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魔族の影
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「私、見たんです……」
そんな言葉から始まったイグミの話。
ここは王城の中庭。イグミはそこに殿下によって植えられた。イグミはすぐに根を張り、スクスクと成長した。今ではもう二メートルほどになり、移動することはないそうである。
良かった。殿下と性格が合わなくなったからと言って、俺の家に引っ越して来ることはなさそうだな。
イグミは何かを発見したらしく、殿下にそのことを伝えた。そしてその話を聞いた殿下はすぐに俺たちをこの場に招集したのだった。
「何を見たんだ?」
俺が尋ねると、イグミは葉っぱをカサカサと揺らした。……どんな表情を示しているのかがまったく分からん。木との意思疎通はなかなか難しいようである。
「私をもてあそんだヤツよ!」
ああ、例のイグミがだまされたイケメンのことか。まあ、イケメンにだまされた方が悪いとは思うが、イグミを利用して良からぬたくらみをしていたのは間違いないだろう。
「一体何者だったんだ?」
俺の問いかけに、殿下が答えた。
「テオドールは覚えているかな? キミの元婚約者であるカロリーナ嬢の相手だよ。確かテオドールが「魔族だから気をつけろ」と言っていた男爵令息だよ」
あいつか。国に魔族であることを伝えたものの、その後は何の進展もなかったから無害だと思ってすっかり忘れていた。
「あのイケメン男爵令息が犯人だったんですね」
「イグミの話だとそう言うことらしい。国で調べていたのだが、なかなか尻尾をつかめなくてね。だがこれで、ようやく前に進めそうだよ。イグミの線から男爵令息の行動を洗い出しているところだよ」
俺は神妙な顔をしてうなずいた。これはどうやら魔族と一戦を交える必要があるのかも知れないな。俺としては王宮の魔導師たちで何とかして欲しいのだが、魔族相手だとどうなるか。被害を最小限に抑えるのならば、俺がやらざるを得ないかも知れないな。
「魔族を刺激しても大丈夫なのですか? 戦う準備はできているのですか?」
俺の質問に殿下が笑って答えた。
「今からそれをするんだよ。そのためにテオドールを呼んだのさ」
う、何だろう。ものすごく嫌な予感しかしない。帰りたい、帰りたい、暖かいお家に帰りたい。
「イグミの話によると、イグドラシルの素材を使えば魔族の力を封じ込めることができるそうなんだ。どうやらヤツはそれを恐れてイグミをどうにかしようとしたかったらしい」
なるほど、それでイグミをむりやり育てて魔物にすると同時に、この国に被害を出そうとしていたのかも知れない。しかも万が一イグドラシルの木が倒されても、その素材が手元に残らないようにするほどの徹底ぶり。
魔族ことについてはこれから殿下たちが調査するのだろう。俺の仕事じゃないな。
「分かりました。それで、私は一体何をすればよろしいのですか?」
「ウム、イグミの子供を育てて、立派な木材にしてくれ。そしてその木材を利用して建物を建てる。そこに魔族をおびき寄せて一網打尽にするのだ」
イグミの子供を育てる!? メッチャ、嫌なんですけど……そもそもだれの子なんだ……。
「お言葉ですが殿下、王城で育てれば良いのではないですか?」
「そうも行かないのだよ。こちらが魔族に気がついたように、おそらく向こうもイグミのことに気がついている。今この場所に入れるのは許可がある者のみが入れるようにしてあるから、イグミに対して目立った行動は取らないだろう。しかし、別の場所なら話は変わってくる」
確かにそうかも知れないな。向こうは警戒しているだろう。内緒に育てるにしても、王城は行き交う人が多すぎる。だれにもバレないようにここで育てるのは困難だろう。ここは引き受けるしかなさそうである。
イグドラシルを素早く育てるためには、大量の魔力が必要となるだろう。その魔力も俺なら何とかなる。
「分かりました。お引き受けいたします」
「ありがとう、テオドール。そう言ってもらえると思ったよ。それじゃ、頼んだよ、イグミ」
殿下が後ろに立っているイグミに話かけた。
「分かったわ。それじゃ、あなたたち、テオドールのところに行きなさい!」
イグミがそう声をかけると、樹冠の中から「あの日」のイグミがワラワラと湧き出してきた。テラキモス!
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、イーリスも青い顔をしていた。ミケは毛を逆なでて素早く俺の肩へと登った。
「よろしくお願いします!」
あの日のイグミたちが声をそろえて挨拶をした。大丈夫なのかな、これ。成長したら切り倒すことになるんだよね?
