恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の密な友達 ◆

第三十九話

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 同時期に、深く深く落ち込んだ男が天の周囲に二人も居る。

 浮気疑惑をなかなか払拭出来ない既婚男性と、片や既婚者への恋を拗らせて激しく悩む男子高校生。

 天はこの所、あっちもこっちも宥める日々で大変だ。

 何故か二人ともが天に弱音を吐き、慰めてもらおうとしているのがありありと分かるので邪険に出来ないのである。

 しかしまともに友人関係というものを構築してこなかった天には、全うな言葉を掛けてやれている気がしない。

 性にうんざりな天は、恋愛沙汰を諦めていた。

 そのため、付き合った事はおろか恋すらもした事がない。 すれ違いに悩んだり、恋する気持ちを分かってやれないのが一番申し訳ないのだ。

 真剣に話を聞く事だけはクリアしている。 問題はその後で、解決に向かうような有意義なアドバイスを送りたいのは山々なのだが、天にはあまりにも荷が重い。


「はぁ……」
「……時任さん、幸せ逃げちゃいますよ」


 もうすぐクリスマスなのに家の中が殺伐としていて嫌だと落ち込む豊が、今日も順調に肩を落としていた。

 近頃は天が気を使って社員食堂で昼を済ませ、早々と六階まで上がってくる。

 この階は大中小の会議室があるのみでいつも静かなので、昼休みは特に誰も立ち寄らない。

 心身疲弊した豊が落ち着ける場所をと彼自身が小会議室の鍵を入手し、週末のストレス発散飲み会のウサを晴らすように毎日天と過ごしたがる。

 仲違いが始まって早三週間。

 ここまで長引くとは、天も、そして豊も想像だにしていなかったに違いない。

 溜め息を吐けば吐くだけ幸せが逃げていきますよと教えてやってからも、豊は天の前でしょんぼりとそれを逃していた。


「吉武……俺が落とした幸せ拾ってきてくれ……」
「幸せ拾えるなら俺も拾いたいです」
「ガチレスするなよ……」


 社内ではいつもの颯爽とした豊を装っているが、こうして昼時に天と二人きりになると途端に弱気になる。

 三週間もの間、事実無根の疑惑によって溜め息を吐き続けている豊の事が、そろそろ可哀想になってきた。

 週末の飲み会も中止されたまま、豊は大人しく家と会社の往復だけしているというのに、妻は未だ豊を許していない。

 豊は社内では羨望の的で、女子社員からの人気も凄まじいのだ。

 そんな男を旦那にしているのだから、今回に限らず小さな疑惑はこれからどうしたって生まれるだろう。 逆に、これまで無かった事が不思議なくらいだ。

 慰めを求めるように天の肩を抱き、コツンと頭を突き合わせてくる豊が本当に可哀想だ。


「俺、事情説明に行きますよ? そもそも俺が原因なんだし」
「気持ちは嬉しいんだがな。 今は何をやっても無駄だ。 しかも吉武連れて行ったら、今度こそ疑惑が疑惑じゃなかったって騒がれるかもしれない」
「なんでですか? 俺ちゃんと説明出来ますよ?」
「ん……説明云々じゃなくてな……」


 毎日毎日、落ち込んだ豊を見ているのはツラい。

 天は解決に向けて、何度となく疑惑を晴らしに行くと言っているのだが豊は一度も首を縦に振らない。

 それどころか嫌がっている節さえある。


「ちょ、ちょっと時任さん、……ダメですよっ」


 肩を抱いてグッと豊の方へ引き寄せられた天は、間近で彼の香水を匂いを嗅いでしまいドキドキしてしまった。

 豊はというと、戸惑いで体が固まった天のうなじ辺りをクンクンと嗅ぐ。

 妻に甘えられないからと、ここまで密着されると緊張よりも別のものが芽生えそうで怖い。


「なんだよ。 吉武まで俺を拒否るのか?」
「いや拒否っていうか……、こういうとこ見られたらマズイと思うんですけど!」
「誰が見るんだよ。 ……誰も居ねぇじゃん」
「時任さん~~っ」


 大袈裟に辺りを見回し、自身の行動を正当化する豊はまったく悪びれない。

 二人だけの密室でこんなにも密着するのはどう考えても良くないと、この手の事に疎い天でも分かることだ。

 今時珍しく、天は豊から身を寄せられただけでカチコチに固まるため、それを面白がられているというのも何となく気付いている。


「ごめん。 吉武にちょっかいかけるといい匂いするんだよ。 これがフェロモンなんだよな?」
「えっ!? に、匂いしますかっ?」


 それでしきりにうなじを嗅いでいたのかと、ギョッとした天は咄嗟に両方の手のひらで首元を覆った。

 αの者にΩのフェロモンは絶対に嗅がせてはいけない。 それがたとえ意図せずでも、ごく微量でも、……番の者が居たとしても。


「たまーにな。 こうやってギュッとしたらふわふわ~って。 めちゃくちゃいい匂い」
「………………!」
「俺、吉武のフェロモンしか嗅いだ事無えから他を知らねぇんだけど。 みんな匂いって違うもんなのかねぇ?」
「え、えぇぇっ?」


 意味が分からなかった。

 αである豊が妻と番関係にあるのならば、天のフェロモンしか知らないというのは変だ。

 妻がβなのか? α同士の結婚だったのか?

 天は豊の腕に収まったまま、考えを巡らせてみた。

 けれどふと、思い出したのである。

 そういえば天は……改まって豊の性別を聞いたことが無かった。


「あ、あの……つかぬ事をお聞きしますが……時任さんって……性別は……?」
「あぁ、俺? 俺はβだ」
「────!!」
「ぷっ……! 目まんまるだな」




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