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イーリス・デン・アウデン男爵令嬢①

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 翌日、母上の機嫌は落ち着いたようである。良かった。このまま父上が帰って来るまでおとなしくしておこう。火に油をそそぐようなまねだけはしないようにしなければ。

 そんな今にも爆発しそうな母上のご機嫌を取りながら過ごすこと数日。何やら外が騒がしくなってきた。父上が帰って来たようである。すぐに玄関へと迎えに行った。玄関にはすでに母上の姿があった。さすが母上、素早い。
 鎧を身につけたままの姿で父上が急ぎ足でこちらへと向かって来た。やけに急いでいる感じだけど、どうかしたのかな?

「お帰りなさいませ」

 俺たちは声をそろえて出迎えた。母上も父上の急いだ様子に気がついたようであり、不安そうな顔をしている。

「喜べ、テオドール。お前の新しい婚約者が見つかったぞ」

 ヒュッ、と俺は息を飲んだ。父上はうれしそうな顔をしているが、対する俺はいまだに前回の失恋が尾を引いている。完全にトラウマになっているのだ。今は女性のことは考えたくない。ミケのおなかに顔をうずめてハアハアしていたい。

 そんな俺の様子に気がついたのか、隣に座っていた母上が、バシン、と俺の背中をたたいた。

「しっかりしなさい。あなたはもう、以前のあなたとは違うのよ」

 母上は笑顔で言った。確かにそうだ。以前とは明らかに見た目は変わっているはずだ。でもね、中身は同じなんですよ。豆腐メンタル。それが今の俺にふさわしい二つ名なのかも知れない。

 ミケに癒やしてもらおうと手を伸ばしたら、シャッっと引っかかれそうになり、プイッとそっぽを向かれた。……もしかして、俺の新しい婚約者の登場に嫉妬してる? それはそれで困ったなぁ……。

「父上、その方とは政略結婚なのでしょうか?」
「ああ、そうだ。だが、向こうからの申し出だぞ。ぜひテオドールの妻に、と」

 ……確か前回も向こうからの申し出だったよね? 父上は自信ありげな顔をしていたが、こちらは非常に不安である。
 この国では政略結婚が当たり前。むしろ恋愛結婚をすること自体がありえない。そのことは良く分かっている。分かっているが、それでも前回婚約破棄されたんだよねー。あ、また心の傷が開きそう。ミケ~、痛っ!?

「そんな不安そうな顔をするな。相手はアウデン男爵の長女、イーリス嬢だ。先日のテオドールの活躍を聞いてな、「ぜひとも婚姻を」とアウデン男爵が言ってきたのだよ」

 アウデン男爵が? 先日の戦いでは、俺はすぐに帰らされたため、アウデン男爵に会うことはできなかった。しかし、父上から俺の話は聞いていることだろう。……もちろんアウデン男爵領の一部を破壊してしまったことも。

「あの、本当に大丈夫なのですか?」
「ハッハッハッハ! 森の一部を破壊してしまったことを気にしているのか? その心配は要らんぞ。むしろ使える領地が広くなったと喜んでいたくらいだ。魔物の脅威も減ったことだしな」

 ハッハッハともう一度父上が笑った。どうやらあちら側は怒ってはいないようである。

「それに、我がモンドリアーン子爵家とアウデン男爵家のつながりが強くなれば、万が一のときに双方で援軍を送ることができるからな」
「それに、アウデン男爵と一緒に気兼ねなくお酒が飲めるようになるからでしょう?」

 母上がチクリと言った。そう言えば父上が「アウデン男爵とは旧知の仲」とか言ってたしな。なるほど、酒飲み仲間だったと言うわけか。父上の視線が泳いでいる。どうやら図星だったようである。
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