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第一章

グリーンウッドの森

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 その日、いつものように冒険者ギルドに顔を出すと、見慣れぬ張り紙が入り口付近に貼ってあった。

 緊急依頼:ドラゴン討伐

「ドラゴン? そんなものまでいやがるのか」

 その張り紙に仰天した。竜がいるなど、ますますファンタジーである。思えば遠くへ来たもんだなぁと、どこか他人事のように思っていた。
 
「あ、ダナイさん! 聞きましたか!?」

 アベルとマリアがバタバタと駆け寄ってきた。二人が自分を慕ってくれるその姿はほっこりとさせてくれた。今日も大変元気そうである。

「いや、今来たばかりだ。一体全体、何があったって言うんだ?」
「何でも、グリーンウッドの森にドラゴンが住み着いているみたいです」
「森の深部調査で手負いの若いドラゴンが岩山を根城にしてるって噂なんですよ」

 マリアは興奮しているのか、両手を前で握りしめていた。顔も心なしか上気している。どこにそんなに喜ぶ要素があるのだろうかと自慢の髭を撫でながら首を傾げた。

「ダナイさんもドラゴン討伐に参加するんですか?」
「ドラゴンねぇ。翼が生えた空飛ぶトカゲだろ? 見てみたいような、そうでもないような……」
「でもダナイさん、ドラゴンを倒せば「ドラゴンスレイヤー」になれますよ!」

 嬉しそうにアベルは言うが、その「ドラゴンスレイヤー」が良い物なのかどうかは判断できなかった。判断できずに唸っていると、リリア達がやって来た。

「あらダナイ、あんまり興味がなさそうね。ドラゴンスレイヤーになるチャンスなんて早々ないわよ」

 少し勝ち気な瞳をしながらリリアが声をかけてきた。いつ聞いても良い声してんな、とダナイは思う。

「おう、リリア。リリア達もこの依頼に参加するのか?」
「もちろんよ。放っておいたら、いずれこの街の脅威になるわ。被害を抑えるなら今しかないわ」

 うんうん、とリリアの後ろにいる三人娘も、アベルとマリアも頷いている。なるほどそうかと一人合点した。傷を治したドラゴンがこの街にくる可能性もあるのか。もしそうなれば、街の人々への被害も少なからず出ることだろう。

「そうか。それじゃあ俺も参加するとしようかね」
「やったぁ! ダナイさんがいれば百人力だね」

 ダナイに飛びついたマリアをリリアがギリギリと歯ぎしりをしながら見ていた。ダナイはダナイで、自分の娘に慕われているような感覚で、まんざらでもなかった。


 作戦会議室にはすでに多くの冒険者が集まっていた。今回は緊急事態ということで、近くの冒険者ギルドからも応援に駆けつけていた。その中にはAランク冒険者の姿もあるようで、アベルとマリアが興奮しながら、あの人があれで~としきりに話していた。どうやら二人ともかなりの冒険者オタクのようである。

「良く集まってくれた。礼を言う。すでに諸君も知っての通り、ことはかなり深刻だ。だが、勝機もある」

 顔色はあまり良くなさそうだが、しっかりした声色でギルドマスターのアランは今回の作戦を話した。

「現在ドラゴンは傷を癒やすために、自分で掘ったと思われる岩山の穴に閉じこもっている。ドラゴンの傷はおそらくドラゴン同士の縄張り争いでできたものだと思われ、特に腹部の傷が酷い」

 アランは現状で得られた情報を細かく説明していた。隠し事をしても、作戦が失敗する可能性が高まるだけで、そこには何としてもこの作戦を成功させたいという気迫を感じた。

「基本的には傷跡を中心に攻撃することになるが、第一目標は翼である。空を飛ばれると地上からの攻撃手段が限られる。最悪逃げられる可能性も考えられる。確実に討伐するために翼の無力化は必須だ」

 やはり空飛ぶトカゲは本当に空を飛ぶようだ。飛ばれるとこちら側が非常に不利になることは容易に想像できる。『ワールドマニュアル(門外不出)』に何か使える情報がないかを密かに検索した。

「穴から引きずり出したら翼を集中攻撃する。その間に飛ばれないことを祈るしかないな」

 アランは締めくくった。会議室は重い空気に包まれた。そこは運に委ねるしかない。そんな空気の中、ダナイは手を上げた。

「アラン、一つ提案がある。コイツを見てくれ。これは俺が魔物の目眩ましのために作った閃光玉と言う使い捨ての魔道具だ」
「閃光玉……?」
「そうだ。ここのボタンを押すと、三秒後に一瞬だけ強烈な光が発生するようになっている。出会い頭にコイツをドラゴンの目の前に投げつけようと思う」

 会議室はざわついた。そんな魔道具があるのかという声がとこからともなく聞こえてきた。

「なるほど。それでしばらくの間、ドラゴンの視界を奪うのか」
「そうだ。目が見えなければドラゴンもすぐに飛ぶことはできないだろう。その間に翼を潰す」

 これは『ワールドマニュアル(門外不出)』から引き出した情報でもあった。ドラゴンは目が見える状態でなければ空を飛ばない。それは単に防衛反応からの本能だった。

「よし、ダナイの作戦を採用する。穴から引き出したらすぐに閃光玉を使用する。カウントは任せても大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。こんなこともあろうかと、拡声器も用意しておいたぜ!」
「拡声器?」

 隣に座っていたリリアが柳眉をへの字に曲げて首を傾げた。
 
「拡声器は声を大きくする魔道具だよ」

 ニカリと笑うダナイに「いつの間にそんな物まで作っていたのか」と呆れた顔を見せた。そして会議室にいる誰もが「コイツ何でも持ってんな」とダナイを注目し始めていた。

「他に意見はないな? それじゃ奴の怪我が完治して動き出す前に片付けよう」

 アランの声に集まった冒険者達が頷いた。どの顔も真剣そのものである。一歩間違えばすぐそこに死が待っている。それでもなお危険に向かう彼らは、命知らずの冒険者であった。

「ダナイさんは俺達と一緒に来ますよね?」
「ああ、そのつもりだが……」
「あら、ダナイは一緒に来てくれないのね」

 アベルの誘いに乗ろうとしていたところでリリアが棘のある言い方をした。ダナイには全くその気はないのだが、リリアは勝手にマリアをライバル視しているようだった。当のマリアがどう思っているのかは分からないが、何やら雲行きの怪しい展開になってきたぞ、と内心で思った。何とか言い訳せねば。

「ほら、アベル達は二人だろ? 人数が少ないと何かあったときに困るから、今回みたいな大規模な作戦では人が多い方がいいと思ってな」
「そうね、それじゃ、私達も一緒に行くわ」

 え? とアベルは言ったものの、結局はリリアに押し切られた格好で合同パーティーを組むことになった。メンバーはダナイ、アベル、マリア、リリア、そして三人娘の合計七人である。

 ドラゴンが根城にしている岩山までは少なくとも三日ほどかかるそうだ。その間アベルは、ギクシャクした女性関係の間に挟まれて胃がキリキリとしているのか、しきりに胃の辺りをさすっていた。一方のダナイは、何食わぬ顔でいつものように薬草と魔法草を集めながら森の中を進んでいた。
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