「あの、成長したら切り倒すことになると思うんですが、良いんですよね?」
「もちろん構わないよ。イグミには許可を取ってある。そうだろう?」
「殿下の言う通りよ。遠慮なくバッサリとやっちゃって! 悲鳴をあげるかも知れないけど、ノープログラムよ。あなたたちが死んでも代わりはいるもの」
……それを俺がやらないといけないのか。ものすごく複雑な心境である。もっと別な方法はなかったのか。挿し木とか、種をもらえるとかさ。現物支給はちょっと……。
まあ、その辺は領地に戻ってから考えよう。今は魔族対策が重要だ。この場をだれかに見られるわけには行かないからな。
「分かりました。大事に育て、立派な木材にしてきます」
「頼んだぞ、テオドール」
そんな言葉から始まったイグミの話。
ここは王城の中庭。イグミはそこに殿下によって植えられた。イグミはすぐに根を張り、スクスクと成長した。今ではもう二メートルほどになり、移動することはないそうである。
良かった。殿下と性格が合わなくなったからと言って、俺の家に引っ越して来ることはなさそうだな。
イグミは何かを発見したらしく、殿下にそのことを伝えた。そしてその話を聞いた殿下はすぐに俺たちをこの場に招集したのだった。
「何を見たんだ?」
俺が尋ねると、イグミは葉っぱをカサカサと揺らした。……どんな表情を示しているのかがまったく分からん。木との意思疎通はなかなか難しいようである。
「私をもてあそんだヤツよ!」
ああ、例のイグミがだまされたイケメンのことか。まあ、イケメンにだまされた方が悪いとは思うが、イグミを利用して良からぬたくらみをしていたのは間違いないだろう。
「一体何者だったんだ?」
俺の問いかけに、殿下が答えた。
「テオドールは覚えているかな? キミの元婚約者であるカロリーナ嬢の相手だよ。確かテオドールが「魔族だから気をつけろ」と言っていた男爵令息だよ」
あいつか。国に魔族であることを伝えたものの、その後は何の進展もなかったから無害だと思ってすっかり忘れていた。
「あのイケメン男爵令息が犯人だったんですね」
「イグミの話だとそう言うことらしい。国で調べていたのだが、なかなか尻尾をつかめなくてね。だがこれで、ようやく前に進めそうだよ。イグミの線から男爵令息の行動を洗い出しているところだよ」
俺は神妙な顔をしてうなずいた。これはどうやら魔族と一戦を交える必要があるのかも知れないな。俺としては王宮の魔導師たちで何とかして欲しいのだが、魔族相手だとどうなるか。被害を最小限に抑えるのならば、俺がやらざるを得ないかも知れないな。
「魔族を刺激しても大丈夫なのですか? 戦う準備はできているのですか?」
俺の質問に殿下が笑って答えた。
「今からそれをするんだよ。そのためにテオドールを呼んだのさ」
う、何だろう。ものすごく嫌な予感しかしない。帰りたい、帰りたい、暖かいお家に帰りたい。
「イグミの話によると、イグドラシルの素材を使えば魔族の力を封じ込めることができるそうなんだ。どうやらヤツはそれを恐れてイグミをどうにかしようとしたかったらしい」
なるほど、それでイグミをむりやり育てて魔物にすると同時に、この国に被害を出そうとしていたのかも知れない。しかも万が一イグドラシルの木が倒されても、その素材が手元に残らないようにするほどの徹底ぶり。
魔族ことについてはこれから殿下たちが調査するのだろう。俺の仕事じゃないな。
「分かりました。それで、私は一体何をすればよろしいのですか?」
「ウム、イグミの子供を育てて、立派な木材にしてくれ。そしてその木材を利用して建物を建てる。そこに魔族をおびき寄せて一網打尽にするのだ」
イグミの子供を育てる!? メッチャ、嫌なんですけど……そもそもだれの子なんだ……。
「お言葉ですが殿下、王城で育てれば良いのではないですか?」
「そうも行かないのだよ。こちらが魔族に気がついたように、おそらく向こうもイグミのことに気がついている。今この場所に入れるのは許可がある者のみが入れるようにしてあるから、イグミに対して目立った行動は取らないだろう。しかし、別の場所なら話は変わってくる」
確かにそうかも知れないな。向こうは警戒しているだろう。内緒に育てるにしても、王城は行き交う人が多すぎる。だれにもバレないようにここで育てるのは困難だろう。ここは引き受けるしかなさそうである。
イグドラシルを素早く育てるためには、大量の魔力が必要となるだろう。その魔力も俺なら何とかなる。
「分かりました。お引き受けいたします」
「ありがとう、テオドール。そう言ってもらえると思ったよ。それじゃ、頼んだよ、イグミ」
殿下が後ろに立っているイグミに話かけた。
「分かったわ。それじゃ、あなたたち、テオドールのところに行きなさい!」
イグミがそう声をかけると、樹冠の中から「あの日」のイグミがワラワラと湧き出してきた。テラキモス!
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、イーリスも青い顔をしていた。ミケは毛を逆なでて素早く俺の肩へと登った。
「よろしくお願いします!」
あの日のイグミたちが声をそろえて挨拶をした。大丈夫なのかな、これ。成長したら切り倒すことになるんだよね?
「あの、成長したら切り倒すことになると思うんですが、良いんですよね?」
「もちろん構わないよ。イグミには許可を取ってある。そうだろう?」
「殿下の言う通りよ。遠慮なくバッサリとやっちゃって! 悲鳴をあげるかも知れないけど、ノープログラムよ。あなたたちが死んでも代わりはいるもの」
……それを俺がやらないといけないのか。ものすごく複雑な心境である。もっと別な方法はなかったのか。挿し木とか、種をもらえるとかさ。現物支給はちょっと……。
まあ、その辺は領地に戻ってから考えよう。今は魔族対策が重要だ。この場をだれかに見られるわけには行かないからな。
「分かりました。大事に育て、立派な木材にしてきます」
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