僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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8.晴れてゆく。

・・・6

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─ 冬季 ─





「──そもそも結婚していたら、俺は必ず薬指に指輪をしています。大切なものだからです。診療中は外すかもしれませんが、仕事が終われば必ず身につけます。相手の方には常に身につけていただくように言います。俺は嫉妬深いかもしれませんので」
「……かもしれないって……」


 りっくんは、三日くらい前から饒舌になった。

 眠るまで手を繋いでてほしい……という僕自身ビックリな無茶振りを、りっくんが快諾してくれた日からだ。

 出て行かなきゃ……という僕の決意を簡単に鈍らせてくるりっくんの言動。

 毎晩、大人が寝るにはかなり早い時間からこうしてベッドに入っては、他愛もない会話を一時間くらいして僕は寝落ちる。

 その前にはもちろん、りっくん先生直々の歯みがき付き。


「好きな人を心身共に縛っていたいと思うのは、おかしいでしょうか?」


 僕が首を振ると、右手をニギニギされて手汗をかきそうになった。

 微笑んだ気配がするけど、仰向けで寝ている僕はりっくんの方を向く勇気が無い。ドキドキうるさい僕の心臓の音がりっくんに聞こえてしまいそうで、気持ちばかりりっくんから離れている。


「僕は、おかしい、とは……思わない……」


 この三日、りっくんはよく自身の恋愛観を話してくれる。それを聞いてると、りっくんはちょっと……いやかなり執着タイプらしい。

 昔付き合ってた人から「怖い」と言われた、なんてりっくんは苦笑いしてたけど、納得だ。

 なんていうか、一言で言うと〝重い〟。

 でも僕は、聞けば聞くほど〝こういう人居たらいいな〟の理想がりっくんだった。

 ハイスペ男子の上に束縛系男子だなんて、僕に好かれる要素しかない。

 そんなことあり得ないけど、まるで僕を恋人みたいに甘やかしてくれるりっくんに毎日ドキドキが募るばかりだ。


「そうですか。ふふっ……俺のことを理解してくれるのは、冬季くんくらいなものでしょうね」
「…………っっ」


 そういうとこ! りっくん、そういうことをペロッと言っちゃうから、女の人は勘違いするんじゃないかな!

 今の発言は、甘々の甘。

 〝私だけがこの人を理解してあげられるんだ〟とのぼせあがった彼女たちが、少しの不安を与えたばっかりにりっくんが束縛男に豹変してしまう。だから、りっくんのことが「怖い」んだ……!

 右手をニギニギしてくるりっくんは、そうされるたびに僕の心臓が異常な速さでバクバク脈打つことを知らない。


「今日は夜更かしさんですね、冬季くん」
「えっ……そ、そうかな」
「はい。布団に入ったら大体十五分くらいでウトウトしているじゃないですか」
「そ、そんなに寝付き良かったっけ……」


 僕はちゃんと、一時間くらいは起きてる感覚だったんだけど。違うの?

 そんなに早く寝落ちてたなんて、全然知らなかった。

 二人で天井を見つめて、たまに目を閉じてみたりゴソゴソ身じろぎしてみたりするんだけど、繋いだ手は離さない。

 それは、お互いに。


「手を繋いでいたら温かいですもんね。人肌は……眠たくなります」
「そう言っていっつもりっくんは僕よりあとに寝てるんでしょ?」
「い、いや……そうじゃない日もありますよ」
「三日とも僕よりあとに寝てるよね?」
「まぁ、その……そう言われるとそうなんですが、……」


 まだたった三日なのに、りっくんと手を繋いで寝るのが当たり前になってることに驚いた。

 僕は、もっと長くりっくんの話を聞いてるつもりだったし。

 じゃありっくんはいつ眠ってるんだろう。

 僕が起きた時、すでに仕事に行っててお家に居ないもんな。朝の「いってらっしゃい」をしばらく言ってない気がする。

 大人なりっくんはやっぱり……手を繋いで寝るなんて落ち着かないのかもしれない。

 僕の突拍子もないワガママに付き合わせて、何だかすごく申し訳なくなってきた。


「……りっくん、僕と手繋いでるから眠れないんじゃない? 僕がヘンなこと言ったから……断れなかったんでしょ? 優しいもんね、りっくん」
「そっ、そんなことないです! 俺は嬉しかったですよ! ちなみに今も嬉しいです!」
「う、嬉しいの? なんで?」
「なんでと言われましても……っ」


 僕に気を遣ってるだけなのが見えたら、「もういいよ」と言うつもりだった。

 だって、三日もドキドキを味わえたんだよ。あったかくて大きな手のひらに包み込まれてるだけで、僕の心がぬくぬく満たされた。

 こんなに幸せな気持ちで眠ることが出来たんだよ。しかもりっくんも、「嬉しい」って言ってくれた。それがたとえ僕を傷付けないための嘘でも、僕も〝嬉しい〟。

 渋ってる決断を思うと悲しくなっちゃうけど、もう思い残すことはないなって感傷に浸ってしまう。

 そのとき僕は何を思ったか、りっくんの手をきゅっと握り返していた。

 すると、「あの……」とりっくんが口を開く。


「うん?」
「気持ち悪いと思ったら正直に言ってくれていいんですけど……」
「なに? こわい」
「こわいことではないです! えっと……その……手を繋ぐだけ、は寂しいなぁと……思いまして……」
「…………?」


 そんなことないよ? むしろ今、寂しい気持ちとは真逆のところにいるよ?

 それはりっくんのおかげなんだよ?

 僕のワガママに付き合ってくれてる側のりっくんが、どうしてそんなことをしょんぼり言うの。

 ……隣からものすごい視線を感じるし。

 今、絶対、りっくんは僕のことをめちゃくちゃ凝視してる。

 言いにくそうに言葉を詰まらせるのも、やたらと視線を送ってくるのも気になって、僕は恐る恐るりっくんの方を向いてみた。

 その瞬間、案の定バチっと目が合った。



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