表情を浮かべてやってきた。

「それじゃ、旅の途中でも食べられるように干し肉を差し上げますよ。この干し肉は燻製にしてあるんで、ちょっと焼くだけで美味しくなるんですよ」
「いや、女将。もらうなんてとんでもない。ちゃんとお金は払いますよ」

 その言葉に女将は後ろにいた亭主と顔を見合わせた。

「失礼ですが、ダナイ様ですよね?」
「へ? そ、そうですが何か?」

 なぜ様づけで呼ばれているのか。ダナイとリリアは目を合わせると、互いに首を傾げた。

「それならば、お金をいただくわけには行きません!」
「はぁ……?」

 結局女将夫婦に押し切られてダナイはタダで燻製肉を受け取ることになった。なおも首を捻っているところに、お世話になっている町長がやって来た。

「ダナイ様、こちらにおられましたか!」

 そう言う町長の後ろには何人もの人達がいた。それも老若男女問わずだ。ギョッとするダナイ。

「ダナイ様、ここにいる全員がダナイ様のお薬によって救われた人達です。皆、天才錬金術師ダナイ様にお礼が言いたいと言って集まって参りました」

 天才錬金術師――確かに言った覚えがある。アベルに。そしてアベルはマリアにそう言っていたはずだ。
 振り返ると、二人とも明後日の方向を向いており目が合うことはなかった。ヒューヒューと口笛らしきものも聞こえる。

 ダナイの頭の中に、二人が自分のことを「天才錬金術師」として行く先々で自慢して回っている姿が浮かんだ。どうして俺はあんなことを言ってしまったんだ……。
 ダナイが頭を抱えていると「いまさら後悔しても遅いわよ」とばかりにリリアが肩にポンと手を置いた。

 その後、ジビエの町ドガエフを出発してからも、行く先々の街や村ではすでに「天才錬金術師ダナイ」の名前は知れ渡っていた。そして、行く先々の街や村では毎回ちょっとした騒ぎになっていた。
 
 歓迎されるのは大変ありがたいことだがどうにも慣れない。お金を使おうにも受け取ってもらえず、逆に行く先々で、美味しいもの、珍しいものはどんどんと追加されていった。

 どうもこの辺りではドワーフはメジャーな種族ではなく、あまり見かけないようである。そのため「ドワーフと言えばダナイ」と言う具合に人々に認識されているようであった。
 確かに今のところ自分以外のドワーフに会ったことはなかった。
 
 
 領都を出て十日後、一行は無事に王都へと到着した。
 アベルとマリアも王都に来たのは初めてのようであった。

「凄い高い! あの城壁、白くて格好いいよね~。アベル、後で登ってみようよ」
「え、あれ登れるの? 軍の重要施設なんじゃないのかな?」
「アベルの言う通りかも知れないな。ほら、良く見ろ。兵士の姿しか見えないぞ」

 まだ王都の中にも入っていない段階で騒ぎ出した三人をリリアは微笑ましそうに見ていた。

「私も初めて来たときはあんなだったかしら?」
「リリアは来たことがあるのか?」
「ええ、もちろんよ。きっと城壁の中に入ったらもっとビックリするわよ」

 リリアの言葉に目を輝かせる三人。まるで新しい玩具を与えられた子供のようにはしゃぐのを見て、自分がその中に加われないのを少し残念に思っているようだった。

「リリアも久しぶりに来るんじゃないのか? きっと昔と変わっていて、ビックリするぞ」
「ウフフ、そうかも知れないわね」

 一般庶民用の門には長蛇の列が並んでいる。アレに並ぶのかと思っていると、どうやら貴族専用の門もあるようで、ライザーク辺境伯一行は長蛇の列とは別の方向に進んで行った。

 貴族専用の門にも種類があるようで、その中でも最も立派な門の方へと向かって行った。さすがは辺境伯。かなりの高い身分であることをこのときダナイは改めて感じた。
 前世の感覚があるので、どうも貴族の格の違いが分からなかったのだが、ここにきて「あまり軽々しく接するのは良くなさそうだ」と理解した。

 ダナイはこれまでの旅でライザーク辺境伯達とはかなりフレンドリーな関係になっており、リリアをあきれさせたくらいだった。曰く、「この短期間でそこまで馴れ馴れしくなれる神経が信じられない」だそうである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

ただしい異世界の歩き方!

空見 大
ファンタジー
人生の内長い時間を病床の上で過ごした男、田中翔が心から望んでいたのは自由な世界。 未踏の秘境、未だ食べたことのない食べ物、感じたことのない感覚に見たことのない景色。 未だ知らないと書いて未知の世界を全身で感じることこそが翔の夢だった。 だがその願いも虚しくついにその命の終わりを迎えた翔は、神から新たな世界へと旅立つ権利を与えられる。 翔が向かった先の世界は全てが起こりうる可能性の世界。 そこには多種多様な生物や環境が存在しており、地球ではもはや全て踏破されてしまった未知が溢れかえっていた。 何者にも縛られない自由な世界を前にして、翔は夢に見た世界を生きていくのだった。 一章終了まで毎日20時台更新予定 読み方はただしい異世界(せかい)の歩き方です

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

乙女ゲームに悪役転生な無自覚チートの異世界譚

水魔沙希
ファンタジー
モブに徹していた少年がなくなり、転生したら乙女ゲームの悪役になっていた。しかも、王族に生まれながらも、1歳の頃に誘拐され、王族に恨みを持つ少年に転生してしまったのだ! そんな運命なんてクソくらえだ!前世ではモブに徹していたんだから、この悪役かなりの高いスペックを持っているから、それを活用して、なんとか生き残って、前世ではできなかった事をやってやるんだ!! 最近よくある乙女ゲームの悪役転生ものの話です。 だんだんチート(無自覚)になっていく主人公の冒険譚です(予定)です。 チートの成長率ってよく分からないです。 初めての投稿で、駄文ですが、どうぞよろしくお願いいたします。 会話文が多いので、本当に状況がうまく伝えられずにすみません!! あ、ちなみにこんな乙女ゲームないよ!!という感想はご遠慮ください。 あと、戦いの部分は得意ではございません。ご了承ください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...