3 / 3
第3話(終)
しおりを挟む卯月は毎晩、同じ夢を見た。
彼の紡いだ言葉を思い出したくて、何度も無意味な二度寝をした。
ただならぬ熱量だったのだ。
ひどく心配気な声も、卯月を見つめる眼差しも、抱き締める腕の強さも。
けれど彼は……覚えていない。
「僕は……〝ゆずき〟じゃない」
それは、彼の姿を見る事で呼び起こされている気がした。
卒業証書の入った丸筒を手に、名残惜しげに語らうクラスメイト達より先に校門を抜けた卯月は、今もなお苦手な河川敷を歩いていた。
少しばかり雲がかった初春の空を見上げ、感傷に浸るようにひんやりとした向かい風を全身で受け止める。
「……この風に乗って、記憶も飛んでっちゃえばいいのに」
立ち止まった卯月は独りごち、空に手を翳した。
まだまだ蕾の多い桜の木の下で、大和は大勢のクラスメイトに囲まれて別れを惜しんでいた。
今日に限っては控えめなその笑顔を最後の思い出に、決心した卯月が回れ右した事など彼は知らない。
〝ゆずき〟と大和がどんな思いを交わしていたかなど、もう考えたくない。
苦しみたくない。
「……っ、でも……っ」
しゃがみ込んだ卯月の視界が、たちまち霞んだ。
大和を一目見て、〝会いたかった〟と心が叫んだのだ。
きっとそれだけ、心残りがあった。
生まれ変わっても忘れられない感情は日毎大きくなっていた。
「苦しい……っ」
忘れた方が楽になれると思っていたのに、そうではない事に気付かされる。
二度と会えないのがこんなにもツラいなら、いっその事言ってしまえばよかった。
「大和くん……っ」
──やはり伝えよう。
今日が彼と会える最後の日なのだから、どんなに変人扱いされてもいいやと卯月は袖口で涙を拭い、背後に迫った気配を感じぬまま立ち上がる。
鼻をすすりながら回れ右すると、そこには思いがけない人物が凛と佇んでいた。
「泣くほど伝えたいことがあるなら、我慢せずに言えよ」
「……っ!?」
驚きのあまり絶句した卯月の目の前に居たのは、なんとあの大和だった。
どうしてここに居るのかと問うことさえ出来ない卯月に、大和は昔馴染みのような気安さで突然こんな質問をしてきた。
「この空を見て、何を思ってた?」
「な、なにを、思ってたか……?」
初めて交わす会話にしては、要領を得ない。
だが聞かれた事には答えなければと、唖然としながらも回答を巡らす卯月は生真面目だ。
真っ直ぐに見つめてくる大和の視線を感じ、わずかに頬を染め空を見上げた。
「……黒ずんだ雲が無い空は、綺麗だなって。平和だなぁ、って……」
「…………」
そう答えた卯月に倣って空を仰いだ大和の表情は、窺えなかった。
しばし無言の時が流れる。
いざ対面すると、卯月は動揺を隠せなかった。
話すまい、いや話そう……揺らぐ決意の狭間で雄大な空を見上げていると、しばらくして静寂を切ったのは大和だった。
「あぁ、平和だよな。──〝ゆずき〟」
「……っ!」
落ち着いた声に懐かしさを感じた卯月の手のひらから、カランと丸筒が滑り落ちた。
聞き間違いかと思い、大和に視線を移す。しかし彼はもう一度「ゆずき」と確かに言い、卯月の体をひっしと抱き締めてきた。
そして彼は、訳が分からず固まる卯月の耳に決定的な台詞を囁く。
「置いて逝ったろ、俺のこと」
「そ、そんな……っ!」
「誰にも頼らず妹を庇って。……熱かったよな。苦しかったよな」
「や、や、大和くんっ?」
「せめて、俺がやった塩むすびで腹を満たしてから逝ったと信じて二十歳まで生きていたが、ゆずきの居ない人生は苦痛でしかなかった。……俺の初恋だったんだ、ゆずきは」
「……っ!」
まさか、そんな事があるのか……。
彼が転校してきた日に抱いた感想が脳裏によぎる。
覚えているのは卯月だけだと、彼に話したところで一蹴されると、四季の訪れと共に思い悩んだ日々が記憶と重なった。
初めて抱かれたとは思えないほど懐かしい大和の腕の中で、静かに瞳を閉じる。
「卯月はどうだか知らないけど、俺の記憶は断片的で刹那的なんだ。なぜ頼ってくれなかった、なぜ俺を置いて逝った、こんな気持ちばかりが蘇ってくる」
「…………」
──間違いない。疑いようもなく、大和も卯月と同じ記憶を蘇らせている。
初恋だったゆずきがいなくなり途方に暮れた彼は、卯月を守ってやれなかった無念さを。卯月は想い人を残して逝った切なさをそれぞれ抱え、生まれ変わったのだ。
「こうして巡り会えて、やっとこの言葉が言えると思うと感慨深いな」
「……?」
まだ信じられない思いで首を傾げた卯月へ、大和が優しく微笑みかける。
それから、まるで当時を彷彿とさせる物言いで彼から発せられたのは、──。
「〝こんな悲惨な時代は間もなく終わる。きっとだ。だから辛抱してくれ。俺が必ず、必ず迎えに行くから〟」
「あっ……!」
それは、卯月がこの一年闇雲に何度も探った、あのときの〝大和〟の言葉だった。
前世の記憶がある者は少なからずこの世に存在する。
とある精神科医の研究の結果、〝生まれ変わり〟とされる典型的なパターンとして五つの要素があると文献にも記されており、肯定も否定も出来ない超常的事例がいくつも在るという。
これはそんな、嘘のような真のお話。
終
1
お気に入りに追加
34
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
エンシェントリリー
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
綺麗事だけでは、手に入らない
和泉奏
BL
悪魔に代償を支払えば好きな人を手に入れられるのに想いあわないと意味がないってよくある漫画の主人公は拒否するけど、俺はそんなんじゃ報われない、救われないから何が何でも手に入れるって受けの話
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる