僕らのプライオリティ

須藤慎弥

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7.真実と共に

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 冬季くんが俺に「マメに連絡くれて嬉しい」と喜んでいた、屈託のない笑顔を思い出す。

 あの笑顔は、待てど暮らせど帰らなかった元カレたちの不誠実さゆえに、俺の普段の行動が逆の意味で際立ち、信頼を得ていた証だったのだ。

 過去の経験や元カレたちに裏切られ続けた反動で、冬季くんは疑心暗鬼になっていた。他人とのコミュニケーションに自信が無いと言っていたのも、おそらくはそれらが大きな要因だろう。

 虐待の記憶は、俺にはどうにも出来ない。

 けれど他は……?

 今の冬季くんに安定と安心をあげられるのは、俺以外いないのでないか?

 最近の冬季くんは、俺が〝約束〟を多用するせいで軟禁状態にも関わらず、まったくへっちゃらそうだ。一度は危なかったが(俺のせいだが……)、その後自傷行為の衝動も無く、むしろ毎日のびのびと過ごしている。……ように見える。

 俺は逆に、交際相手にあちこち出歩かれると不安でたまらない性分なので、冬季くんのように約束を守ってくれる子がそばにいてくれると……って、まただ。

 また一人で勝手に突っ走っている。

 冬季くんは俺のことがタイプではないのだから、そういう関係にはなり得ないというのに。

 褒めるところがたくさんあっても、恋愛対象になるかどうかはまた別なのだ。

 男女間も同じことが言える。なんらおかしなことではないさ。

 だが一般的に見て、先ほどの彼と俺ではどのような違いがあるのか自分ではよく分からない。

 そこを突き詰めなければ冬季くんのタイプには近付けないとなると、これは相当骨の折れる思案をしなければならないぞ。


「…………っ」


 階段を下り、冬季くんの思い出の品を手に何気なく車の方を見た俺は、息を呑んで立ち止まってしまった。

 ジッと前を向いて助手席に座る冬季くんの横顔に、釘付けになったからだ。

 ──なんて可愛らしいんだ。

 あのスマートに見えるほっぺは、実は大福のようにモチモチなんだよな……。

 見つめられると一瞬ドキッとする大きな目。あの目は非常に危険で、俺の心の内まで見透かされているように感じ、未だ長いこと見つめ合うことが出来ないんだ。

 けれどどこか寂しそう。

 いつも、寂しそうに笑う。

 俺の発言に腹を抱えて笑っている時もあれば、自分のおっちょこちょいで照れ笑いすることもある。

 だが真から笑えているのか、俺にはとても計れない。


「冬季くん……」


 ……こんな気持ちは初めてだ。

 悲しい過去を持つ君が愛おしい……。

 散々な恋愛を経て傷付いた君を守ってあげたい……。

 俺ではダメかな。役不足かな。

 切ないよ……、俺は。

 遠慮がちな君は、きっと俺に守らせてはくれないだろうから。


「……っ、りっくん! 大丈夫だった!?」


 立ち竦む俺を見つけた冬季くんが、咄嗟に車を下りようとした。それを左手で制し、俺は急いで運転席に乗り込む。

 元カレと二人きりだった俺をよほど心配していたのか、「問題ありませんでしたよ」と微笑みかけると、眉根を寄せていた冬季くんは胸元を押さえて安堵していた。


「これですか、冬季くんの大事な物」
「…………っ」


 おそらく視界に入っていただろうが、もったいぶって黄色いリュックサックを手渡すと、冬季くんの表情がみるみる崩れていく。

 潤んだ瞳を細め、くしゃっと泣き笑いし、小さなリュックサックをさも愛おしげに抱きしめた。


「ありがとう、りっくん……! ほんとにありがとう……!」


 やはり涙を浮かべるほど大切な品だったのだ。

 悲しい思い出しかない、当時のことはあまり覚えていないと話していたけれど、それは冬季くんにとって唯一の温かい記憶なのかもしれない。

 何度も何度もお礼を言う冬季くんがいじらしく、俺は我慢できずに彼の頭を撫でていた。

 しみじみと、ゆっくりと。

 心に浮かんだ淡い気持ちを込めて。


「……俺は何もしていません。先に車に戻っていただくよう言って、すみませんでした。出しゃばりました」
「そんなのいいんだよっ。僕もう亮と喋りたくなかっ……」
「彼の名前は出さないでください」
「え……?」


 平然と言い放ち、シートベルトを装着する。

 この寒い中、エンジンもかけずに車内にいた冬季くんの鼻先が赤くなっているのを見た時、そして彼の名前を冬季くんがさも親しげに口にした時、俺の心を歯痒さが支配した。

 冬季くんは困惑していた。

 声色から、俺が怒っていると思ったのかもしれない。

 俺は……怒っているのとは違う。

 それじゃあ、何と言えばいい?

 このどうにも口にできない苛立ちに似た感情は何なのだ。

 冬季くんが好きだった相手の名を口にした、それだけのことなのに。

 どうしてこんなに……。

 あぁ……そうか。これは嫉妬か。

 これが嫉妬なのか。


「……すみません、ヤキモキしましたもので」
「…………っ」


 ストレートに言うと冬季くんをさらに困惑させると思った俺は、同じようなニュアンスの言葉を使って誤魔化した。

 嘘は言っていない。実際ヤキモキしたのだから。

 発進前に、リュックサックを抱いた冬季くんがシートベルトを装着済みなのを確認し、アクセルを踏む。

 左隣が気になってしょうがない。

 今までもそうだったけれど、俺をジッと見ている視線を感じるとドキドキしてかなわない。


「りっくん……? 何か怒ってる?」
「いえ、怒ってはいません。ヤキモキしているだけです。さて、用事も無事済んだことですしお腹が空きましたね。パーっと豪勢にお寿司でも食べましょうか。冬季くんの気分はどうでしょうか。お寿司で構いませんか」
「う、うん……?」


 俺の悪い癖が出てしまった。

 興奮すると、早口になる。今日は動悸も加わって胸が苦しい。

 「僕はなんでも……」と隣で呟いた冬季くんを戸惑わせたいわけではないのに、俺は何の脈絡もなく赤信号で停車する度に銀色の髪を撫で、何度も冬季くんの狼狽を誘った。

 ……無意識に。





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