5 / 30
◇ 分岐点 ◇
③
しおりを挟む◇ ◇ ◇
俺には好きな人がいた。
思ったことをズバッと言わねぇと気が済まないかなりキツい性格で、ガキの俺にも容赦なく言いたいことを言いまくるような大人げないところがある反面、ふいに見せる思いやりに絆された俺は若干十三歳でその女性を好きになった。
その人は十も年上だった。
ただガキの頃からこの世界に居る俺にとって、年の差なんか何の弊害にもならないと思っていた。
まだまだ青くさかった中坊の俺と、ヘアメイクアーティストを目指していた彼女は、とあるドラマの現場で知り合った。
はじまりは向こうからグイグイこられてのスタートだったが、恋愛のれの字も知らねぇようなガキにはちょうどいい熱さと言えた。
口うるさいが世話焼きで、好き好きアピールを欠かさなかった彼女は、実家暮らしの俺を子ども扱いしつつもいろんな所へ連れて行ってもくれた。
幸いその辺の同級生より少々多めの小遣いを持っていた俺は、デートと称し連れ出してもらう度に男の威厳を保てていたと思う。
何せ当時十三、十四の歳だ。カッコつけたい年頃だろ。
「──俺、アイドルになる」
「え?」
時を同じくして俺は、セナ、ケイタと共にアイドルグループを結成することになった。
そのことを自分の口で一番に報告したのは、親でもなく彼女だ。順番が前後したのは、それを社長から告げられてすぐに彼女と会う約束があったから。
別に深い意味は無かった。
彼女の愛車であるクリーム色の四角い軽自動車に乗り込むや、俺は数分前の社長からの発表を思い切って告げてみたのだが、……。
「アイドル? 明良(アキラ)が?」
「そう」
「何なの、いきなり。誰がそんなこと決めたの?」
「社長」
「…………」
なかなか車を出さず、恋人の新たな道を祝う「おめでとう」の一言も無く、かなり不満そうな表情でそう詰め寄ってきた彼女が難色を示したことで、俺はすぐさま〝言わなきゃよかった〟と後悔した。
彼女がなぜそんな顔をしていたのかまでは考えるに至らなかったが、かくいう俺も、突然告げられた〝アイドル〟に実は消極的だった。
大塚芸能事務所初の男性アイドルグループとあって、すでにグループ名まで決めて意気込んでいた社長の熱量は相当で、とても「嫌だ」なんて言える空気じゃなかったんだ。
隣にはお菓子に夢中の恵大(ケイタ)、目の前には激痩せして顔色の悪いセナを前に、俺が言えたのは大人ぶった「いろんはないです」のみ。
社長が、同じくメンバーとなったセナの保護者代わりだってのは知っていた。
事務所内で問題児扱いされていたセナは、特別不真面目ってことはなかったものの良い噂は無く、何と言っても十四のナリをしていなかった。
金髪に染めた髪、ピアスだらけの耳、これだけで普通の中坊は「ヤンキーだ! 逃げろ!」と騒ぐだろう。
おまけにセナは年齢=芸歴の大先輩。さらには当時からかなりガタイが良く、中坊のくせに身長は百七十五を超えていた。
死んだ魚のように生気の無い目で高い位置からジロッと見下ろされたら、そりゃセナを知らねぇ同年代のガキらは逃げ出してもおかしくない。
それくらい威圧感があって近寄りがたいセナと、まだランドセルを背負って色気より食い気のケイタ、そして役者道を邁進中の俺が三人組のアイドルになる……そんなことを急に言われてもって感じだった。
「ねぇ、なんで急にアイドルなの? 明良はこれからも役者でやってくんじゃないの?」
「俺もそのつもりだったけど、社長がそう言うんだからしょうがねぇじゃん。俺に拒否権は無い」
「明良にアイドルなんか無理よ。いっつも仏頂面してるし。アイドルって常に笑顔でいなきゃなんないし。明良にできるの? 明良が笑った顔なんて一年付き合ってる私でも見たことないんだよ? てか明良、笑ったことある?」
「…………」
──笑ったことくらいあるに決まってんだろ。面白いことが無えのにニコニコしてたら逆に怖えって。
でもなんとなく、彼女の言いたいことは理解できた。
俺はアイドルに向いてない。……そう言いたかったんだろう。
子役上がりだが順調にキャリアを重ねてる段階だった俺は、マジで今後もこの道一本で食ってくつもりだった。
正直、当時の俺はセナよりもメディアに出てる本数は多かったし。
だから納得いかなかったんだよな。
その頃、いきなり見た目が派手になりだしたセナは芸能活動をセーブしていた。それまでは一クールおきにドラマや舞台に出ずっぱりだったのに、それはマジでいきなりだった。
年に一、二本程度CMの仕事をこなしてるだけのセナを、明らかに社長は祭り上げている。アイドルグループ結成も、セナのためなのが見え見え。
……とはいえ俺はセナを嫌ってたわけじゃない。本人は決して悪いヤツではなかったからだ。
見た目は厳ついがガチの美形で、もっとやる気出せばこれからもどんどん仕事が入ってきそうなツラしてんのに、久しぶりに会ってみれば猫背がひどくて病人みたいにフラフラしてて、目はずっと死んでいた。
かつての〝日向聖南〟の面影がまるでなくなった覇気のないセナを見て、なんだコイツと思った。
社長はなんで、仕事のやる気が感じられないセナなんかをアイドルにしようとしてんだ。
俺とケイタを巻き込むなよ。── そう思っていた。
11
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」
義姉にそう言われてしまい、困っている。
「義父と寝るだなんて、そんなことは
私を返せ!〜親友に裏切られ、人生を奪われた私のどん底からの復讐物語〜
天咲 琴葉
青春
――あの日、私は親友に顔も家族も、人生すらも奪い盗られた。
ごく普通の子供だった『私』。
このまま平凡だけど幸せな人生を歩み、大切な幼馴染と将来を共にする――そんな未来を思い描いていた。
でも、そんな私の人生はある少女と親友になってしまったことで一変してしまう。
親友と思っていた少女は、独占欲と執着のモンスターでした。
これは、親友により人生のどん底に叩き落された主人公が、その手で全てを奪い返す復讐の――女同士の凄惨な闘いの物語だ。
※いじめや虐待、暴力の描写があります。苦手な方はページバックをお願いします。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。
広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ!
待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの?
「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」
国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。
[1分読書]彼女を寝取られたので仕返しします・・・
無責任
青春
僕は武田信長。高校2年生だ。
僕には、中学1年生の時から付き合っている彼女が・・・。
隣の小学校だった上杉愛美だ。
部活中、軽い熱中症で倒れてしまった。
その時、助けてくれたのが愛美だった。
その後、夏休みに愛美から告白されて、彼氏彼女の関係に・・・。
それから、5年。
僕と愛美は、愛し合っていると思っていた。
今日、この状況を見るまでは・・・。
その愛美が、他の男と、大人の街に・・・。
そして、一時休憩の派手なホテルに入って行った。
僕はどうすれば・・・。
この作品の一部に、法令違反の部分がありますが、法令違反を推奨するものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる