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◇ 分岐点 ◇
⑮-2
しおりを挟む「はぁ。もう……マジでビックリしたんだからね。ていうかあの人まだアシなの?」
ひとしきりハルとじゃれて満足したケイタが、畳まれていたパイプ椅子を持ち出してきてハルの隣を陣取った。
「みたいだな」と頷いた俺は顔色一つ変えなかったと思うのに、すべてを知るケイタの視線は心配げだ。
「……アキラ、大丈夫だった?」
「大丈夫も何も。〝無〟だよ、無」
「一言も話してないの?」
「当たり前だろ。話すことねぇし。時間の無駄だし」
「そっかぁ。それもそうだねぇ」
ヘアメイク担当が今日アシスタントとして連れてきた女が、何の因果か件の元カノだった。
心の準備もしてないうちから出くわし、さすがの俺も一瞬驚きはした。ただそれは、当時のことを思い出して何らかの感情が湧いたとか、そういうわけじゃない。
ケイタの言葉通り、〝まだアシスタントなのか〟とそっちに驚いたんだ。それと同時に衝撃を受けたのは、元カノの容姿。
ひどい言いようだが、元カノは当時から特別美人ってわけではなかった。それを本人も分かっていて、自分に合った年相応のナチュラルメイクを探求していた。……はずなんだが。
── 六年という月日は短いようでいて長かったらしい。時の流れってものは残酷だ。
ヘアメイクアーティスト志望でメイク専攻してたはずなのに、元カノは当時よりも濃いメイクで無理に若作りをし、それに伴って服装も迷走し、結果かなり痛々しい女性に成り下がってしまっていた。
それだけならまだしも、何かと注意ばかり受けていて仕事も出来ない様子だった。
あれでは、ヘアメイクアーティストとして一人で現場に向かわせるのは不安だろう。
鏡越しに嫌でも見聞きする光景に、俺はとても残念な気持ちになった。
仕事でもプライベートでもどっちでもいいから、元カノには〝幸せ〟を掴んでいてほしかった。
── 自分を見失わずに。
「あ、あの……もしかして、アキラさんの元カノさんが来てるんですか? そういえばヘアメイクさんだって……」
俺とケイタの会話でおおよそ予想がついたようで、神妙な顔をしたハルが恐る恐る尋ねてきた。
「そう、アシスタントとしてな。俺も知らなかったから一応少しだけ驚いた」
「一応……ですか」
ハルには全部話してしまったからって、こんな言い方したらハルが気にする。そんなことは分かってるんだが、俺がどんな野郎でもハルは受け止めてくれると分かると、本心は隠せなかった。
普段は庇護欲ばかり掻き立てられるハルなのに。
今さらだが、これはセナが虜になるわけだ。
「……てかケイタ、俺はお前の方が心配なんだけど。あの時みたいに余計なこと言ってねぇだろうな?」
「言うわけないでしょ。初対面のフリしたよ」
「ん、それでいい」
「セナだったら間違いなく怒ってただろうけどね」
「……そうだな。怒るっつーかキレるっつーか。とにかく不機嫌丸出しだったかもな」
未だ元カノとの件に納得してないセナとケイタは、当事者の俺より感情的になりやがる。
あの時だってそうだ。
大切な初日舞台の直前だってのに、二人は……。
「すみません、話を蒸し返してごめんなさいなんですけど……。アキラさんは元カノさんをシカトしたって言ってたじゃないですか。でも聖南さんとケイタさんは……黙ってなかったんじゃないですか?」
……驚いた。
指の隙間からケイタをチラ見しながら、そこまで推測してるとは思わなかった。
俺がその後のことをあえて割愛したのは、カッとなって我を忘れた二人の暴言をハルに聞かせたくなかったからなんだ。
ケイタはともかく、夜の世界を生きがいにしていたセナの口はとことん悪かった。
早い話が、ピー音満載。
シカトを貫くのが難しかった。
グゥの音も出ない元カノに対し、口が達者なセナは自身の主張も交えて俺の気持ちを代弁した。それに、いくらか経験を積んでいたらしいケイタも勇んで追随していた。
いや、あれは代弁じゃないな。
〝一方的な喧嘩〟、もしくは〝ただの文句〟だった。
やっぱりハルに詳しく語って聞かせるのは、気が引ける。
何より、セナの沽券に関わる。
「……フッ、ハルにしては察しがいいじゃん。俺がシカト出来たのも、二人が〝全部〟、俺の気持ちを代弁してくれたからだ」
「へぇ……そうなんですね」
「詳しく聞きたいなら、セナ本人に聞いてみてくれ。これ以上はノーコメントだ」
「えぇっ? そんなぁー!」
ここまで話しておいて出し惜しみするなって感じなんだろうけど、ほっぺたを膨らませた幼稚なハルには刺激の強い話だからな。
カッコ悪い過去も、美談でも何でもない男女間のあれこれも、黙って聞いてくれただけで俺は嬉しかった。
もう一人弟が出来たって感覚、存分に味わわせてもらったよ。
俺に恋愛は向いてない。
まだまだしばらくは、隙間なく入ってるスケジュールをこなす事と、手のかかる弟たちを見守る事に徹しようと改めて思った。
まずは、ハルが見惚れてくれたこの〝コスプレ〟舞台の再演を、大成功させてやろうじゃん。
だからハル。
何もかも吹っ切れてる兄ちゃんのカッコイイ芝居、絶対観に来いよ。
CROWNの絆 sideアキラ
─ 完 ─
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須藤先生
ご無沙汰してます💕
新しいお話、ありがとうございます😊
体調の方は大丈夫でしょうか?
完結してからまとめて読もうと思ってたら、なんだか忙しく、お盆休みに一気読みしちゃいました。
大好きなアキラさん語り❤️めちゃ嬉しいです。
あの素敵なアキラさんにも、こういう人間くさい(変な表現ですみません)ドラマのような過去があったんですねぇ。まぁこの過去があったから更に人間として深みが出て、アイドルとしても役者さんとしても大成できてるんですねぇ。
セナさんとハルちゃんのお話も先生の生活に余裕ができたらまたお願いしたいところですが、わがままは言いません。ずっと待ってます。長文失礼しました。
酷暑の中、どうぞお身体ご自愛下さいね。