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3.『奏くん』
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悟は、俺が今まで見てきたどの子どもよりも子どもらしかった。
忘れ物はする、授業中に居眠りはする、よく遠くを見てぼんやりし、そうかと思えば数少ない子どもらしい仲間とグラウンドで思いっきり体を動かし、エスカレーター式の私立校ならではの豪華なランチにガッついていた。
一日の締めくくりであるミニテスト時には、昼間にランチでチャージした体力がほぼゼロになってしまい、ほとんど頭が働いてない状態だったというのだが……腑に落ちなかった。
悟は、あらゆる分野において満点だった。
そう、満点だったのだ。
性格は比較的……いやかなりのんびり屋。
困っている人には笑顔で、自然に手を差し伸べられる優しい男。
その上ガリ勉でもなく、かといって運動馬鹿ってわけでもないのに、学期の終盤ごとに行われる学力や体力テストの結果は常に一位。
俺の手元に返ってきた成績表では〝2〟しか見たことがないというのに、だ。
『福山くん、ちょっといい? いつ勉強してんの? どこの家庭教師雇ってるの?』
俺は、気が付いたら自分から話しかけていた。
それは、七年間の大人ぶった子ども人生で初めてのことだった。
『家庭教師? 何のこと?』
『とぼけないでよ。なんでいつも一位をとれるの? どうせ家でこっそりガチ勉強してる口なんでしょ? しかも何のことって……俺をバカにしてるの?』
学期末に〝試験〟があるような小学校に通っていれば、それに伴って自らのレベルを嫌でも知る事になる。
俺は、悔しかったんだ。
一年を通してずっとトップの座を譲らない悟のことが、気に入らなかった。
必死さを微塵も見せず、窮屈なはずの身の上さえ感じさせず、ただマイペースに過ごしている悟がどうしてトップで居られるのか、不思議で仕方がなかった。
この歳で物事を達観できて、将来足元を掬われないよう親しい友人も作らないようにして、孤独な賢い子でいようと努力していた俺がマヌケに思えた。
突然振り返って話しかけても、嫌な顔一つしない〝福山くん〟に激しくムカつきもした。
たった三回の試験の結果で、胸に秘めた野望を打ち砕かれたような気になった。
これら様々な感情が、生まれて初めて俺を突き動かしたんだ。
『バカにだなんて……そんなつもりないよ。どうしたのさ、奏くん』
『えっ?』
困った顔で気安く名前を呼ばれた瞬間、俺の心臓がドクンと鳴った。
だって俺と悟は、『早くプリントを集めろ』、『ごめんね』という毎度おなじみの会話しか交わしていないじゃないか。
悟は友達なんかじゃない。ただのクラスメイトだ。
名字でなく名前で呼ぶのは、友達だから許されることなんじゃないのか。
俺たちはいつ友達になった? 俺と悟は名前で呼んでいい間柄じゃないよね?
そもそも友達というものをどうやって作るのかも分からない俺が、まさか同級生からそんな風に呼ばれるとは夢にも思わなかった。
悟が俺の名前を覚えていたことに、とてつもない衝撃を受けた。
『……っ』
黒目をキョロキョロ動かして大いに戸惑う俺を、悟が興味深そうに観察していた。
『きみ、花咲奏(はなさき かなで)くん、じゃないの?』
『そ、そうだけど……』
そうだけど、そうだけど……。
〝福山くん〟と呼ぶべきか、俺が名前で呼ばれたから〝悟くん〟と呼び返すべきか、どうでもいいことで脳内が支配された。
今日の自社株がどうなっているかよりも、重大な問題が目の前で起こった。
『どうしてそんなに怒ってるのか分からないけど、俺が奏くんを怒らせてしまうようなことをしたなら謝るよ。ごめんね?』
『い、いや……』
会話にならなかった。
悟は何も悪くないのに、ロクに親しくもないのに、彼にとっては納得のいかない難癖だっただろうに、謝らせてしまったのは俺だ。
子どもらしい子どもだと思っていた悟が、もしかして一番大人なんじゃないか。
感情に任せて悟に突っかかった俺は、自らの幼稚さに顔から火が出そうだった。
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