5 / 8
第5話・散歩
しおりを挟む苺大福をアシルの掌に乗せてやると、数秒それを見て固まっている。
何となく不満そうだ。
「…小さいな」
「文句があるなら食うな!」
「本当の事を言ったまでだ。 それに何だ、あの不貞腐れた人間は」
「夜勤務のコンビニ店員って大変なんだよ。 疲れてたんじゃないの」
「水景は優しいな。 庇っているのか」
「そんなんじゃ…」
「うん、味はまぁまぁだ。 苺は酸いが」
「だから文句があるなら…!」
不服そうに手にした苺大福を一口で頬張ったアシルが、眉を顰めて「酸い」ともう一度不満を口にした。
アシルはばあちゃんの知り合いなんだろうけど、俺の知り合いではない。
状況説明を後回しにしてやったのにと思うと腹が立って憤ると、唇にアシルの冷たい指先が触れた。
「いちいち大声を出さなくていい。 私とならば声を発さずとも会話が出来る。 要らぬ体力を使うな」
「アシルがここに居る時点でクタクタのヘトヘトなんだけど…」
俺の戸惑いを一切シカトしやがって。
マネキン人形みたいに整った横顔がもぐもぐしている姿を見ると、疲労感がさらに増す。
「婆さんから何か聞かなかったか」
「ばあちゃん…?」
アパートのすぐそばにある小さな公園の敷地内に足を踏み入れたアシルが、ふいに振り返ってきた。
「空に立ち昇る龍を見付けたら生涯幸福になる、とか何とか」
「うん。 聞いた。 俺三回も目撃してる」
「目撃し過ぎだ。 私は今日この日に姿を現すつもりでいたのだ。 それなのに水景には何度も見付かった。 …つくづく縁がある」
「……さっきからアシルが龍目線で喋ってんだけど」
「龍だからな」
「も~っ訳が分かんねぇ!」
頼むからあとで「ドッキリでしたー!」って言ってくれよ。
だって信じられるはずないだろ?
ちょっと見た目は神々し過ぎるけど、人間としてアシルは俺の目の前に立ってんだから。
「水景が私の求婚を受け入れてくれれば、すぐにでも証拠を見せられる。 嫁が居ないと擬態化の手続きが面倒なのだよ…独身男は信用がないと言われてな」
「…求婚? 擬態化? 色んな情報ぶち込まれ過ぎて頭がパンク寸前」
「ともかく私は水景を迎えに来た。 両親との約束も果たしたいが、水景は何とも麗しく育っているのでぜひとも手篭めにしたい」
「言葉が悪い! しかも俺男だから!」
「構うか。 足首に私の嫁である証が刻まれれば、水景が望めば数年かけて両性具有になれる。 心配はいらない」
「心配はしてない! …てか、え…待って…俺の親と何か約束してんの…?」
アシルはばあちゃんだけじゃなく、両親とも知り合いだったのか?
産まれてすぐに事故で死んでしまって、俺は二人の姿を写真でしか見た事がない。
声さえ聞けないまま二人揃ってあの世へ行ってしまった両親の事が聞けるなら、俺はこの茶番にいくらでも付き合う。
「場所を移動したい。 皆守(みなもり)神社へ連れて行け」
1
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
迅雷上等♡
須藤慎弥
BL
両耳に二つずつのピアス、中一の時から染めてるサラサラ金髪がトレードマークの俺、水上 雷 は、
引っ越した先でダチになった 藤堂 迅 と
やらしい事をする間柄。
ヤリチンで、意地悪で、すぐ揶揄ってくる迅だけど、二人で一緒に過ごす時間は結構好きだった。
いつものように抜きっこしようとしたその日。
キスしてみる?
と、迅が言った。
※fujossy様にて行われました「新生活コンテスト」用に出品した短編作です。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
甘えた狼
桜子あんこ
BL
オメガバースの世界です。
身長が大きく体格も良いオメガの大神千紘(おおがみ ちひろ)は、いつもひとりぼっち。みんなからは、怖いと恐れられてます。
その彼には裏の顔があり、、
なんと彼は、とても甘えん坊の寂しがり屋。
いつか彼も誰かに愛されることを望んでいます。
そんな日常からある日生徒会に目をつけられます。その彼は、アルファで優等生の大里誠(おおさと まこと)という男です。
またその彼にも裏の顔があり、、
この物語は運命と出会い愛を育むお話です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【北斗と藤里】愛おしい罪の名残。
あきすと
BL
地方守護職シリーズから。
北方の守護職でもある2人の過去から、現代までのお話です。
登場人物
藤里
とある北方の地を守護する。元は、領主の家に生まれた。
類まれなる美青年と言われていたが、外に出る時は
顔を隠している。北斗の大切な人。
北斗
とある北方の地を守護する、霊力の高い青年。
明るく健気で、素直。昔は、使者などをしていたが
あまり過去の話はしたくない様子。
藤里に大きな罪悪感を抱きつつも、慕っている。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる