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第二章

謁見

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 国王陛下からの招待状が届いたその日、四人はイーゴリの街で一番の仕立屋へと向かった。リリアも国王陛下クラスには会ったことがないようで、さすがにどのような服装をすれば良いのか分からなかったのだ。

 仕立屋の女主人は大らかな人物であり、とても頼りになった。何でも、過去に国王陛下に謁見することになった人物に服を仕立てた経験があるらしい。
 その人物はこの街出身の冒険者で、今ではSランク冒険者として活躍しているそうだ。

 それを聞いて安心して四人分の服を作ってもらうことにした。さすがに国王陛下に謁見するための服だけあって、かなりの値段だった。

「ライザーク辺境伯からの多額のお金はこれを見越してのことだったのか。さすがだな」

 リリアも合点がいったのか、それに賛同した。

「そうみたいね。あの様子だと、どうやらこうなることは分かっていたみたいね。それならそのときに言ってくれたら良かったのに」
「俺は謁見の話を知ったのが今で良かったと思うよ。だって、あのときに知っていたら、きっと今みたいな気持ちで今日まで過ごすことになっただろうからね」
「わたしもアベルの意見に賛成かな。今で良かったよ。でないと、きっと心労で倒れてたわ」

 マリアはそう言うとソファーにゴロンと横になった。仕立屋では散々採寸されたり、服をあれこれと取り替えられたりしたのだろう。疲れが溜まっているようである。

「確かにそんな見方もできるわね」

 うんうんと頷くリリア。それを見ていたダナイは以前から気になっていたことを尋ねた。

「前から気になっていたんだが、リリアはどこかの貴族出身なのか?」

 その言葉にアベルとマリアがバッとリリアを見た。リリアは少し困ったような口ぶりで言った。

「大したことはないわよ。私の父親がエルフ族の族長の一人というだけよ。だからそれなりの身分の人には何度も会ったことがあるのよ」

 エルフ族は人族と違って族長制を採用しているようだ。族長の一人と言うことは、何人も族長がいるのだろう。それにしても何で、族長の娘がこんなところに?
 ダナイの疑問が顔に出ていたのだろう。リリアが話を続けた。

「父親について行く先々で求婚されることが多くて、ウンザリして家出したのよ。二十年前にね」

 二十年前と言えばリリアはまだ五十歳。若気の至りということか。今も十分若いけど。
 そうだったのか、納得、納得、と思っていたダナイに衝撃が走った。リリアが族長の娘ということならば、かなり身分が高いのではなかろうか。

「お、おい、リリア。大丈夫だったのか?」
「ん? 何が?」
「いや、ほら、アレだよ、アレ」

 しどろもどろに言葉を濁しながら必死に伝えようとするダナイ。それが伝わっていないのか、リリアはなおも首を傾げていた。それを見たマリアは焦れったく感じたのだろう。

「リリア、ダナイと一緒に寝て良かったのかって聞いてるのよ」

 マリア自慢のストレートに合点がいき赤くなるリリア。ついには両手で顔を覆った。ダナイはすでに両手で顔を覆っている。

「だ、大丈夫に決まっているじゃない。私が誰と一緒に寝ようと、私の勝手よ。家を出た私はもう一人のエルフなんだからね」

 それを聞いて安心よりも逆に不安になるダナイ。それはリリアが勝手にそう思っているだけではないのか。どうかこれ以上のトラブルが起きませんように、と心の中で祈らざるを得なかった。


 謁見用の服もできあがり、ライザーク辺境伯達に頼まれた浄化の魔道具も作りあげ、四人は再び領都ライザークへと向かった。
 手紙には国王陛下の謁見にライザーク辺境伯も付き添うと書いてあった。確かに考えて見れば、一介の庶民が国王陛下に貴族の紹介も無しに会うことなどあり得ないだろう。

 無事に領都に到着したダナイ一行は前回お世話になった宿へと向かった。ダナイ達が到着すると、支配人達が温かく出迎えてくれた。

「すまないな。また世話になるぜ」
「いえいえ、近いうちにまた来るだろうから、そのときはよろしく頼むと仰せつかっておりますよ」

 さすがはライザーク辺境伯。いつ頃ダナイ達がやって来るのかも予測できているのだろう。いや、もしかすると、どこかに密偵をつけているのかも知れない。それはそれで身の安全が確保されているようなものだし、それもありかと考えた。

