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第二章

風呂での一幕

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 どうしてこうなった、どうしてこうなった!?
 
 目の前でテンポ良く服を脱ぎ続けるリリアを見て、何度も頭を抱えそうになった。だがそれをしてしまえば、リリアに失礼だ。そして一緒にお風呂に入るのを断るのはもっと失礼だ。それくらいは理解できた。

 確かにリリアには愛していると告白した。そしてそれを彼女も受け入れてくれた。しかし、である。自分の考える愛の形はそんな早急なものではなく、もっとじっくりと愛を育むものであった。エルフのリリアとは考えが違うのは理解しているが、どこまで自分の考えを譲歩するべきなのかは、深い霧の中にいるかのように、まだ定まっていなかった。

「ダナイ、まだ服を脱いでないの?」

 すでに下着だけの姿になったリリアが声をかけてきた。その溢れんばかりのダイナマイトボディに目がくらんだ。うっかり目に入った下着越しに青みがかったものがうっすらと透けて見える。一体どこに視線を向ければ!? と思ったあげく、自分の服を脱ぐことの専念しようと心がけた。

 慌てて服を脱ぎだしたダナイを不思議そうに見ながら「先に入っているわよ」と言って脱衣所から風呂場へと入って行った。すぐそこの籠にはリリアがたった今脱ぎ捨てた下着が入っている。

 おいおい、マジかよ、と挙動不審になりつつも何とか服を脱ぐと、意を決して風呂場へと入った。落ち着くんだダナイ。平常心、平常心。武器を打っているときを思い出せダナイ!

 リリアはすでに体中を泡だらけにしていた。お風呂の基本「体をきれいに洗ってから湯船に入る」はこの世界でも正しく機能しているようである。

 感心感心と頷くダナイはこちらを見ているリリアの動きが完全に止まっていることに気がついた。そしてリリアがダナイの三本目の足を凝視していることに気がついた。慌てたダナイはそそくさとリリアの隣の椅子に座ると、タワシもどきと石けんを手に取った。

 気まずい沈黙が流れたが、タワシもどきで体を洗い始めるとすぐに、使っている石けんがいつも使う石けんとは全然違うことに気がついた。泡立ちが全然違う。明らかに高級品だと分かる代物だった。

「こりゃあ凄えな! 石けん一つでこんなに泡立ちが違うとはな」
「本当にそうよね。いつもの様に使っていたらこんなに泡だらけになっちゃったわ。それに、肌もスベスベになるみたいね」

 そう言うとダナイの手を取り、自分の腕へとあてがった。まるで滑るような触り心地にこの石けんの凄さを思い知った。

「いい石けんだな。その辺で手に入るならいくつか買って帰るとしようかね」
「良い考えね。きっとマリアも喜ぶわ」

 ザアア。先に体を洗い終わったリリアは自分の体にお湯をかけた。どうやら泡切れも素晴らしいらしく、リリアをガードしていた泡のほとんどが流れ落ちる。目の前に神の奇跡かと思われる造形美が惜しげもなく披露された。

 今度はダナイの動きが完全に止まった。それを見たリリアは「してやったり」といった顔でダナイの後ろに回り込んだ。

「背中を洗ってあげるわ」
「お、おお、あ、ありがとうよ」

 動揺を隠しきれないダナイは、リリアに背中を洗われながら必死にベヒーモスを抑え込もうとしたが、全然言うことを聞いてくれなかった。そのままリリアはダナイの頭も洗い始めた。どうやらこちらが本命だったらしく、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子でワシャワシャと洗っている。

 リリアのモフモフ好きも大したもんだな、と思っていると背中に柔らかい何かが何度も当たっていることに気がついた。それを意識した途端、ベヒーモスが雄叫びを上げた。

 念仏を唱えながら何度も頭から湯をかぶり、煩悩を洗い流したダナイはリリアと共に湯船に浸かった。温泉と言うだけあって、水を沸かしただけとは違う、何か効用のようなものを感じた。体に染み渡る何かが、緊張を解きほぐした。

「お~、極楽極楽」
「極楽って何よ? あっちの言葉?」
「ああ、そうだよ。こっちでは天国という意味かな」
「あっちでも天国はあるんだ」

 二人は前世のことを「あっち」、現世のことを「こっち」と言うようにしていた。ポロリと口から出たときに、アベル達にそれと気づかれないようにである。

「ねぇ、アベルとマリアにはあなたのことは話さないの?」
「すまない、もう少し待ってくれ。このことを話すとあいつらにも重荷を背負わせてしまうかも知れねぇ。あいつらはまだ若い。早すぎるんじゃないかと思うんだよ」

