CROWNの絆

須藤慎弥

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◇ 分岐点 ◇

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 ◇



 たったあれだけの事で、俺とセナの間にあった小さな溝は埋まりグッと距離が縮まった。

 ケイタが居ないと会話ができない、そんな半年間があったことすら忘れさせるほど自然に振る舞えるようになった。

 あれ以来、なんとあのセナが、俺を頼ってくるようになったんだ。

 振りが分からないから教えてほしい、レッスン着を忘れたから貸してほしい、試験勉強に付き合ってほしい……他、色々。

 一つ一つは些細な事だが、俺は頼られて嬉しかった。それもかなり。

 しかも気まずいと思ってたのはセナも同じだったと知って、互いに吹き出してしまった。

 俺もセナと負けず劣らず成長が早かったせいで、当時のセナとの身長差はほんのわずかだった。

 それにくわえて、セナはどちらかというと中性的で綺麗な顔だが、俺はいわゆる男っぽい強面。吊り目だからか、何気ない視線を向けただけで「目つきが悪くて怖い」と何度陰口を叩かれたか知れねぇ。

 おまけに滅多に笑わねぇし仏頂面を得意としてるしで、セナもちょっと俺のことが怖かったらしい。

 ビビってるとかじゃなくて、「話しかけてもシカトされそう」と思ってたんだとか。

 俺たちが気軽に(上辺で)話してたのは、一年以上も前のこと。

 ガキの頃の一年ってそりゃあもうデカいし、そんなに親しくないヤツとは何日か会わなかっただけでよそよそしくなる難しい年頃だから、俺もセナもそういう面ではガキだったって事だ。





 ◇



 あれは夏休みが明けてすぐの頃だった。

 いつものように学校から直接レッスンに向かおうとした俺は、必要書類を預からなきゃいけないことに気付いて回れ右した。

 事務所に寄るためだ。

 そこでまた一つ、セナとより親密になる出来事があるとは思いもしなかったが……。


「──違約金まで発生してるのにお咎めなしなんだって」
「え、それマジ?」
「しかも社長直々に頭下げて回ってるんだって。自分で謝りに行けって感じ。あんな写真出回ったらCROWNだってすぐに潰されちゃうよね、どうせ」
「セナって赤ちゃんの頃から事務所にいるけど、大した仕事してないらしいじゃん?」
「ここ最近はね。十歳くらいまではかなり仕事詰めてたみたいよ」
「そうなの? あの写真みたいな、よくない連中とつるみ始めてから仕事のやる気なくなっちゃったのかな」
「自分で仕事断ってるって聞いたけど」
「えーそうなの? 生意気ー」


 ──女はいくつになっても、みんなこの手の噂話が好きなんだな。クラスの女子と変わんねぇじゃん。

 窓の外ではセミの声がうるさかった。

 九月のはじめは夕方でも暑さは容赦無く、事務所内には冷房がガンガン効いていた。

 それでもハッキリと、事務所の女子社員による明らかなセナの悪口は俺の耳に届いた。

 セナのこと何も知らねぇくせに勝手なことばっか言いやがって。……って、俺もほとんどセナのプライベートなんか知らねぇが。

 まさにその女子社員に用があって来たのに、俺が入室していい雰囲気じゃない。

 時間をずらしてあとで来るか、〝すぐ潰されるCROWN〟のメンバーの一人として堂々と入室するか、俺は扉の前でしばし悩んだ。

 ……が、その時。後ろから誰かにガッと肩を掴まれた。

 驚いて振り返ると、そこには人差し指を口元にあてたセナが濃い苦笑いを浮かべて立っていた。


「セ……」
「しっ。……こっち」


 ついて来いとばかりに素早く手招きされ、静かに歩む着崩した制服姿のセナの後ろを、俺はついて歩いた。

 連れられたのは、事務所の非常階段。鉄製の重たい扉をセナが開けた瞬間に、まとわりつくような熱風が全身を覆った。

 夕方にもかかわらず元気なセミの大合唱と、道路を走る車の音がうるさかったが、何の用事も無えのにセナが俺をここに連れて来るはずがない。


「……ここ二階だから景色最悪だろ。黄昏れたいならもう少し上行くか?」


 〝もしかしてさっきの聞いてた?〟なんて、噂をされてた本人に不躾に聞くことも出来ず、黙ったまま外の景色をジッと眺めてるセナの背中を見つめて、俺は言った。


「フッ……いやいい。雑踏好きだから」
「変わってんな」


 でも、セナなら似合う。

 うるさい街並みも、人ごみも。

 半年以上、毎日セナと一緒に厳しいレッスンを受けてきた俺には分かる。

 ホントはこの世界で生きていくべき男なのに、どこから歯車が狂ったのか今は悪循環のドツボに嵌ってしまっているだけ。


「セナ。あんなの気にすんなよ。気にしてないかもしんねぇけど」
「んー……」


 立ち聞きしといて知らん顔は出来なかった。

 あそこにセナが居たってことは、俺にもバッチリ聞こえたアレはセナの耳にも届いてると思っていい。

 案の定セナは上を向いて、何かを言い渋った。だからといって、俺は急かしたりしなかった。

 話したいことがあるなら聞く。

 聞いてほしいことがあるなら話してほしい。

 俺らはもう、そういうの気にする仲でも無えだろ。

 家族より長い時間を過ごしてるんだ。

 プライベートを少しも匂わせないセナだが、とっくに俺はコイツの内側にある深い深い闇を感じ取ってたんだから。



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