「またライザーク辺境伯様との繋ぎをお願いしたい」
「かしこまりました」

 頼もしく受け取ってくれた。四人はそれを聞き、ようやく安堵の息を吐いた。国王陛下の謁見という大イベントと比べると、辺境伯に会うことは随分と気が楽に思えた。

 すぐにライザーク辺境伯との面会の日がやって来た。二回目ともなれば多少は慣れたもので、四人は国王陛下の謁見のために仕立てた服を着て、ライザーク辺境伯の屋敷へと向かった。辺境伯達は温かく迎えてくれた。

「よく来てくれたね。予想はしていたのだが、思ったよりも動きが速かったな。まあ、隣国からのお礼の手紙が殺到したのだろう」

 それは一体どう言うことか? 挨拶を済ませたダナイは首を捻った。その様子にクックックと笑うと辺境伯は言った。

「国王陛下はダナイが公開した魔法薬のレシピを「この世界の危機」として、無償で隣国に公開したのさ。それも、現在停戦中の国も含めてね。それで多くの国が助かったというわけさ」

 なるほど、と納得するダナイ。自分の思いを国王陛下がしっかりと受けて止めてくれたようで、何だか親近感が湧いた。ライザーク辺境伯は冗談めいた顔で両手を挙げた。

「国王陛下があれだけのものをタダで隣国に公開するとは私も思わなかったよ。政治的に利用すれば、この国に多くの利益をもたらしただろうからね」

 確かにそうかも知れない。だがこの国の王は、それよりもこの世界の利益を選んだのだ。なかなか大した人物なのだろう。もちろん、ライザーク辺境伯もそうすることで多額の利益を得ることができただろう。それをしなかったところで、このライザーク辺境伯も一人の人間としての高貴な心を持ち合わせているのだろう。

「私の意を汲んで下さったようで、本当にありがとうございます」

 素直に感謝の言葉を述べ頭を下げた。その言葉をこの場にいる全員がにこやかに笑って聞いていた。それに気がついて照れ笑いすると、辺境伯達のために準備していた物を取り出した。

「頼まれていた魔道具をこしらえてきました」

 ライザーク辺境伯とその息子のクラースの前に、二つの小型化した浄化の魔道具を差し出した。それぞれ受け取ると、おもむろに起動した。ファサッと光の粒子が舞うと、すぐに虚空へと消えて行った。ライザーク辺境伯の紋章が輝くその印籠は、ダナイ渾身の美しい彫金が施されており、実に素晴らしい一品だった。

「素晴らしい。本当に素晴らしい。一体これにいくら出せば良いのやら」

 ダナイは恐縮した。別にお金をもらおうと思って作ったわけではないのだ。流行病の魔法薬がこれほど早く国中に広がったのは、ひとえにライザーク辺境伯の手腕のお陰である。いくら良い薬を作っても、それが流通しなければ多くの人は救えない。

「ライザーク辺境伯様、お金はすでにいただいております。これ以上は必要ありません」

 その思いに気がついているのだろう。眩しそうにダナイを見つめると「我がライザーク辺境伯の宝物として、ありがたく受け取ろう」と宣言した。ダナイが恐縮したのは言うまでもなかった。

「国王陛下との謁見だが、これから王都に向かう、ということでよろしいかな?」
「もちろんです。準備は整えてあります」

 ダナイは三人を見た。三人とも首を縦に振った。ここまできて「やっぱやめとくー」とはならなかったようだ。それを確認すると今後の予定についての詳細を決めた。服装は問題なかったようであり「その服装なら大丈夫」とのお墨付きを無事に得ることができた。
 
 領都ライザークから王都までは、途中で街を経由しつつ五日ほどかかるそうだ。もちろんライザーク辺境伯は周辺の街の視察も兼ねた旅になるため、それに加えて数日増えるだろうとのことだった。

 ダナイが馬車の移動は揺れが酷いので、揺れの少ない馬車を作ろうかと検討している、と言うことをポロッと話すと

「ぜひ、一枚噛ませてくれ」

 と両肩を掴まれて言われた。そのあまりの気迫に了承せざるを得なかった。どうやらライザーク辺境伯も同じ意見のようだった。
 ほんの趣味で作ろうかと思っていたものが、何だか大事になってきたぞ、と内心舌を巻いていた。

 こうしてダナイ達は、一路、王都を目指すこととなった。
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