怜様は不調法でして

須藤慎弥

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第十話

☆☆☆

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 大学から歩いて行ける距離にある進学塾での面接は、三日後に電話連絡にて合否を知らせると言われた。

 ほぼ確実に来てもらうことになるだろうと、その場で合格を言い渡されたも同然なのだけれど、あちら側にも規則というものがある。

 これから忙しくなるなと息を吐き、少しばかり気持ちが高揚していたので例のカフェで休憩してから帰宅する事にした。

 午後三時過ぎ。 ランチタイムを過ぎた店内には、まばらにしか客が居らず居心地がいい。

 涼しい店内で、シナモンの香り漂う熱々のコーヒーを飲みながらカウンターに独りで掛けていると、どうしても周囲の視線が気になる。

 まばらにしか客は居ないが、居る事は居るのだ。

 シナモンスティックを見つめ、カウンターに置かれた観葉植物を見つめ、……最後にはスマホに頼る現代人。


「あっ……」


 面接のために切っていた電源を入れると、真琴から不在着信が入っていた。

 そうだ、今日は金曜日。 友達活動の日だ。

 急いでかけ直す。


「あ、真琴? ごめんね、電話してくれてたみたいなんだけど、俺電源切っ……」
『あっ、あのな、今ちょっと取り込んでて……! ほんとごめん!』
「えっ? 真琴……っ」


 ──切られた。

 これまで一度も真琴から通話を切られた事がなかった俺は、信じられない思いでスリープ画面に映った自分を見つめた。

 取り込んでて……?

 それは、〝怜様〟より優先すべき事?

 数分後にかけ直してくるよね?

 だって今日は友達活動の日でしょ?

 連絡する、と言われた俺は一昨日から真琴のメッセージを待っていた。 確認してみると、それが届いていない。

 面接に気を取られてほんのちょっとだけ脇に置いていた俺が悪いけれど、今日の待ち合わせ場所も行き先もまだ決めてないんだよ。

 スーツを着替えに一度帰らなきゃならないから、早めにかけ直してきてほしい。 ていうか、慌てた様子で〝取り込んでる〟って、何してるの。

 ほんとごめん、じゃないよ。 こんな事今まで無かったじゃん。


「……いやいや、矛盾が発生してる」


 これぞ自問自答。 カプチーノを飲んで冷静になろう。

 カップに唇を付けたが、うまく傾けられない。 シャツを汚しそうだと判断し、じわりとソーサーに戻した。

 たかが向こうから通話を切られただけで動揺するなんて、そんな事があっていいのか。

 いつでも俺を優先し、かつ独占しようとしていた真琴がついに離れていった、それを目の当たりにした気分だ。

 たった一回通話を切られただけで……。


「……あのぉ、お一人ですか?」
「…………っ」


 可愛らしいサボテンを睨んでいたその時、ぬっと隣に人影が現れて文字通り驚いた。

 ビクッと体が揺れた拍子にカップに手が触れ、カウンターテーブルにカプチーノの水たまりが出来てしまう。


「やだ、驚かせるつもりはなかったんです! ヤケドされませんでした? お洋服は……?」
「いえ、……大丈夫です」


 済まなそうに紙ナプキンを寄越してきたのは、知らない女性だ。 歳は同い年くらいか、やや年上か。

 知らない人なので、どちらでもいい。


「何でしょう?」
「いえ、あの……お一人でしたらこの後、お食事でもどうかなって……」
「…………」


 お食事でもって……午後四時に夕飯は早過ぎない?

 いま食べちゃうと妙な時間にまたお腹が空くよ。 空腹で眠れなくなって結局もう一食食べる事になり、そうすると就寝前に血糖値が上がっていい事ないのに。

 知らないのかな。


「気が進まないんですけど」
「えっ……」
「あまり早めの夕食はやめた方がいいですよ」
「…………? あ、もしかして彼女さんを待ってらっしゃるんですか?」
「彼女? いえ、そういうわけではないです。 このあと予定が入る予定ではありますが」
「予定が入る、予定……?」
「そうです。 不確かな予定です」
「あ、あぁ、……そうなんですね、失礼しましたっ」


 赤面した女性はくるりと踵を返し、友人らしき人物が二名居るテーブル席へと戻って行った。

 三人はコソコソと寄り添って会話をしていたが、俺には関係のない人間なので放っておく。 早過ぎる夕食は避けた方がいいという事は伝えられたので良かった。

 それよりも俺は、不確かな予定を明確にしたいんだけれど。

 すぐにかけ直してくるとたかを括っていた俺は、これ以上誰からも話し掛けられたくなく、カプチーノを飲み干し夜の友達活動に備えて自宅に戻る事にした。

 しかし、スーツから普段着に着替えて待機していた俺のスマホは、夜中になっても鳴らなかった。

 それどころかその日から二週間もの間、真琴からは何の音沙汰も無かった。



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