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第一章

職人としての矜持

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 ロベルトに言われた通り、ダナイは素材売却カウンターへと向かった。
 
 そこには同じ冒険者と思われる若干人相の悪い人達がたむろしていた。向こうの席では酒を飲んでいる連中もいる。
 
 まだ日が沈んでもないのに酒を飲むとは良いご身分だ、と思いながらも空いているカウンターにたどり着いた。カウンターには眼鏡をかけたひ弱そうな職員がこちらを見ていた。

「済まないが、これを売りたいのだが」
「冒険者証明書の提示をお願いします」

 ダナイは冒険者証明書と一緒に魔石を懐から取り出して職員に渡した。
 
 話を聞くと、どうやら魔石の値段は重さによってのみ決定されるそうだ。『ワールドマニュアル(門外不出)』で調べたところ、魔石の大きさは長生きしている魔物ほど大きくなる。この弱肉強食の自然界においては、強い個体ほど長生きするのは当然のことなので「大きな魔石を持っている=強い魔物」と言っても差し支えなかった。
 
 職員は天秤に魔石を載せると、慎重に分銅を使って重さを量った。

「全部で六百二十Gですね。よろしいですか?」
「ああ、それで頼む」

 この世界の一Gは日本円に換算すると十円くらいだろうか? 厳密には違うだろうが、そのくらいだろうと大体の当たりをつけた。魔石を売ったお金は日本円で約六千円。これが多いのか少ないのかは今のダナイには判断できなかった。

「ダナイさんは条件を満たしましたので、Fランクに昇格となりました」
「さっき冒険者になったばかりだぞ。はええな」
「Fランクになるために必要な条件は一定量の魔石をこちらに持ってくることですので」
「なるほどなぁ」

 ダナイは髭を撫でながら、感心そうに呟いた。ランクアップの手続きはすぐに終わり、GからFの文字に変わっただけの冒険者証明書がお金と共に渡された。
 それを懐にしまい込むと、職員に礼を言って冒険者ギルドを後にした。

「さて、これからどうするか。今日の所はひとまず布団で眠りたいな」

 ダナイは少し考え込むと『ワールドマニュアル(門外不出)』を思い浮かべた。
 困ったときの神頼み。彼の場合の神は『ワールドマニュアル(門外不出)』のことである。その中から安くて美味しい宿を探し出すと、意気揚々と本日の宿「銅の菜の花亭」へと向かった。

 
「今日の宿を借りたいのだが、空いているかね?」
「いらっしゃい。ドワーフとは、これまた珍しいね。空いてるよ。一人部屋で構わないね?」
「ああ、それでいい」

 恰幅が良い女将が朗らかにそう答えた。その顔にはどこか懐かしい感じがして、この宿を選んで良かったとダナイはすぐに気に入った。

「いくらかな?」
「一泊二百Gだよ。食事は別料金だが、ここで食事をとるのなら一品おまけするよ」
「分かった。とりあえず、一晩だけ頼むよ」

 あいよ、と返事をした女将はすぐに部屋の番号が書いてある木製の鍵をダナイに渡した。それを受け取ると、二階にある部屋へと向かった。

「なかなかいい部屋じゃないか」

 広くもなく、かと言って狭いわけでもない絶妙な大きさの部屋だった。部屋には窓とタンス、テーブルが一つずつあり、椅子は二つあった。それに備え付けのベッドとクローゼット、さらには鍵付きの金庫まであった。部屋には照明がなく、その代わりにテーブルの上にランタンが置かれていた。
 
 至れり尽くせりだな、と思いながら椅子に座ると、張り詰めていた緊張が一気にほぐれたのか、急に疲れを感じた。怒濤の数日を考えるとそれもそうかと苦笑いし、今後のことについての方針を思案した。
 
 必須事項は聖剣を作ること。そのためには、鍛冶屋にならなければならないだろう。材料集めから鍛造までの全てを誰かに頼むという方法もあるのだが、それは職人としての矜持が許さなかった。頼まれた依頼は必ず自分の手でやり遂げる。それが俺だ。
 
 だが、残念なことに前世では鍛冶まがいのことをやったことはなく、どこかの鍛冶屋に弟子入りする必要があった。それを考えるとワクワクする自分がいることに気がついた。

 少年のころに戻ったかのような感覚に思わず笑いがこぼれた。

「まさか俺に、まだこんな気持ちが残っていたとはな。それじゃ、もう一旗揚げるとしようかね」

 そのとき頭の中で思い浮かべていた『ワールドマニュアル(門外不出)』に一つの文字が浮かび上がった。

【鍛冶屋としての技術の全てをインストールしますか?】

 なんだ? インストールって?

【インストールすることで、即座にその技術が使えるようになります】

 はは~ん、それをすることですぐに一人前の鍛冶屋になれるってことだな? だが、断る。俺は俺自信の力で一人前の鍛冶屋になってやる。それでこそ、最高の一品を作り出せるってもんよ。
 
 ダナイは職人である。それに加えて非常に頭の固い職人であった。そしてその提案を蹴ったことで、彼の闘志はさらに熱く燃え上がるのであった。
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