 確かにそうね、と言いながらリリアは何だか嬉しそうな表情をしていた。それに気がつくと先を促すかのようにリリアを見ながら首を傾けた。

「私だけがダナイの秘密を知ってると思うと、ね。何だか嬉しくって」

 自分で言っておいて恥ずかしかったのか、プイ、と顔を背けた。その様子に我慢の限界に達したダナイはリリアの見つめ、手を取った。真っ赤な顔をしたリリアと目が合うと、ゆっくりと口づけを交わした。もちろん、一度だけでは終わらなかった。

「ダナイがずっと何もしてくれないからちょっと強引な手段を使っちゃったけど、はしたなかったかしら?」
「いや、そんなことは全然ないよ。それよりも、すまない。俺がヘタレなばかりに……」
「そんなことはないわよ。何か考えがあったんでしょう?」

 お風呂から上がり、脱衣所に用意しておいたコーヒー牛乳をグイッと飲みながら、二人は火照った体と頭を冷ましていた。

「あっちじゃ、愛はゆっくりと育むものだったんだよ。俺達は出会ってからまだ半年も経ってねぇ。それでその、あまりにも早いと無節操なんじゃないかと思ってな」

 それを聞いたリリアはダナイをムギュっと抱きしめた。その表情はお気に入りのテディベアを抱いているかのように慈愛に満ちていた。

「ダナイが私を大事にしていることがよく分かったわ」
「そうか? それなら良かった」
「うん。もっとダナイを食べたくなったわ」

 リリアが舌舐めずりをした。ヒェッ! もしかして、食べられるのは俺の方!? ダナイは戦慄した。

 ほんのりと赤くなって風呂から戻ってきた二人を見たアベルとマリアは、事情を察したのか、何も言わずに二人で貸し切り露天風呂へと向かった。そして二人も極楽極楽、といった感じでほんのり赤くなって部屋へと戻ってきた。

 そろそろ晩ご飯にしようかと思っていたところに支配人がやって来た。

「ダナイ様、今後の日程が決まりましたので、ご報告に参りました。ライザーク辺境伯様との面会は非公式なものにしたいとのことで、三日後に決まりました。よろしいでしょうか?」
「もちろん構いませんよ。しかし、なぜ非公式に?」
「それは私には分かりかねます」

 これは自分でライザーク辺境伯に聞けということだろうと理解すると夕食の準備をお願いした。食事はこの部屋に持って来てくれるそうだ。

 すぐに持って来られた夕飯は、山の幸、川の幸、草原の幸と色とりどりであり、何種類もの小鉢が色鮮やかに並んでいた。これは作るのに手がかかっているな、と思いつつ、夕食を食べ始めた。予想通りの美味に、全員が舌鼓を打った。

 食事が一段落し、お茶をすすりながら尋ねた。

「なんで非公式だと思う?」
「公にしたくないということは、ダナイのことを秘密にしておきたいんじゃないの?」
「やっぱりそうか。これは目をつけられたかな」

 ダナイの困ったような声色にアベルは笑って言った。

「いいじゃない。辺境伯様に目をつけられたってことは、何かあったときに頼りにできるってことじゃないの?」
「確かにそうかもなぁ。俺の後ろ盾になってくれるかも知れないということか。だが、あんまり目をつけられすぎて動きづらくなるのもなぁ」
「そうね。面会の結果次第だと思うけど、悪いことはしてないし、大丈夫なんじゃないかしら」

 やっぱりそうなのかと自分の考えが間違っていないことを確認した。どうやら悪い方向には進んでいないようだとホッとしたところで、これから三日間をどうするかを決めることにした。

「面会まで三日ほどあるが、どうする? せっかくここまで来たことだし、俺は領都を観光したいな」
「ダナイらしい発想ね。私が案内してあげるわ。アベル達はどうする?」
「俺は領都の冒険者ギルドに顔を出しておくよ。何か問題が起きていないか確認しておかないとね」
「わたしはアベルについていくわ」
「マリア、魔法銃の自慢はするなよ」
「……分かってるわよ」

 口を尖らせたマリアの返事に、釘を刺しておいて良かったと確信した。マリアは魔法銃を大変気に入っておりいつも自慢したそうにウズウズしているのだ。
 明日からの予定が決まるとみんなで仲良くフルーツがたくさん入ったデザートを食べ始めた。
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