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屋敷の中をウロウロする

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 バディア辺境伯からは正式に三枚の「解呪の破魔札++」の注文があった。報酬は出すと言われたが、錬金術ギルドへの推薦状と、今回の騒動の謝罪をかねて、無料で提供することにした。

 辺境伯からは「割に合わない」と言われたが、こちらとしてはあまり借りを作りたくない。それはカビルンバも同じようで、私の意見を否定することはなかった。
 そして本日は辺境伯邸に泊まることになった。何でも晩餐を用意しているので、ぜひ食べてもらいたいとのことだった。

 ついに私にも人間社会の豪華な食事を食べる日がやって来たようである。これは楽しみだ。用意された部屋に到着すると、食事の準備ができるまでは自由にしてもらって構わないと言われた。

「レオ様、今さら言っても遅いと思いますが『解呪の破魔札』はかなりレアなアイテムですからね。そうホイホイと作る物ではありませんよ。キッチリと『それほどのこと』をやっていますからね」

 どうやら私が思っている以上に「それほどのこと」をしていたようである。人間社会に混じって生きていくなら、この辺りのズレを修正していかなければならないな。魔法も同じだ。どうもやり過ぎる傾向にある。

 でもね、普通って何だ。だれか参考になる人物を紹介してくれ。そんなことを思っていると、扉がノックされた。

「レオ様、お疲れでなければ、屋敷を案内いたしますわ」

 エレナ嬢だ。部屋にこもっていても特にすることはないし、あの中庭も気になる。ここはご厚意に甘えるとしよう。
 扉を開けると、今度はきちんとした貴族の衣装を身につけたエレナ嬢が立っていた。わお、ものすごい美人! そして相変わらず胸元が大きく露出するような服を身につけている。貴族って良く分からない生き物だな。

「ありがとうございます。お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんですわ!」

 すごいうれしそう。そしてノータイムで私の腕に絡みつくのはどうなのか。バディア辺境伯にバレたときが怖いんですけど。だが離してくれなさそうだし、拒絶すると泣くかも知れない。ここはこのまま様子を見る一択だな。

 エレナ嬢に連れられて屋敷の中を歩く。さすがは辺境伯なだけあってとても広い。サロンも三つもあった。それに小さいが書庫もある。人間がどんな本を読んでいるのか、ちょっと気になるな。

「エレナ嬢、書庫を少しだけのぞかせてもらってもよろしいですか?」
「もちろん構いませんわよ。気になる本があれば、部屋へ運んでもらうように手配しますわ」
「何から何までありがとうございます」

 書庫の中は真っ暗だった。エレナ嬢が使用人に目配せをすると、部屋につり下げられているランプに次々と明かりがともっていった。まだ薄暗いが、何とか本の背表紙くらいは見えそうである。

 エレナ嬢に案内されながら見て回る。歴史書や政治の本が多いみたいだな。そう言えば人間の歴史についてはほとんど知らないな。もっと人間のことを良く知るためにも、学んでいた方がいだろう。歴史の本を何冊か借りることにして書庫を出た。

「次はこちらに案内しますわ」

 案内された場所は調理場だった。晩餐に向けて大急ぎで準備が行われているようだ。それを邪魔しないように遠くから見守る。

「辺境伯ともなれば、専属の料理人を雇っているのですね」
「お客様をお招きすることも多いですからね。これまでは私が床に伏せっていたので訪れる人も少なかったですが、これからは多くなると思いますわ」

 そう言ったエレナ嬢はあまりうれしそうではなかった。たぶんエレナ嬢は「面倒臭いな」と思っているはずだ。今の私と同じように。客が来れば挨拶をしなければならない。何か話さなければならない。エレナ嬢の年齢なら婚約者の申し込みとかもあるんじゃないのか? 考えただけで逃げ出したくなるな。

 調理場からはとても良い匂いが漂い始めていた。もうすぐ料理の準備が整いそうである。それに気がついたのか、エレナ嬢がサッと私の腕を取って先へと急いだ。
 次に訪れたのは中庭だった。噴水が見えるので、窓から見えた庭園はここだろう。夕暮れに染まりつつある空と同じように、花と緑の葉もその色を変えていた。

「この庭園は私もお気に入りですのよ。またこうして歩けるようになるとは思いませんでしたわ」

 目を伏せるエレナ嬢。呪いにかかっていた日々を思い出したのだろう。もう終わったことだし、いつまでもそれに捕らわれるのは良くないと思うのだが。元気づける何かを言わないと。

「けしからんことをするやつがいますね。呪いと言えば魔族なのですが、何か魔族に恨みを買うようなことでもあったのですか?」
「恐らくですが、私に呪いをかけた魔族の方は頼まれたのだと思います」
「頼まれた……?」
「はい。魔族の中には呪いをかけることを生業にしている人がいると言う話を聞いたことがありますわ」
「なんと」

 ビックリだわ。まさかだれかにお金をもらって呪いをかける魔族がいるだなんて。お金さえもらえれば何でもするのかよ。魔族としての誇りはないのか! とは思ったものの、生きるためにはお金がいるからね。お金のためなら何でもやらないと生きていけない時代になってしまったのだろう。ある意味、私のせいなのかも知れない。

「依頼した人物に心当たりが?」
「ええ……恐らくは婚約者になることを断った方のだれかだと思いますわ」
「きっとそれだけではありませんね。エレナ嬢の美貌に嫉妬した女性が腹いせに頼んだ可能性も十分にあると思います」

 カビルンバが文字通り首を突っ込んできた。私と同じように、魔族がだれかを呪ってお金を稼いでいることに不快感を持っているようだ。語気が少し荒かった。
 魔族の中でも呪いの技術力には当然、差がある。だが全体的に見て、人間よりもはるかに高水準であることは間違いない。
 すなわち、魔族が呪えば高確率でそれを解除することはできないのだ。だれの仕業か分からないように殺すにはまさにピッタリの方法である。何か嫌な気分だな。
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