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第1話
しおりを挟む『長崎から越してきた、中村 大和です』
その凛とした声の主を捉えた卯月は、大きく黒々とした瞳を目一杯見開いた。そして次の瞬間、椅子が後ろへひっくり返るほどの勢いで立ち上がる。
普段は口下手で目立たない卯月の行動に教室内は静まり返り、転校生を差し置いて注目を集めてしまった。
しかし卯月は、どうしても彼から目が離せなかった。
窓際の席から青い空をぼんやりと眺めていた卯月の鼓膜を震わせた声、その姿を視界に捉えた直後、得体の知れない何かが全身をかけ巡ったのだ。
『──っ!』
目が合うや、くらりと目眩を覚えた。とうとう消えかけていたモノクロの記憶が、明確になった。
夢を見ているのかと思った。
瞬く間に〝映像〟と〝思い〟が蘇り、机に手をついていないと前のめりに倒れ込みそうになった。
それでも卯月は転校生から視線をそらせず、またあちらも何事かと卯月を見ている。
それもそのはず。きっとこの胸の苦しさは、卯月にしか分からない。
ほんの一瞬で溢れ出らんばかりに膨らんだ様々な感情を、自身の心の中で消化するにはあまりにもそれは大き過ぎるけれど。
懐かしい、そんな程度の言葉では到底足りなかった。
瞬きさえも忘れ彼を凝視した卯月は、掠れた声で思いの丈を口にする。
〝大和くん……会いたかった〟──。
唇だけを動かしたに過ぎない声は、彼にはもちろん誰にも届かなかった。
担任教師から声を掛けられ我に返った卯月が発したのは、『すみません』の一言のみ。
恐縮しながら倒れた椅子を戻し、背中を丸めてちんまりと着席した卯月は、多方面から刺さる視線にたまらず俯いた。
こんな事があるのか……。
握った拳を見つめ、治まる気配のない心臓の鼓動に心を震わせる。ドクン、ドクン、と大きな音で刻むそれはその日だけでなく、彼の姿を見る度起こり続けた。
卯月がまだ幼い頃、「この子には前世の記憶がある」と内々で騒がれたことがあった。
花火を怖がったり、芋類が嫌いだったり、河川敷での散歩を嫌がったりなど、幼子であれば特段変わりないように思えるそれらの理由が発端だった。
花火を怖がるのは「散り舞う無数の火の玉に見えるから」。
芋が嫌いなのは「それしか食べられなかったから」。
河川敷での散歩を嫌がるのは「妹をおんぶしたままそこで死んでしまったから」。
両親は耳を疑った。死の概念さえ知らない子どもから、そのような言葉を聞くとは夢にも思わなかったからだ。
その一年後、弟が産まれた。そのとき卯月はこう言った。
『今度は男の子で産まれてきたんだね』
顔を見合わせた両親を前に、産まれたての柔らかな頭をそっと撫でた卯月の顔は、四歳とは思えぬほど朗らかな表情をしていた。
だがそれから二年ほど経つと、すっかりそういう話をしなくなった。相変わらず花火も芋類も河川敷も苦手だったけれど、何故苦手なのか分からないと首を傾げるようになったのだ。
高校生になり、両親から思い出話と同等の扱いでようやく卯月の知るところとなったわけだが、実は一つだけ、卯月は両親に隠していることがあった。
それこそが、〝大和くん〟だ。
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