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第一章

風呂事情

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 夜の帳が下り始め、ダナイはテーブルの上に置いてあるランタンに火を付けようとした。

「なんだこりゃ? 俺の知ってるランタンじゃないぞ」

 土台の部分に摘まみが付いているものの、枝状に上へと伸びた金属製のフレームの中は空っぽだった。首を捻りながら摘まみを回すと、フレームの間に眩い光が灯った。

「コイツは凄えや。一体どんな原理なんだ?」

 上下左右から観察したが、どうなっているのかは分からなかった。ダナイは未知の技術を目の当たりにして、それを分解して中身を確かめたい衝動に駆られたが、グッとこらえた。

 いつか自分で購入して、分解しよう。

 ダナイに一つの目標ができた。そのとき、お腹が鳴った。時刻はそろそろ夕飯時。女将の一品おまけにつられて、今日はこの宿の食堂で晩ご飯を食べることにした。
 
 一階にある食堂にたどり着くと、この宿を利用している人達であろうか、かなりの人数の人達がそこを利用していた。これは期待できそうだ、と思っていると、女将よりも若い従業員の女性が注文をとりに来た。

「ドワーフだなんて珍しいわね。注文は何に致しましょうか?」
「女将のお勧めを頼む。それから、風呂に入りたいんだが、どこで入ればいいのかな?」
「お風呂、ですか?」

 怪訝そうな顔で少女はこちらを見ていた。何故そのような顔をするのかが分からないダナイは、首を捻りながら答えを待った。

「一階の奥に大浴場があります。女将に一声かけていただければ入浴することができると思います」
「そうか、ありがとうよ」

 笑顔でそう返すと、少女は厨房へと向かった。

「入浴できると思うって、どう言うことだ? まさか、お断りされる可能性もあるのか?」

 先ほどの言葉を反芻していると、間もなく女将がお勧め料理を持ってやって来た。

「ダナイさん、お風呂に入りたいんだってね?」

 女将はダナイの目の前に食事を運びながらそう問いかけた。その目はジロジロとこちらを見ていた。

「そうしたいんだが、何か都合が悪いのかね?」
「え? ええ、まあ……ドワーフは風呂なんかには入らないって聞いたことがあるんだよ」

 なるほど、だから風呂に入りたいというドワーフを奇妙に思ったのか。確かにたまにしか入らないドワーフが無節操に風呂に入ったら、後始末が大変だろう。

「俺はこの辺りのドワーフと違ってな。うちの種族は毎日風呂に入るのが習慣だったんだ。なぁに、大丈夫さ。湯船につかる前に体をしっかりとこすってから入るから、心配はいらないよ」

 その言葉にホッとした表情をする女将。どうやら、受け答えに抜かりはなかったようだ。

「そうだったのかい。それなら大丈夫だね。他の客も入るから、きれいに使っておくれよ。石けんとたわしは風呂場にあるのを自由に使っておくれ」

 女将は笑顔でそう言うと、厨房へと戻って行った。
 
 目の前に出された食事からは温かな湯気が立ち上っていた。お腹の虫がギュウとなり、早く食べろと言っている。たまらずダナイはスプーンとフォーク手に取ると、食事を口の中にほおばった。二日ぶり食べるまともな食事は大変美味しかった。
 
 食事が終わると、すぐに大浴場へと向かった。日本人として五十年近く生きてきたダナイにとっては、風呂はまさに命の洗濯をする場所であった。
 
 岩山や森の中、草原を徘徊した体はホコリまみれであり、とてもきれいとは言い難かった。ダナイは言われた通り、石けんを借りた。
 
 体を洗うスポンジはどうやらないようであり、その代わりにタワシのようなブラシがいくつも置いてあった。おそらくはこれで洗うのだろうと思い、複雑な気持ちでタワシに石けんをこすりつけた。

 しかし、使ってみると、そのタワシのようなものは「タワシもどき」であり、その毛並みは思った以上に柔らかかった。
 
 ダナイは安心して、毛むくじゃらになった自分の体を洗った。一度では汚れが落としきれなかったようで、三回も洗うことになってしまったが、その甲斐あって、ツヤツヤでサラサラの毛並みになった。
 それに満足したダナイは、ようやく湯船に入ることができた。
 
 湯船に入っていた客達がギョッとした表情をしたのは言うまでもなかった。
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