25 / 35
第十話
☆☆☆
しおりを挟む大学から歩いて行ける距離にある進学塾での面接は、三日後に電話連絡にて合否を知らせると言われた。
ほぼ確実に来てもらうことになるだろうと、その場で合格を言い渡されたも同然なのだけれど、あちら側にも規則というものがある。
これから忙しくなるなと息を吐き、少しばかり気持ちが高揚していたので例のカフェで休憩してから帰宅する事にした。
午後三時過ぎ。 ランチタイムを過ぎた店内には、まばらにしか客が居らず居心地がいい。
涼しい店内で、シナモンの香り漂う熱々のコーヒーを飲みながらカウンターに独りで掛けていると、どうしても周囲の視線が気になる。
まばらにしか客は居ないが、居る事は居るのだ。
シナモンスティックを見つめ、カウンターに置かれた観葉植物を見つめ、……最後にはスマホに頼る現代人。
「あっ……」
面接のために切っていた電源を入れると、真琴から不在着信が入っていた。
そうだ、今日は金曜日。 友達活動の日だ。
急いでかけ直す。
「あ、真琴? ごめんね、電話してくれてたみたいなんだけど、俺電源切っ……」
『あっ、あのな、今ちょっと取り込んでて……! ほんとごめん!』
「えっ? 真琴……っ」
──切られた。
これまで一度も真琴から通話を切られた事がなかった俺は、信じられない思いでスリープ画面に映った自分を見つめた。
取り込んでて……?
それは、〝怜様〟より優先すべき事?
数分後にかけ直してくるよね?
だって今日は友達活動の日でしょ?
連絡する、と言われた俺は一昨日から真琴のメッセージを待っていた。 確認してみると、それが届いていない。
面接に気を取られてほんのちょっとだけ脇に置いていた俺が悪いけれど、今日の待ち合わせ場所も行き先もまだ決めてないんだよ。
スーツを着替えに一度帰らなきゃならないから、早めにかけ直してきてほしい。 ていうか、慌てた様子で〝取り込んでる〟って、何してるの。
ほんとごめん、じゃないよ。 こんな事今まで無かったじゃん。
「……いやいや、矛盾が発生してる」
これぞ自問自答。 カプチーノを飲んで冷静になろう。
カップに唇を付けたが、うまく傾けられない。 シャツを汚しそうだと判断し、じわりとソーサーに戻した。
たかが向こうから通話を切られただけで動揺するなんて、そんな事があっていいのか。
いつでも俺を優先し、かつ独占しようとしていた真琴がついに離れていった、それを目の当たりにした気分だ。
たった一回通話を切られただけで……。
「……あのぉ、お一人ですか?」
「…………っ」
可愛らしいサボテンを睨んでいたその時、ぬっと隣に人影が現れて文字通り驚いた。
ビクッと体が揺れた拍子にカップに手が触れ、カウンターテーブルにカプチーノの水たまりが出来てしまう。
「やだ、驚かせるつもりはなかったんです! ヤケドされませんでした? お洋服は……?」
「いえ、……大丈夫です」
済まなそうに紙ナプキンを寄越してきたのは、知らない女性だ。 歳は同い年くらいか、やや年上か。
知らない人なので、どちらでもいい。
「何でしょう?」
「いえ、あの……お一人でしたらこの後、お食事でもどうかなって……」
「…………」
お食事でもって……午後四時に夕飯は早過ぎない?
いま食べちゃうと妙な時間にまたお腹が空くよ。 空腹で眠れなくなって結局もう一食食べる事になり、そうすると就寝前に血糖値が上がっていい事ないのに。
知らないのかな。
「気が進まないんですけど」
「えっ……」
「あまり早めの夕食はやめた方がいいですよ」
「…………? あ、もしかして彼女さんを待ってらっしゃるんですか?」
「彼女? いえ、そういうわけではないです。 このあと予定が入る予定ではありますが」
「予定が入る、予定……?」
「そうです。 不確かな予定です」
「あ、あぁ、……そうなんですね、失礼しましたっ」
赤面した女性はくるりと踵を返し、友人らしき人物が二名居るテーブル席へと戻って行った。
三人はコソコソと寄り添って会話をしていたが、俺には関係のない人間なので放っておく。 早過ぎる夕食は避けた方がいいという事は伝えられたので良かった。
それよりも俺は、不確かな予定を明確にしたいんだけれど。
すぐにかけ直してくるとたかを括っていた俺は、これ以上誰からも話し掛けられたくなく、カプチーノを飲み干し夜の友達活動に備えて自宅に戻る事にした。
しかし、スーツから普段着に着替えて待機していた俺のスマホは、夜中になっても鳴らなかった。
それどころかその日から二週間もの間、真琴からは何の音沙汰も無かった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
学校の脇の図書館
理科準備室
BL
図書係で本の好きな男の子の「ぼく」が授業中、学級文庫の本を貸し出している最中にうんこがしたくなります。でも学校でうんこするとからかわれるのが怖くて必死に我慢します。それで何とか終わりの会までは我慢できましたが、もう家までは我慢できそうもありません。そこで思いついたのは学校脇にある市立図書館でうんこすることでした。でも、学校と違って市立図書館には中高生のおにいさん・おねえさんやおじいさんなどいろいろな人が・・・・。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる